こころ

109話 下 先生と遺書 五十五

1,490字 約3分 2026年9月1日 公開

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「死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟(しげき)(おど)り上がりました。しかし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや(いな)や、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男だと(おさ)え付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言(いちげん)(すぐ)ぐたりと(しお)れてしまいます。しばらくしてまた立ち上がろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、何で(ひと)の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は(ひや)やかな声で笑います。自分でよく知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。

 波瀾(はらん)も曲折もない単調な生活を続けて来た私の内面には、常にこうした苦しい戦争があったものと思って下さい。(さい)が見て歯痒(はがゆ)がる前に、私自身が何層倍(なんぞうばい)歯痒い思いを重ねて来たか知れないくらいです。私がこの牢屋(ろうや)(うち)(じっ)としている事がどうしてもできなくなった時、またその牢屋をどうしても突き破る事ができなくなった時、必竟(ひっきょう)私にとって一番楽な努力で遂行(すいこう)できるものは自殺より(ほか)にないと私は感ずるようになったのです。あなたはなぜといって眼を《みは》るかも知れませんが、いつも私の心を握り締めに来るその不可思議な恐ろしい力は、私の活動をあらゆる方面で食い留めながら、死の道だけを自由に私のために開けておくのです。動かずにいればともかくも、少しでも動く以上は、その道を歩いて進まなければ私には進みようがなくなったのです。

 私は今日(こんにち)に至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとした事があります。しかし私はいつでも妻に心を()かされました。そうしてその妻をいっしょに連れて行く勇気は無論ないのです。妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲(ぎせい)として、妻の天寿(てんじゅ)を奪うなどという手荒(てあら)所作(しょさ)は、考えてさえ恐ろしかったのです。私に私の宿命がある通り、妻には妻の(まわ)り合せがあります、二人を一束(ひとたば)にして火に()べるのは、無理という点から見ても、痛ましい極端としか私には思えませんでした。

 同時に私だけがいなくなった(あと)の妻を想像してみるといかにも不憫(ふびん)でした。母の死んだ時、これから世の中で頼りにするものは私より外になくなったといった彼女の述懐(じゅっかい)を、私は(はらわた)()み込むように記憶させられていたのです。私はいつも躊躇(ちゅうちょ)しました。妻の顔を見て、()してよかったと思う事もありました。そうしてまた(じっ)(すく)んでしまいます。そうして妻から時々物足りなそうな眼で(なが)められるのです。

 記憶して下さい。私はこんな(ふう)にして生きて来たのです。始めてあなたに鎌倉(かまくら)で会った時も、あなたといっしょに郊外を散歩した時も、私の気分に大した変りはなかったのです。私の後ろにはいつでも黒い影が()()いていました。私は(さい)のために、命を引きずって世の中を歩いていたようなものです。あなたが卒業して国へ帰る時も同じ事でした。九月になったらまたあなたに会おうと約束した私は、(うそ)()いたのではありません。全く会う気でいたのです。秋が去って、冬が来て、その冬が尽きても、きっと会うつもりでいたのです。

 すると夏の暑い盛りに明治天皇(めいじてんのう)崩御(ほうぎょ)になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その(あと)に生き残っているのは必竟(ひっきょう)時勢遅れだという感じが(はげ)しく私の胸を打ちました。私は明白(あから)さまに妻にそういいました。妻は笑って取り合いませんでしたが、何を思ったものか、突然私に、では殉死(じゅんし)でもしたらよかろうと調戯(からか)いました。

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