こころ

44話 中 両親と私 八

1,309字 約3分 2026年9月1日 公開

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 九月始めになって、(わたくし)はいよいよまた東京へ出ようとした。私は父に向かって当分今まで通り学資を送ってくれるようにと頼んだ。

「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃる通りの地位が得られるものじゃないですから」

 私は父の希望する地位を()るために東京へ行くような事をいった。

「無論口の見付かるまでで()いですから」ともいった。

 私は心のうちで、その口は到底私の頭の上に落ちて来ないと思っていた。けれども事情にうとい父はまたあくまでもその反対を信じていた。

「そりゃ(わずか)(あいだ)の事だろうから、どうにか都合してやろう。その代り永くはいけないよ。相当の地位を()次第独立しなくっちゃ。元来学校を出た以上、出たあくる日から(ひと)の世話になんぞなるものじゃないんだから。今の若いものは、金を使う道だけ心得ていて、金を取る方は全く考えていないようだね」

 父はこの(ほか)にもまだ色々の小言(こごと)をいった。その中には、「昔の親は子に食わせてもらったのに、今の親は子に食われるだけだ」などという言葉があった。それらを私はただ黙って聞いていた。

 小言が一通り済んだと思った時、私は静かに席を立とうとした。父はいつ行くかと私に尋ねた。私には早いだけが()かった。

「お母さんに日を見てもらいなさい」

「そうしましょう」

 その時の私は父の前に存外(ぞんがい)おとなしかった。私はなるべく父の機嫌に逆らわずに、田舎(いなか)を出ようとした。父はまた私を()()めた。

「お前が東京へ行くと(うち)はまた(さみ)しくなる。何しろ(おれ)とお母さんだけなんだからね。そのおれも身体(からだ)さえ達者なら()いが、この様子じゃいつ急にどんな事がないともいえないよ」

 私はできるだけ父を慰めて、自分の机を置いてある所へ帰った。私は取り散らした書物の間に(すわ)って、心細そうな父の態度と言葉とを、幾度(いくたび)か繰り返し眺めた。私はその時また(せみ)の声を聞いた。その声はこの間中(あいだじゅう)聞いたのと違って、つくつく法師(ぼうし)の声であった。私は夏郷里に帰って、煮え付くような蝉の声の中に(じっ)と坐っていると、変に悲しい心持になる事がしばしばあった。私の哀愁はいつもこの虫の(はげ)しい()と共に、心の底に()み込むように感ぜられた。私はそんな時にはいつも動かずに、一人で一人を見詰めていた。

 私の哀愁はこの夏帰省した以後次第に情調を変えて来た。油蝉の声がつくつく法師の声に変るごとくに、私を取り巻く人の運命が、大きな輪廻(りんね)のうちに、そろそろ動いているように思われた。私は(さび)しそうな父の態度と言葉を繰り返しながら、手紙を出しても返事を寄こさない先生の事をまた(おも)い浮べた。先生と父とは、まるで反対の印象を私に与える点において、比較の上にも、連想の上にも、いっしょに私の頭に(のぼ)りやすかった。

 私はほとんど父のすべても知り(つく)していた。もし父を離れるとすれば、情合(じょうあい)の上に親子の心残りがあるだけであった。先生の多くはまだ私に(わか)っていなかった。話すと約束されたその人の過去もまだ聞く機会を得ずにいた。要するに先生は私にとって薄暗かった。私はぜひともそこを通り越して、明るい所まで行かなければ気が済まなかった。先生と関係の絶えるのは私にとって大いな苦痛であった。私は母に日を見てもらって、東京へ立つ日取りを()めた。

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