こころ

52話 中 両親と私 十六

1,459字 約3分 2026年9月1日 公開

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 父は時々囈語(うわこと)をいうようになった。

乃木大将(のぎたいしょう)に済まない。実に面目次第(めんぼくしだい)がない。いえ私もすぐお(あと)から」

 こんな言葉をひょいひょい出した。母は気味を悪がった。なるべくみんなを枕元(まくらもと)へ集めておきたがった。気のたしかな時は(しき)りに(さび)しがる病人にもそれが希望らしく見えた。ことに(へや)(うち)見廻(みまわ)して母の影が見えないと、父は必ず「お(みつ)は」と聞いた。聞かないでも、眼がそれを物語っていた。(わたくし)はよく()って母を呼びに行った。「何かご用ですか」と、母が仕掛(しか)けた用をそのままにしておいて病室へ来ると、父はただ母の顔を見詰めるだけで何もいわない事があった。そうかと思うと、まるで懸け離れた話をした。突然「お光お(まえ)にも色々世話になったね」などと(やさ)しい言葉を出す時もあった。母はそういう言葉の前にきっと涙ぐんだ。そうした後ではまたきっと丈夫であった昔の父をその対照として(おも)い出すらしかった。

「あんな(あわ)れっぽい事をお言いだがね、あれでもとはずいぶん(ひど)かったんだよ」

 母は父のために(ほうき)で背中をどやされた時の事などを話した。今まで何遍(なんべん)もそれを聞かされた私と兄は、いつもとはまるで違った気分で、母の言葉を父の記念(かたみ)のように耳へ受け入れた。

 父は自分の眼の前に薄暗く映る死の影を眺めながら、まだ遺言(ゆいごん)らしいものを口に出さなかった。

「今のうち何か聞いておく必要はないかな」と兄が私の顔を見た。

「そうだなあ」と私は答えた。私はこちらから進んでそんな事を持ち出すのも病人のために()()しだと考えていた。二人は決しかねてついに伯父(おじ)に相談をかけた。伯父も首を傾けた。

「いいたい事があるのに、いわないで死ぬのも残念だろうし、といって、こっちから催促するのも悪いかも知れず」

 話はとうとう愚図愚図(ぐずぐず)になってしまった。そのうちに昏睡(こんすい)が来た。例の通り何も知らない母は、それをただの眠りと思い違えてかえって喜んだ。「まあああして楽に寝られれば、(はた)にいるものも助かります」といった。

 父は時々眼を開けて、(だれ)はどうしたなどと突然聞いた。その誰はつい先刻(さっき)までそこに(すわ)っていた人の名に限られていた。父の意識には暗い所と明るい所とできて、その明るい所だけが、(やみ)を縫う白い糸のように、ある距離を置いて連続するようにみえた。母が昏睡(こんすい)状態を普通の眠りと取り違えたのも無理はなかった。

 そのうち舌が段々(もつ)れて来た。何かいい出しても(しり)不明瞭(ふめいりょう)(おわ)るために、要領を得ないでしまう事が多くあった。そのくせ話し始める時は、危篤の病人とは思われないほど、強い声を出した。我々は(もと)より不断以上に調子を張り上げて、耳元へ口を寄せるようにしなければならなかった。

「頭を冷やすと()い心持ですか」

「うん」

 私は看護婦を相手に、父の水枕(みずまくら)を取り()えて、それから新しい氷を入れた氷嚢(ひょうのう)を頭の上へ()せた。がさがさに割られて(とが)り切った氷の破片が、(ふくろ)の中で落ちつく間、私は父の禿()げ上った額の(はずれ)でそれを柔らかに(おさ)えていた。その時兄が廊下伝(ろうかづた)いにはいって来て、一通の郵便を無言のまま私の手に渡した。()いた方の左手を出して、その郵便を受け取った私はすぐ不審を起した。

 それは普通の手紙に比べるとよほど目方の重いものであった。(なみ)状袋(じょうぶくろ)にも入れてなかった。また並の状袋に入れられべき分量でもなかった。半紙で包んで、封じ目を鄭寧(ていねい)(のり)()り付けてあった。私はそれを兄の手から受け取った時、すぐその書留である事に気が付いた。裏を返して見るとそこに先生の名がつつしんだ字で書いてあった。手の放せない私は、すぐ封を切る訳に行かないので、ちょっとそれを(ふところ)に差し込んだ。

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