こころ

66話 下 先生と遺書 十二

1,586字 約3分 2026年9月1日 公開

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「私の気分は国を立つ時すでに厭世的(えんせいてき)になっていました。(ひと)は頼りにならないものだという観念が、その時骨の中まで()み込んでしまったように思われたのです。私は私の敵視する叔父(おじ)だの叔母(おば)だの、その()親戚(しんせき)だのを、あたかも人類の代表者のごとく考え出しました。汽車へ乗ってさえ隣のものの様子を、それとなく注意し始めました。たまに向うから話し掛けられでもすると、なおの事警戒を加えたくなりました。私の心は沈鬱(ちんうつ)でした。鉛を()んだように重苦しくなる事が時々ありました。それでいて私の神経は、今いったごとくに鋭く(とが)ってしまったのです。

 私が東京へ来て下宿を出ようとしたのも、これが大きな源因(げんいん)になっているように思われます。金に不自由がなければこそ、一戸を構えてみる気にもなったのだといえばそれまでですが、元の通りの私ならば、たとい懐中(ふところ)に余裕ができても、好んでそんな面倒な真似(まね)はしなかったでしょう。

 私は小石川(こいしかわ)へ引き移ってからも、当分この緊張した気分に(くつろ)ぎを与える事ができませんでした。私は自分で自分が恥ずかしいほど、きょときょと周囲を見廻(みまわ)していました。不思議にもよく働くのは頭と眼だけで、口の方はそれと反対に、段々動かなくなって来ました。私は(うち)のものの様子を猫のようによく観察しながら、黙って机の前に(すわ)っていました。時々は彼らに対して気の毒だと思うほど、私は油断のない注意を彼らの上に(そそ)いでいたのです。おれは物を(ぬす)まない巾着切(きんちゃくきり)みたようなものだ、私はこう考えて、自分が(いや)になる事さえあったのです。

 あなたは(さだ)めて変に思うでしょう。その私がそこのお(じょう)さんをどうして()く余裕をもっているか。そのお嬢さんの下手な活花(いけばな)を、どうして(うれ)しがって(なが)める余裕があるか。同じく下手なその人の琴をどうして喜んで聞く余裕があるか。そう質問された時、私はただ両方とも事実であったのだから、事実としてあなたに教えて上げるというより(ほか)に仕方がないのです。解釈は頭のあるあなたに任せるとして、私はただ一言(いちごん)付け足しておきましょう。私は金に対して人類を(うたぐ)ったけれども、愛に対しては、まだ人類を疑わなかったのです。だから(ひと)から見ると変なものでも、また自分で考えてみて、矛盾したものでも、私の胸のなかでは平気で両立していたのです。

 私は未亡人(びぼうじん)の事を常に奥さんといっていましたから、これから未亡人と呼ばずに奥さんといいます。奥さんは私を静かな人、大人(おとな)しい男と評しました。それから勉強家だとも()めてくれました。けれども私の不安な眼つきや、きょときょとした様子については、何事も口へ出しませんでした。気が付かなかったのか、遠慮していたのか、どっちだかよく(わか)りませんが、何しろそこにはまるで注意を払っていないらしく見えました。それのみならず、ある場合に私を鷹揚(おうよう)(かた)だといって、さも尊敬したらしい口の()き方をした事があります。その時正直な私は少し顔を赤らめて、向うの言葉を否定しました。すると奥さんは「あなたは自分で気が付かないから、そうおっしゃるんです」と真面目(まじめ)に説明してくれました。奥さんは始め私のような書生を(うち)へ置くつもりではなかったらしいのです。どこかの役所へ勤める人か何かに坐敷(ざしき)を貸す料簡(りょうけん)で、近所のものに周旋を頼んでいたらしいのです。俸給が(ゆた)かでなくって、やむをえず素人屋(しろうとや)に下宿するくらいの人だからという考えが、それで前かたから奥さんの頭のどこかにはいっていたのでしょう。奥さんは自分の胸に(えが)いたその想像のお客と私とを比較して、こっちの方を鷹揚だといって()めるのです。なるほどそんな切り詰めた生活をする人に比べたら、私は金銭にかけて、鷹揚だったかも知れません。しかしそれは気性(きしょう)の問題ではありませんから、私の内生活に取ってほとんど関係のないのと一般でした。奥さんはまた女だけにそれを私の全体に()し広げて、同じ言葉を応用しようと(つと)めるのです。

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