夜間返却口

1話 第一話 返却口

1,021字 約2分 2026年9月2日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 市立図書館の夜間返却口は、正面玄関の右手、植込みの陰にある。

 金属の蓋を押し上げて本を落とすと、内側の受箱(うけばこ)に積み重なる。翌朝、いちばん早く来た者がそれを取り出して、カウンターの奥の台に並べる。この二か月、その役目はずっと私だった。

 朝の七時半。鍵を開け、灯りを点け、返却口の受箱を引き出す。

 その日は八冊あった。七冊までは、いつも通りだった。貸出の記録が端末に出て、返却の処理をして、書架に戻す列に積む。

 八冊目で、端末が短く鳴った。

 ――この本は貸し出されていません。

 画面にそう出た。

 手元にあるのは、緑色の布張りの本だった。背の文字は擦れていて、傾けないと読めない。『灯台守(とうだいもり)の手帳』。聞いたことのない題だった。

 貸出中でない本が返却口に入っているとき、たいていは説明がつく。誰かが自分の本を間違えて落とした。別の図書館の本が混ざった。そういうことは月に一度くらいある。

 私は本を裏返して、蔵書印を探した。

 あった。奥付の隅に、丸い印が薄く残っている。

 この図書館の印だった。

 背表紙にラベルがない。分類番号の白いシールが、剥がされた跡だけになっている。

 端末に書名を入れてみた。該当なし。著者名でも出ない。

 この本は、この図書館の本で、この図書館の目録には無い。

 私はしばらくその本を持ったまま立っていた。カウンターの上の時計が、七時四十二分を指していた。

 開館は九時半。まだ二時間近くある。

 結局その日は、返却台の下の引き出しに入れておいた。誰かが取りに来るかもしれない。落とし物として扱うには、蔵書印が引っかかった。

 昼になっても、夕方になっても、誰も来なかった。

 翌朝、受箱に六冊。五冊は普通で、一冊は端末が鳴った。

 薄い、灰色の背の本だった。『川の名前をぜんぶ』。やはり目録に無い。やはり蔵書印だけがある。ラベルの跡も同じように白い。

 三日目、また一冊。

 四日目にも一冊。

 五日目の朝、私は引き出しを開けて、五冊を並べてみた。判型も年代もばらばらで、共通点は蔵書印とラベルの跡だけだった。

 それから、もうひとつあった。

 どの本にも、紙が一枚ずつ挟まっていた。

 レシートの裏、便箋の切れ端、包装紙の白い側。ばらばらの紙に、同じ癖のある字で、短い文が書いてある。

 『灯台守の手帳』には、こうあった。

 ――ここまで読んだら、外を見てください。

 私は顔を上げた。ガラスの向こうは、まだ薄い青で、街灯がひとつずつ消えていくところだった。

目次に戻る

目次