2話 第二話 除籍印
読み方を変える
図書館の本には、一生の終わりがある。
傷んで直せなくなったもの、内容が古びて使われなくなったもの、同じ本が何冊もあって場所を取るもの。そういう本は目録から外され、蔵書印の上に別の印が押される。
――除籍。
その印が押された本は、もうこの建物のものではない。希望者に譲るか、廃棄に回す。名簿から名前を消すのに似た手続きで、実際、職員のあいだでもあまり明るい話題にはならない。
六日目の朝、私は虫眼鏡を持ってきた。
五冊の蔵書印を順に見た。印肉の色は褪せて、輪郭がぼやけている。その丸い印の、少し右下がりに重なって、四角い枠が薄く残っていた。
枠の中の二文字は、ほとんど消えかけていたが、読めた。
除籍。
五冊すべてに、同じ印があった。
つまりこれは、この図書館が捨てた本だった。捨てたはずの本が、夜のあいだに、少しずつ戻ってきている。
私は司書室の奥にある古い書類棚を開けた。
除籍の記録は、二〇〇〇年より前のものは紙で残っている。年ごとに綴じられた台帳が、埃をかぶって並んでいた。
『灯台守の手帳』を探すのに、二時間かかった。
見つかったのは、一九九三年度の綴りだった。除籍の理由の欄に、事務的な文字でこう書いてある。
――北町分館閉館に伴う整理。
北町分館。
名前は聞いたことがあった。市の北の端、川沿いにあった小さな分館で、私が生まれる少し前に閉じている。建物はとうに無い。いまは駐車場になっていると、先輩が言っていた気がする。
同じ綴りを繰って、他の四冊も探した。全部あった。全部、同じ理由だった。
一九九三年三月三十一日付。北町分館の蔵書、二千三百十四冊。そのすべてが、その日いちどに除籍されている。
台帳の最後の頁に、担当者の欄がある。
角ばった、少し右上がりの字で、名前が書いてあった。
――浅野。
私はその字を見て、引き出しの紙片を思い出した。
鞄から出して、並べてみた。レシートの裏。便箋の切れ端。包装紙の白い側。
どれも、台帳と同じ、角ばって少し右上がりの字だった。
三十年前に本を捨てた人が、その本を三十年かけて返しに来ている。
そう考えるのがいちばん筋が通っていて、いちばん、ありえなかった。