わか紫

1話 みつぎもの 一

1,281字 約3分 2020年9月7日 公開

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 伊豆のヒガネ(やま)は日金と書いて、三島峠、弦巻山(つるまきやま)、十国峠と峰を重ね、(みどり)の雲は深からねど、冬は満山の枯尾花、虚空に立ったる(いのしし)見るよう、蓑毛(みのげ)を乱して(そび)えたり。

 読本(よみほん)ならば氷鉄(ひがね)といおう、その頂から伊豆の海へ、小砂利(まじ)りに(きば)を飛ばして、(はだえ)(つんざ)く北風を、日金(おろし)(おそれ)をなして、熱海の名物に数えらるる。

 冬季にはこの名物、三日()き五日措きに、殺然として襲い来るが、二日続くことはほとんどない。翌日は例のごとく、嘘のように暖く、公園の梅はほんのりと薫って、魚見岬(うおみざき)には(うらら)かな人集合(ひとだかり)。熱海の土地は気候が長閑(のどか)で、寒の(うち)も、水がぬるみ、池には金魚がひらひらと、弥生(やよい)の吉野、小春日の初瀬を写す(おもかげ)がある。

 さてこの物語の起った年は、師走から春の七草かけて、一たびも日金が(おろ)さず、十四五年にも覚えぬという温暖(あたたか)さ、年の内に七分咲で、名所の梅は花盛り、紅梅もちらほら交って、何屋、何楼、娘ある温泉宿(ゆやど)の蔵には、(ひな)が吉野紙の(かつぎ)を透かして、あの、ぱっちりした目で、(そっ)(のぞ)いても見そうな陽気。

 時ならぬ温気(うんき)のためか、それか、あらぬか、その頃熱海一町(ひとまち)、三人寄れば、風説(うわさ)をする、不思議な出来事というのがあった。仔細(しさい)はない、(がけ)の総六が背戸の、日当(ひあたり)()い畑地に、二月の瓜よりもなお珍とすべき、茄子(なす)の実が()りました。

 総六は、崖の、と呼ぶ、熱海の街を突切(つっき)って、(かわら)のような石原から浪打際へ出ようとする、(かたわら)蠣殻(かきがら)屋根、崖の上の一軒家の、年老いた漁師であるが、真鶴崎(まなづるがさき)(かつお)の寄るのも、老眼で見えなくなったと、もう(はり)(さお)は持って出ず、昼は人仕事の網の(つくろい)、合間には客を乗せて、(にしき)の浦遊覧の船を()ぐのが活計(なりわい)

 (あだ)しあだ浪いとまなみ、がらがらと石を()いて、空ざまに()け上る、崖の小家(こや)の正面に、胡坐(あぐら)を総六とも名づけつびょう、造りつけた親仁(おやじ)のように、どっかりと(いしき)を据え、山から()す日に日向(ひなた)ぼっこ、海に向うて朝から晩、暮れると、浪枕、やあ、ころりとせ。

 沖から遠眼鏡(とおめがね)で望んだら、(またたき)する間も静まらず、海洋(わだつみ)(あお)き口に、白泡の歯を鳴らして、刻々島根を喰削(くらいけず)らんず、怖しき浪の(かしら)(おさ)えて、巌窟(いわや)の中に鎮座まします、世に頼母(たのも)しき一体の羅漢の姿に見えるであろう。

 総六親仁は、最初、この茄子の種を(もた)らして、背戸へこぼして行ったのは、烏に()て翼違い、雉子(きじ)のようでやや小さく、山鳥かと思うと(くち)の白い、名を知らぬ、一羽の鳥であったという。

 かつその鳥は、小春日の朝、空が曇って、大島が判然(はっきり)と墨で描いたように見えた時、江浦(えのうら)、吉浜の空を()して、遠く小田原の城の森から、雲の上を飛んで来て、ふうわり、足許(あしもと)へ来て留った、そこから苗が出来たというのであるが、鳥はこの親仁が、名を知らぬものだったかも計られぬ。

 小田原よりか、函嶺(はこね)からか、それとも三島、日金の方か、たとい家は崖の上でも、十里は見通し得る(はず)がない。(おも)うに、親仁の産神(うぶすな)彼処(かしこ)であるから、かく珍らしい、伊豆紫の若茄子に、烏帽子(えぼし)を着せ、狩衣(かりぎぬ)召させて、一粒種のお鶴という、娘の婿にでもする気であろう。

 暮に取立ての初穂を、まず新しい苞入(つといり)にして、切火を打って、ここから七里ある、小田原なる城の鎮守、親仁が産神に、謹上(つつしんでたてまつる)

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