22話 黒影、白気 二十二
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「じゃ、お前が、あの方という人はえ?」
「あの方は、一番高い尖がった巌の上に、真暗な中に、黒い外套にくるまって、足を投げ出して、皆の取って来たものを指環だの、黄金時計だの、お金子だの、一人々々、数をいいますのを、黙って聞いておりました。」
かえって夫人がさしうつむいた、顔を見るだに哀さに、傍へそらす目の遣場、件の手帳を読むともなく、はらはらと四五枚かえして、
「星があっても暗かったろう。」
「遠くの沖で時々浪が光ります、あのこの鉛筆のような紫色に。
その他は、闇だったんです。」
「でも、よく手帳へ書けたのね。」
「蒼い色に燃えますマッチを摺るんです。そうすると、明くなって、巌に附着いた、皆の形が、顔も衣服も蒼黒くなって、あの、大な鮪が、巌に附着いておりますようで、打着ります浪の《しぶき》が白くかかって見えました。
前刻、奥様がお座敷にいらっしゃらない処へ入って、私、よっぽど盗ったんです。そうして洋燈を吹消して出ようとして見ますと、あの向うの蒸風呂の壇を上っておいでなすって、どこへも遁げられませんから、洋燈を消して、壁に附着いて屈んだんです。
でも、ずんずんいらっしゃって、座敷へ入りそうになりましたから、私、蒼い灯をつけて威したでしょう。
え、え。
でも、恐がらないで、おや、お前かいッておっしゃいました。
あの時摺ったマッチですわ。
私、ここに持っております。」
と、帯の間に手を入れる。
「可いよ。可いよ、見なくっても大事ないよ。」
余りの事に、さるにても、なお瞻らるるお鶴の顔。
「でも何、先刻私を威したのは、あれはお前が考えたの。」
「いいえ、ここへ来ましょうと、巌を下ります時に、暗がりから、誰だか教えてくれたんです。」
「何といって、さあ。」
夫人は忍び音を震わした。
「対手は婦人だ、それに、お百度を踏もうという信心者だから、遣損なったら、威すと可い。遁げるだけは仔細はないッて、」
「あれ、そんなことまで知っているのかねえ。」
「はい、そしてあの、十二時を過ぎてから、お百度をなさいますから、その隙にッて、いいましたんです。でも、来て、あの姿見の向うの流しの硝子戸から覗きますと、映りましたのは私ばッかりで、奥様はお座敷にも廊下にも見えなさいませんから、この間と思って、飛込んだんでございますわ。」
「であの、そこへ集っただけで皆?」
「いいえ、仕事をするとすぐに。」
ちりちりばらばら。
「三島へ遁げるのもありますし、峠を越して函嶺へ行ったのもございますし、湯河原を出て吉浜、もうその時分は、お関所辺で、ゆっくり紙幣を勘定しているものもあろうし、峠の棄石へ腰をかけて、盗んだ時計で、時間を見ているのもあるだろうッて、浪の音の合間々々に、皆が話していたんです。」
「大概どのくらいな仕事だとか、その人はいっちゃいなかったの。」
「内端に積りまして一万円ばかりですって。」
「大変なこッたねえ、それから、何、お鶴さん、その人の名は何というの。いいえ、大丈夫、私の命がなくなっても、とお百度を拝んでいる、観音様の御名にかけて、きっと人にはいわないから。」
「万綱っていうんです。」
「ああ、そうでしょう。それからその手下の衆の名は知らないかい。」
「はい、地震が済むと、私と二人で、そこら歩行きながら、巌の上へ参りました、しばらく経ちますと、一人来たり、三人来たり、ぴちゃぴちゃ、潮のふるえる音がしました。
あの方が、皆揃ったかッていいました。」
「そうすると……」