わか紫

6話 丁か半か 六

1,386字 約3分 2020年9月7日 公開

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「処を、清く、恐入ってくれたというもんだから、双方無事で、私も(おおき)技倆(きりょう)を上げたが、いってみりゃ、こりゃ、お前方のお(かげ)だよ。」

 上衣(うわぎ)の肩の動くまで快げに打笑い、

(つい)てはお前達が、洒落だという、その洒落が、ちとどうにか、ものになる相談をしようと思うが、一体何の洒落かね、こう見た処、どうもまんざら、この娘さんを手籠めにしようとしたようでもないな。」

 いわれて雲平、

「旦那、綺麗な姉さんにゃ姉さんでござりやすが、から孫みたようなものを(つかめ)えて、色気で、どうこうというわけじゃなかったんで。へい、実は、少々御法度の、へい、手慰みを遣らかしておりましたんで。」

 伝九郎もようよう窮屈そうな腰を()した。

「ほんの出来心なんでござりやすよ、この節は、人車鉄道が敷けましたに就いて、こちとら、からッきし仕事といってござりやせん。

 ところが昨日(きのう)珍らしく、箱根から熱海へ廻ろうという二人、江戸の客人がござりやして、このおじいと棒組で、こうやって二台()いて(めえ)りやした。

 小田原を昨日(きのう)八ツ時分に出ましたんで、熱海へ着いて、対孝館へ送り込みましたが、昨夜(ゆうべ)、もう十二時(ここのつ)頃。

 五両と三両(まとま)った、(こく)の代を頂いたんで、ここで泊込みの、湯上りで五合(ごんつく)()めた日にゃ、懐中(ふところ)腕車(くるま)(から)にして、土地(さと)へ帰らなけりゃならねえぞ。どうせ戻り腕車はねえんだで、悪くすると、お客をのせて山(ごし)を、えッちら、おッちら、こちとらが分際で、一晩湯治のような寸法になりそうだ。一番このまんまで引返(ひっかえ)せと、へい、おじいも気が合って、そこで、もし。

 一膳めし屋で腹を(こさ)えて、夜通し、旦那、がらがら石ころの上を二台、曳摺(ひきず)って、夜一夜(よっぴて)山越しに遣って来やしてね。明け方ちょうどここン(とこ)まで参りやすと、それ、旦那。」

 と谷の方を瞰下(みおろ)した、雲おじいも(ひと)しく其方(そなた)を。

 旅客はかえって、娘をちょいと見たのである。

「お関所でござりやしょう、里心というんじゃねえんだが、妙てこに昔懐しくなりやしてね。」

「へい、私等(わっしら)、こう見えて、へへ、何も見得なことはござりやせんが、これで昔の雲助でござりやす。息杖で背後(うしろ)へ反っくり返るのと、楫棒(かじぼう)を握って前のめりに(かが)むんじゃ、から、見た処から役割が違いやさ。

 ああ、ああ、ここいら、一面に、己達(おれッち)の巣だったい。東海道は五十三次、この雲助が居ねえじゃ、絵にも双六(すごろく)にもなるんじゃねえ。いざ、道中となった日にゃ、お大名でも、飛脚でも、品川から忘れねえのは、富士の山と、お関所と、大井川と雲助かい。

 女づれの遊山(ゆさん)旅に、桔梗一本折ればといって、駕籠を(かつ)いだおじさんに渡りをつけねえじゃならなかったに、名物の外郎(ういろう)は、(たま)にゃ覚えた人があろか、清見寺の欄干から、韮山(にらやま)(にじ)を見たって、雲助を思い出す後生(ねがい)は一人もねえ。

 ものの三十年と()たねえ内に、変れば変る世の中だ。どうだ伝九、この、お関所あとを見るにつけ、ぼけた金時じゃあるめえし、箱根山を背後(うしろ)背負(しょ)って、伊豆の海へ巌端(いわばな)から、ひょぐるばかりが能じゃあるめえ。ちょうど尾花の背景(うしろ)もある、牛頭馬頭(ごずめず)眼張(がんば)りながら、昔の(かた)を遣ってみべいと、」

「おじいが言うのは(わっし)の図星。そこで旦那、共喰の手慰み、鉄拐博奕(てっかばくち)を切ッつけやした。なんこから狐になって、はたいた方が愚に返って、とうとうね、蜜柑の種を勘定しながら、地体お星様は丁か半か、とあけ方の天井へ、一服吹かしております処へ、ひょッくり、その姉さんが来たんでね。」

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