6話 丁か半か 六
読み方を変える
「処を、清く、恐入ってくれたというもんだから、双方無事で、私も大に技倆を上げたが、いってみりゃ、こりゃ、お前方のお庇だよ。」
上衣の肩の動くまで快げに打笑い、
「就てはお前達が、洒落だという、その洒落が、ちとどうにか、ものになる相談をしようと思うが、一体何の洒落かね、こう見た処、どうもまんざら、この娘さんを手籠めにしようとしたようでもないな。」
いわれて雲平、
「旦那、綺麗な姉さんにゃ姉さんでござりやすが、から孫みたようなものを捉えて、色気で、どうこうというわけじゃなかったんで。へい、実は、少々御法度の、へい、手慰みを遣らかしておりましたんで。」
伝九郎もようよう窮屈そうな腰を伸した。
「ほんの出来心なんでござりやすよ、この節は、人車鉄道が敷けましたに就いて、こちとら、からッきし仕事といってござりやせん。
ところが昨日珍らしく、箱根から熱海へ廻ろうという二人、江戸の客人がござりやして、このおじいと棒組で、こうやって二台曳いて参りやした。
小田原を昨日八ツ時分に出ましたんで、熱海へ着いて、対孝館へ送り込みましたが、昨夜、もう十二時頃。
五両と三両纏った、穀の代を頂いたんで、ここで泊込みの、湯上りで五合極めた日にゃ、懐中も腕車も空にして、土地へ帰らなけりゃならねえぞ。どうせ戻り腕車はねえんだで、悪くすると、お客をのせて山越を、えッちら、おッちら、こちとらが分際で、一晩湯治のような寸法になりそうだ。一番このまんまで引返せと、へい、おじいも気が合って、そこで、もし。
一膳めし屋で腹を拵えて、夜通し、旦那、がらがら石ころの上を二台、曳摺って、夜一夜山越しに遣って来やしてね。明け方ちょうどここン処まで参りやすと、それ、旦那。」
と谷の方を瞰下した、雲おじいも斉しく其方を。
旅客はかえって、娘をちょいと見たのである。
「お関所でござりやしょう、里心というんじゃねえんだが、妙てこに昔懐しくなりやしてね。」
「へい、私等、こう見えて、へへ、何も見得なことはござりやせんが、これで昔の雲助でござりやす。息杖で背後へ反っくり返るのと、楫棒を握って前のめりに屈むんじゃ、から、見た処から役割が違いやさ。
ああ、ああ、ここいら、一面に、己達の巣だったい。東海道は五十三次、この雲助が居ねえじゃ、絵にも双六にもなるんじゃねえ。いざ、道中となった日にゃ、お大名でも、飛脚でも、品川から忘れねえのは、富士の山と、お関所と、大井川と雲助かい。
女づれの遊山旅に、桔梗一本折ればといって、駕籠を舁いだおじさんに渡りをつけねえじゃならなかったに、名物の外郎は、偶にゃ覚えた人があろか、清見寺の欄干から、韮山の虹を見たって、雲助を思い出す後生願は一人もねえ。
ものの三十年と経たねえ内に、変れば変る世の中だ。どうだ伝九、この、お関所あとを見るにつけ、ぼけた金時じゃあるめえし、箱根山を背後に背負って、伊豆の海へ巌端から、ひょぐるばかりが能じゃあるめえ。ちょうど尾花の背景もある、牛頭馬頭で眼張りながら、昔の式を遣ってみべいと、」
「おじいが言うのは私の図星。そこで旦那、共喰の手慰み、鉄拐博奕を切ッつけやした。なんこから狐になって、はたいた方が愚に返って、とうとうね、蜜柑の種を勘定しながら、地体お星様は丁か半か、とあけ方の天井へ、一服吹かしております処へ、ひょッくり、その姉さんが来たんでね。」