欧米各国 政教日記

203話 第七、イタリア紀行の部(付ギリシアおよびトルコ) 第二〇三、ギリシアの僧侶

663字 約1分 2012年10月21日 公開

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 ギリシアの内地いたるところ、必ず郷寺もしくは村寺とも称すべきものあり。わが国の郷社、村社のごとし。その各寺には必ず住僧ありて、他邦人その村を通過するときは、その僧これを接待するの風習なり。すなわち外人を接待するは、寺僧の職務の一部分となれるなり。しかしてその僧は、学識といい職業といい、一般の村民に異なることなし。ただその異なるは外貌上、黒帽をいただき黒衣を着し、長髪長髯これのみ。しかして寺務の余間には、僧はその妻とともに、ほかの村民のごとく農業をとるを常とす。なんとなれば、村落の住僧は寺務の所得のみにては、糊口をみたすことあたわざればなり。その生計かくのごとく窮するをもって、学問を修めんと欲するも、その志を果たすことあたわず、ただ神前にありて経文を誦することを知るのみ。ゆえにその学識の度、かえって俗人の下にありという。

 政教子ここにおいて曰く、僧侶の貧かつ愚なるは、ひとり東洋の諸邦に限るにあらず、仏教の諸宗に限るにあらず。ギリシアのごときは欧州中の一国にして、その宗旨はヤソ教の一派なるも、僧侶の愚かつ貧なること、かくのごとし。これによりてこれをみるに、僧侶はその国人の学識・貧富の一斑を示すものにして、僧侶の貧かつ愚なるは、その国民の知識資産の程度一般に低きにより、僧侶の富かつ学識あるは、その国民の程度もまた高きによる。国民一般に資産に富めば僧侶もまた富み、国民一般に学識に長ずれば僧侶もまた長じ、僧侶ひとり貧なるあたわず、僧侶ひとり愚なるあたわず。ああ、僧侶は一国人民の貧富、賢愚の程度を代表するものなり。

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