2話 ウェストミンスター寺院(2)
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突然、低い重々しいオルガンの調べがひびきはじめた。それは次第次第に強くなり、大波のようにどよめきわたった。その音量のゆたかさ、その壮大さは、この堂々たる建築になんとよく調和したことだろう。いかに壮麗にその調べは広大な円天井にひろがり、この死の洞穴を通じて、おごそかな旋律を鳴りわたらせ、沈黙した墓に鳴りひびいたことか。それはやがてもりあがって勝ち誇った歓喜の叫びとなり、渾然とした調べはいよいよ高く、ひびきの上にひびきをつみかさねていった。その音がやむと、聖歌隊のやさしい歌声が快いしらべとなって流れ出し、高く舞いあがり、屋根のあたりで歌い、高い円天井で鳴るように思われ、清純な天国の曲とまがうばかりだった。ふたたびオルガンがとどろき、恐ろしい大音響をまきおこし、大気を凝縮して音楽にし、滔々として魂に押しよせてくる。なんという殷々たる音律であろう。なんと厳かな、すさまじい協和音であろう。その音はさらに濃密に、なおも力強くなって、大伽藍にみなぎり、壁さえもゆりうごかすかと思われる。耳を聾するばかりで、五感はまったく圧倒されてしまう。そして今や、朗々とうねりあがってゆき、大地から天上へかけのぼる。魂は奪い去られ、この高まる音楽の潮のまにまに空高く浮びあがるような気さえする。
わたしは、音楽がときとして湧きおこしがちな幻想にひたって坐っていた。夕闇が次第に身のまわりに濃くなり、記念碑がなげる暗影はいよいよ深くなってきた。遠くの時計が、しずかに暮れてゆく日をしらせた。
わたしは立ちあがって、寺院を去る支度をした。本堂に通じる階段を下りてゆくとき、わたしの眼はエドワード懺悔王の霊廟にひかれた。そこへ行く小さな階段をのぼり、そこから荒涼とした墓場を見わたした。この廟は壇のように高くなっていて、それをとりまいて近くに王や妃たちの墓があった。この高いところから見おろすと、柱や墓碑のあいだから、下の礼拝堂や部屋が見え、墓が立ちならんでいた。そこに武士や、僧正や、廷臣や、政治家たちが「闇の床」に臥して朽ちつつあるのだ。わたしのすぐそばに、戴冠式用の大椅子が据えてあったが、それは樫の木の荒削りで、遠い昔のゴシック時代のまだ洗練されてない趣味だった。この場面は、演劇的な巧みさで、見る人に、ある感銘をあたえるように工夫されているかのようだった。ここに人間のはなやかな権力の初めと終りの一つの例があるのだ。ここでは文字通り王座から墳墓までただ一歩である。これらの不調和な記念物が集められたのは生存している偉人に教訓をあたえるためだと考える人はないだろうか。つまり、この世の偉い人がもっとも得意で意気揚々としている瞬間にさえ、間もなくその人が世間にかえりみられず、侮辱を受けなければならなくなるということを見せつけるためだと考える人はないだろうか。その人の額をめぐる王冠がたちまちにして滅び去り、墓の塵と恥辱とのなかに横たわり、大衆のうちでももっとも下賤なものの足もとに踏みつけられなければならないということを教えるためだと人は思わないだろうか。妙なことだが、ここでは墓さえももはや聖所ではないのだ。世の中のある人たちのなかには恐るべき軽薄なところがあり、そのために畏れ敬うべきものを弄ぶことになるのだ。また、卑劣な人もあり、生きている人にはらう卑劣な服従と下等な奴隷根性のうらみを、すでに死んだ有名な人に晴らして喜ぶのだ。エドワード懺悔王の棺はあばかれ、その遺骸からは葬式の装飾品がうばいさられてしまった。傲慢なエリザベスの手からは王笏が盗まれている。ヘンリー五世の彫像は頭がとれたまま横たわっている。王の記念碑のなかには、人間の尊敬がいかに偽りで、はかないものであるかという証拠をとどめていないものは一つとしてない。あるものは強奪され、あるものは手足を切りとられ、あるものは下品な言葉や侮蔑の言葉でおおわれている。いずれも多かれ少かれ辱かしめられ、不名誉を蒙っているのだ。
一日の最後の光が今やわたしの頭上の高い円天井の彩色した窓を通してかすかに流れこんでいた。寺院の下のほうはすでに暗い黄昏につつまれている。礼拝堂や側廊はますます暗くなってきた。王たちの像は暗闇に消えいり、大理石の記念像はほのかな光のなかでふしぎな形を見せ、夕暮の風は墓の吐く冷たい息のように側廊をはいよってきた。詩人の墓所を歩く聖堂守の遠い足音にさえも、異様な寂寞としたひびきがあった。わたしは、ひるまえに歩いた路をゆっくりともどって行った。そして、廻廊の門を出ると、扉が背後でぎしぎしと軋って閉まり、建物全体にこだまして、鳴りわたった。
わたしは、今まで見てきたものを心のなかで少し整えて見ようとした。しかし、それはもはやさだかではなく混沌としていた。入口からまだ足を踏み出したか、出さないかというのに、名前や、碑文や、記念品はみなわたしの記憶のなかで入りみだれてしまっていた。わたしは考えた。このおびただしい墳墓の集まりは、屈辱の倉庫でなくてなんであろう。名声の空虚なこと、忘却の確実なことについて、くりかえし説かれた訓戒のうずたかい堆積でなくてなんだろうか。じっさい、これは死の帝国である。死神の暗黒の大宮殿である。死神が傲然と腰をすえ、人間の栄光の遺物をあざわらい、王侯たちの墓に塵と忘却とをまきちらしているのだ。名声の不死とは、とどのつまり、なんとむなしい自慢であろう。時は黙然としてたゆみなくページを繰っているのだ。わたしたちは、現在の物語にあまりに心をうばわれており、過去を興味深いものにした人物や逸話については考えもしない。そして、来る時代も、来る時代も、書物をなげだすように、またたくまに忘れられてゆく。今日崇拝される人は昨日の英雄をわたしたちの記憶から追いだしてしまう。そして、次には、明日そのあとについで出るものによって取って代わられるのだ。「われわれの父祖は」とトマス・ブラウン卿は言っている。「自分の墓をわれわれの短い記憶のなかに見出した。そして、われわれもまたあとに残った人のなかに埋もれてゆくであろうと悲しげに教えている」歴史は次第にぼんやりして寓話になる。事実は疑いや論争で曇らされる。碑文はその碑面から朽ちおちる。彫像は台から倒れおちる。柱も、アーチも、ピラミッドも、砂の堆積以外の何ものであろうか。その墓碑銘は塵に書いた文字以外の何ものであろうか。墓が安全だといっても、なんでもない。防腐のためにたきこめた香が永遠だといっても、なにほどのことがあろうか。アレキサンダー大王の遺骸は風に吹きさらわれて散り去った。彼のうつろな石棺は、今では博物館の単なる珍品にすぎない。「エジプトのミイラは、キャンバイシーズ王も歳月も手をふれることを差しひかえたのに、今は貪欲な人間がけずりとっている。人民のミイラは傷の特効薬だし、王のミイラは鎮痛剤として売られている(原註)」
今、この大建築は、わたしの上にそびえ立っているが、これよりも壮大な墳墓にふりかかったのと同じ運命をそれがたどらぬように守ることができるものがあるだろうか。今、その金箔をほどこした円天井はかくも高くそばだっているが、やがて廃物になって足もとに横たわるときがかならず来るのだ。そのときには、音楽や感嘆の声のかわりに、風が、壊れたアーチを蕭々として吹きならし、梟が破壊した塔から鳴くのだ。そのときには、目も眩い陽光がこの陰鬱な死の家にふりそそぎ、蔦が倒れた柱にまきつき、ジギタリスは、死人をあなどるかのように、名の知れぬ骨壺のあたりに垂れて咲きみだれるのだ。こうして、人はこの世を去り、その名は記録からも記憶からも滅びるのだ。その生涯ははかない物語のようであり、その記念碑さえも廃墟となるのである。
原註 トマス・ブラウン卿。