三十年前の島田沼南

1話

1,137字 約2分 2011年7月26日 公開

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 島田沼南(しまだしょうなん)は大政治家として葬られた。清廉潔白百年(まれ)に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を(おお)うて定まる批評は燦爛(さんらん)たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。

 沼南には最近十四、五年間会った事がない。それ以前とて会えば寒暄(かんけん)を叙する位の面識で、私邸を訪問したのも二、三度しかなかった。シカモその二、三度も、待たされるのがイツモ三十分以上で、(ようや)く対座して十分かソコラで用談を済ますと()(きま)って、「ドウゾ()たお(ひま)の時御ユックリとお遊びにいらしって下さい」と後日の再訪を求めて打切られるから、勢い即時に暇乞(いとまご)いせざるを得なくなった。(したが)って会えば万更(まんざら)路人のように扱われもしなかったが、親しく口を()いた正味の時間は前後合して二、三十分ぐらいなもんだったろう。

 が、沼南の「復たドウゾ御ユックリ」で巧みに撃退されたのは我々通り一遍の面識者ばかりじゃなかった。沼南と仕事を(とも)にした提携者や門下生的関係ある昵近(じっきん)者さえが「復たユックリ来給え」で碌々(ろくろく)用談も済まない(うち)に撃退されてブツクサいうのは珍らしくなかった。

 (もっと)も沼南は極めて多忙で、地方の有志者などが頻繁(ひんぱん)に出入していたから、我々閑人(ひまじん)にユックリ(すわ)り込まれるのは迷惑だったに違いない。かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を()れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常で誰にでも共鳴するかのように調子を合わせるから、イイ気になって知己を得たツモリで愚談を聴いてもらおうとすると、(たちま)ち巧みに受流されて「復たおヒマの時に御ユックリ」で撃退されてしまう。

 由来我々筆舌の徒ほど始末の悪いものはない。談ずる処は多くは実務に縁の遠い無用の空想であって、シカモ発言したら(びび)として尽きないから対手(あいて)になっていたら際限がない。沼南のような多忙な政治家が日に接踵(せっしょう)する地方の有志家を撃退すると同じコツで我々閑人を遇するは決して無理はない。ブツクサいうものが誤っておる。

 が、沼南の応対は普通の社交家の(うわ)(すべ)りのした如才なさと違って如何(いか)にも真率に打解けて対手を育服さした。いつもニコニコ笑顔(えがお)を作って(わず)か二、三回の面識者をさえ百年の友であるかのように遇するから大抵なものはコロリと参って知遇を得たかのように感激する。政治家や実業家には得てこういう人を()らさない共通の如才なさがあるものだが、世事に()れない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに(ひと)りで()めてしまって同情や好意や推輓(すいばん)斡旋(あっせん)を求めに行くと案外素気(そっけ)なく待遇(あしら)われ、合力無心を乞う苦学生の如くに撃退されるので、昨の感激が消滅して幻滅を感じ、敵意を持たないまでも不満を抱き反感を持つようになる。沼南ばかりじゃない。

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