2話 火の用心の事(2)
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翌日は晩とも言はず、午からの御馳走。杉野氏の方も、通勤があるから留主で、同夫人と、夫人同士の御招待で、即ち(二の膳出づ。)である。「あゝ、旨い、が、驚いた、この、鯛の腸は化けて居る。」「よして頂戴、見つともない。それはね、ほら、鯛のけんちんむしといふものよ。」何を隱さう、私はうまれて初めて食べた。春葉はこれより先、ぐぢ、と甘鯛の區別を知つて、葉門中の食通だから、弱つた顏をしながら、白い差味にわさびを利かして苦笑をして居た。
その時だつけか、あとだつたか、春葉と相ひとしく、まぐろの中脂を、おろしで和へて、醤油を注いで、令夫人のお給仕つきの御飯へのつけて、熱い茶を打つかけて、さくさく/\、おかはり、と又退治るのを、「頼もしいわ、私たちの主人にはそれが出來ないの。」と感状に預つた得意さに、頭にのつて、「僕はね、お彼岸のぼたもちでさへお茶づけにするんですぜ。」「まあ、うれしい。……」何うもあきれたものだ。
おきれいなのが三人ばかりと、私たち、揃つて、前津の田畝あたりを、冬霧の薄紫にそゞろ歩きして、一寸した茶屋へ憩んだ時だ。「ちらしを。」と、夫人が五もくずしをあつらへた。
つい今しがた牡丹亭とかいふ、廣庭の枯草に霜を敷いた、人氣のない離れ座敷で。――鬘ならではと見ゆるまでに結なしたる圓髷に、珊瑚の六分玉のうしろざしを點じた、冷艷類ふべきなきと、こゝの名物だと聞く、小さなとこぶしを、青く、銀色の貝のまゝ重ねた鹽蒸を肴に、相對して、その時は、雛の瞬くか、と顏を見て醉つた。――「今しがた御馳走に成つたばかりです、もう、そんなには。」「いゝから姉さんに任せてお置き。」紅葉先生の、實は媛友なんだから、といつて、女の先生は可笑しい。……たゞ奧さんでは氣にいらず、姉ごは失禮だ。小母さんも變だ、第一「嬌瞋」を發しようし……そこンところが何となく、いつのまにか、むかうが、姉が、姉が、といふから、年紀は私が上なんだが、姉さんも、うちつけがましいから、そこで、「お姉上。」――いや、二十幾年ぶりかで、近頃も逢つたが、夫人は矢張り、年上のやうな心持がするとか言ふ。「第一、二人とも割前が怪しいんです。」とその時いふと、お姉上も若かつた。箱せこかと思ふ、錦の紙入から、定期だか何だか小さく疊んだ愛知の銀行券を絹ハンケチのやうにひら/\とふつて、金一千圓也、といふ楷書のところを見せて、「心配しないで、めしあがれ。」ちらしの金主が一千圓。この意氣に感じては、こちらも、くわつと氣競はざるを得ない。「ありがたい、お茶づけだ。」と、いま思ふと汗が出る。……鮪茶漬を嬉しがられた禮心に、このどんぶりへ番茶をかけて掻つ込んだ。味は何うだ、とおつしやるか? いや、話に成らない。人參も、干瓢も、もさ/\して咽喉へつかへて酸いところへ、上置の鰺の、ぷんと生臭くしがらむ工合は、何とも言へない。漸と一どんぶり、それでも我慢に平げて、「うれしい、お見事。」と賞められたが、歸途に路が暗く成つて、溝端へ出るが否や、げツといつて、現實立所に暴露におよんだ。
愛想も盡かさず、こいつを病人あつかひに、邸へ引取つて、柔かい布團に寢かして、寒くはないの、と袖をたゝいて、清心丹の錫を白い指でパチリ……に至つては、分に過ぎたお厚情。私はその都度、「先生の威徳廣大、先生の威徳廣大。」と唱へて、金色夜叉の愛讀者に感銘した。
翌年一月、親類見舞に、夫人が上京する。ついでに、茅屋に立寄るといふ音信をうけた。ところで、いま更狼狽したのは、その時の厚意の萬分の一に報ゆるのに手段がなかつたためである。手段がなかつたのではない、花を迎ふるに蝶々がなかつたのである。……何を何う考へたか、いづれ周章てた紛れであらうが、神田の從姉――松本の長の姉を口説いて、實は名古屋ゆきに着てゐた琉球だつて、月賦の約束で、その從姉の顏で、糶呉服を借りたのさへ返さない……にも拘らず、鯱に對して、錢なしでは、初松魚……とまでも行かないでも、夕河岸の小鰺の顏が立たない、とかうさへ言へば「あいよ。」と言ふ。……少しばかり巾着から引だして、夫人にすゝむべく座布團を一枚こしらへた。……お待遠樣。――これから一寸薄どろに成るのである。
おごつた、黄じまの郡内である。通例私たちが用ゐるのは、四角で薄くて、ちよぼりとして居て、腰を載せるとその重量で、少し溢んで、膝でぺたんと成るのだが、そんなのではない。疊半疊ばかりなのを、大きく、ふはりとこしらへた。私はその頃牛込の南榎町に住んで居たが、水道町の丸屋から仕立上りを持込んで、御あつらへの疊紙の結び目を解いた時は、四疊半唯一間の二階半分に盛上つて、女中が細い目を圓くした。私などの夜具は、むやみと引張つたり、被つたりだから、胴中の綿が透切れがして寒い、裾を膝へ引包めて、袖へ頭を突込むで、こと/\蟲の形に成るのに、この女中は、また妙な道樂で、給金をのこらず夜具にかける、敷くのが二枚、上へかけるのが三枚といふ贅澤で、下階の六疊一杯に成つて、はゞかりへ行きかへり足の踏所がない。おまけに、もえ黄の夜具ぶろしきを上被りにかけて、包んで寢た。一つはそれに對する敵愾心も加はつたので。……先づ奮發した。
――所で、夫人を迎へたあとを、そのまゝ押入へ藏つて置いたのが、思ひがけず、遠からず、紅葉先生の料に用立つた。
憶起す。……先生は、讀賣新聞に、寒牡丹を執筆中であつた。横寺町の梅と柳のお宅から三町ばかり隔たつたらう。私の小家は餘寒未だ相去り申さずだつたが――お宅は來客がくびすを接しておびたゞしい。玄關で、私たち友達が留守を使ふばかりにも氣が散るからと、お氣にいりの煎茶茶碗一つ。……これはそのまゝ、いま頂戴に成つて居る。……ふろ敷包を御持參で、「机を貸しな。」とお見えに成つた。それ、と二つ三つほこりをたゝいたが、まだ干しも何うもしない、美しい夫人の移り香をそのまゝ、右の座布團をすゝめたのである。敢てうつり香といふ。留南木のかをり、香水の香である。私はうまれて、親どもからも、先生からも、女の肉の臭氣といふことを教へられた覺えがない。從つて未だに知らない。汗と、わきがと、湯無精を除いては、女は――化粧の香料のほか、身だしなみのいゝ女は、臭くはないものと思つて居る。憚りながら鼻はきく。空腹へ、秋刀魚、燒いもの如きは、第一にきくのである。折角、結構なる體臭をお持合せの御婦人方には、相すまぬ。が……從つて、拂ひもしないで、敷かせ申した。壁と障子の穴だらけな中で、先生は一驚をきつして、「何だい、これは。――田舍から、内證で嫁でもくるのかい。」「へい。」「馬のくらに敷くやうだな。」「えへゝ。」私も弱つて、だらしなく頭をかいた。「茶がなかつたら、内へ行つて取つて來な。鐵瓶をおかけ。」と小造な瀬戸火鉢を引寄せて、ぐい、と小机に向ひなすつた。それでも、せんべい布團よりは、居心がよかつたらしい。……五日ばかりおいでが續いた。
暮合の土間に下駄が見えぬ。
「先生は?……」
通りへ買物から、歸つて聞くと、女中が、今しがたお歸りに成つたといふ。矢來の辻で行違つた。……然うか、と何うも冴え返つて恐ろしく寒かつたので、いきなり茶の間の六疊へ入つて、祖母が寢て居た行火の裾へ入つて、尻まで潛ると、祖母さんが、むく/\と起きて、火をかき立ててくれたので、ほか/\いゝ心持になつて、ぐつすり寢込むだ。「柳川さんが、柳川さんがお見えになりました。」うつとりと目を覺すと、「雪だよ、雪だよ、大雪に成つた。この雪に寢て居る奴があるものか。」と、もう枕元に長い顏が立つて居る。上れ、二階へと、マツチを手探りでランプを點けるのに馴れて居るから、いきなり先へ立つて、すぐの階子段を上つて、ふすまを開けると、むツと打つ煙に目のくらむより先に、机の前に、眞紅な毛氈敷いたかと、戸袋に、雛の幻があるやうに、夢心地に成つたのは、一はゞ一面の火であつた。地獄へ飛ぶやうに辷り込むと、青い火鉢が金色に光つて、座布團一枚、ありのまゝに、萌黄を細く覆輪に取つて、朱とも、血とも、るつぼのたゞれた如くにとろけて、燃拔けた中心が、藥研に窪んで、天井へ崩れて、底の眞黒な板には、ちら/\と火の粉がからんで、ぱち/\と煤を燒く、炎で舐める、と一目見た。「大變だ。」私は夢中で、鐵瓶を噴火口へ打覆けた。心利いて、すばやい春葉だから、「水だ、水だ。」と、もう臺所で呼ぶのが聞えて、私が驅おりるのと、入違ひに、狹い階子段一杯の大丸まげの肥滿つたのと、どうすれ合つたか、まげの上を飛おりたか知らない。下りざまに、おゝ、一手桶持つて女中が、と思ふ鼻のさきを、丸々とした脚が二本、吹きおろす煙の中を宙へ上つた。すぐに柳川が馳違つた。手にバケツを提げながら、「あとは、たらひでも、どんぶりでも、……水瓶にまだある。」と、この手が二階へ屆いた、と思ふと、下の座敷の六疊へ、ざあーと疎に、すだれを亂して、天井から水が落ちた。さいはひに、火の粉でない。私は柳川を恩人だと思ふ――思つて居る。もう一歩來やうが遲いと、最早言を費すにおよぶまい。
敷合せ疊三疊、丁度座布團とともに、その形だけ、ばさ/\の煤になつて、うづたかく重なつた。下も煤だらけ、水びたしの中に畏つて、吹きつける雪風の不安さに、外へ出る勇氣はない。勞を謝するに酒もない。柳川は卷煙草の火もつけずに、ひとりで蕎麥を食べるとて歸つた。
女中が、づぶぬれの疊へ手をついて、「申譯がございません。お寒いので、炭をどつさりお繼ぎ申しあげたものですから、先生樣はお歸りがけに、もう一度よく埋けなよ、と確に御注意遊ばしたのでございますものを、つい私が疎雜で。……炭が刎ねまして、あのお布團へ。……申譯がございません。」祖母が佛壇の輪を打つて座つた。私も同じやうに座つた。「……兄、これからも氣をつけさつしやい、内では昔から年越しの今夜がの。……」忘れて居た、如何にもその夜は節分であつた。私が六つから九つぐらゐの頃だつたと思ふ。遠い山の、田舍の雪の中で、おなじ節分の夜に、三年續けて火の過失をした、心さびしい、もの恐ろしい覺えがある。いつも表二階の炬燵から。……一度は職人の家の節分の忙しさに、私が一人で寢て居て、下がけを踏込んだ。一度は雪國でする習慣、濡れた足袋を、やぐらに干した紐の結びめが解けて火に落ちたためである。もう一度は覺えて居ない。いづれも大事に至らなかつたのは勿論である。が、家中水を打つて、燈も氷つた。三年目の時の如きは、翌朝の飯も汁も凍てて、軒の氷柱が痛かつた。
番町へ越して十二三年になる。あの大地震の前の年の二月四日の夜は大雪であつた。二百十日もおなじこと、日記を誌す方々は、一寸日づけを御覽を願ふ、雨も晴も、毎年そんなに日をかへないであらうと思ふ。現に今年、この四月は、九日、十日、二日續けて大風であつた。いつか、吉原の大火もおなじ日であつた。然もまだ誰も忘れない、朝からすさまじい大風で、花は盛りだし、私は見付から四谷の裏通りをぶらついたが、土がうづを卷いて目も開けられない。瓦を粉にしたやうな眞赤な砂煙に、咽喉を詰らせて歸りがけ、見付の火の見櫓の頂邊で、かう、薄赤い、おぼろ月夜のうちに、人影の入亂れるやうな光景を見たが。――淺草邊へ病人の見舞に、朝のうち出かけた家内が、四時頃、うすぼんやりして、唯今と歸つた、見舞に持つて出た、病人の好きさうな重詰ものと、いけ花が、そのまゝすわつた前かけの傍にある。「おや。」「どうも、何だつて大變な人で、とても内へは入れません。」「はてな、へい?……」いかに見舞客が立込んだつて、まはりまはつて、家へ入れないとは變だ、と思ふと、戸外を吹すさぶ風のまぎれに、かすれ聲を咳して、いく度か話が行違つて漸と分つた。大火事だ! そこへ號外が駈まはる。……それにしても、重詰を中味のまゝ持つて來る事はない、と思つたが、成程、私の家内だつて、面はどうでも、髮を結つた婦が、「めしあがれ。」とその火事場の眞ん中に、重詰に花を添へて突だしたのでは狂人にされるより外はない……といつた同じ日の大風に――あゝ、今年は無事でよかつた。……