火の用心の事

2話 火の用心の事(2)

4,966字 約10分 2011年9月29日 公開

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 翌日(よくじつ)(ばん)とも()はず、(ひる)からの御馳走(ごちそう)杉野氏(すぎのし)(はう)も、通勤(つうきん)があるから留主(るす)で、同夫人(どうふじん)と、夫人同士(ふじんどうし)御招待(ごせうだい)で、(すなは)ち(()(ぜん)()づ。)である。「あゝ、(うま)い、が、(おどろ)いた、この、(たひ)(はらわた)()けて()る。」「よして頂戴(ちやうだい)()つともない。それはね、ほら、(たひ)のけんちんむしといふものよ。」(なに)(かく)さう、(わたし)はうまれて(はじ)めて()べた。春葉(しゆんえふ)はこれより(さき)、ぐぢ、と甘鯛(あまだひ)區別(くべつ)()つて、葉門中(ゑふもんちう)食通(しよくつう)だから、(よわ)つた(かほ)をしながら、(しろ)差味(さしみ)にわさびを()かして苦笑(くせう)をして()た。

 その(とき)だつけか、あとだつたか、春葉(しゆんえふ)(あひ)ひとしく、まぐろの中脂(ちうあぶら)を、おろしで()へて、醤油(したぢ)()いで、令夫人(れいふじん)のお給仕(きふじ)つきの御飯(ごはん)へのつけて、(あつ)(ちや)()つかけて、さくさく/\、おかはり、と(また)退治(たいぢ)るのを、「(たの)もしいわ、(わたし)たちの主人(しゆじん)にはそれが出來(でき)ないの。」と感状(かんじやう)(あづか)つた得意(とくい)さに、()にのつて、「(ぼく)はね、お彼岸(ひがん)のぼたもちでさへお(ちや)づけにするんですぜ。」「まあ、うれしい。……」()うもあきれたものだ。

 おきれいなのが三人(さんにん)ばかりと、(わたし)たち、(そろ)つて、前津(まへつ)田畝(たんぼ)あたりを、冬霧(ふゆぎり)薄紫(うすむらさき)にそゞろ(ある)きして、一寸(ちよつと)した茶屋(ちやや)(やす)んだ(とき)だ。「ちらしを。」と、夫人(ふじん)()もくずしをあつらへた。

 つい(いま)しがた牡丹亭(ぼたんてい)とかいふ、廣庭(ひろには)枯草(かれくさ)(しも)()いた、人氣(ひとつけ)のない(はな)座敷(ざしき)で。――(かつら)ならではと()ゆるまでに(ゆひ)なしたる圓髷(まるまげ)に、珊瑚(さんご)六分玉(ろくぶだま)のうしろざしを(てん)じた、冷艷(れいえん)(たぐ)ふべきなきと、こゝの名物(めいぶつ)だと()く、(ちひ)さなとこぶしを、(あを)く、銀色(ぎんしよく)(かひ)のまゝ(かさ)ねた鹽蒸(しほむし)(さかな)に、相對(あひたい)して、その(とき)は、(ひな)(またゝ)くか、と(かほ)()()つた。――「(いま)しがた御馳走(ごちそう)()つたばかりです、もう、そんなには。」「いゝから(ねえ)さんに(まか)せてお()き。」紅葉先生(こうえふせんせい)の、(じつ)媛友(えんいう)なんだから、といつて、(をんな)先生(せんせい)可笑(をか)しい。……たゞ(おく)さんでは()にいらず、(あね)ごは失禮(しつれい)だ。小母(をば)さんも(へん)だ、第一(だいいち)嬌瞋(けうしん)」を(はつ)しようし……そこンところが(なん)となく、いつのまにか、むかうが、(あね)が、(あね)が、といふから、年紀(とし)(わたし)(うへ)なんだが、(あね)さんも、うちつけがましいから、そこで、「お姉上(あねうへ)。」――いや、二十幾年(にじふいくねん)ぶりかで、近頃(ちかごろ)()つたが、夫人(ふじん)矢張(やつぱ)り、年上(としうへ)のやうな心持(こゝろもち)がするとか()ふ。「第一(だいいち)二人(ふたり)とも割前(わりまへ)(あや)しいんです。」とその(とき)いふと、お姉上(あねうへ)(わか)かつた。(はこ)せこかと(おも)ふ、(にしき)紙入(かみいれ)から、定期(ていき)だか(なん)だか(ちひ)さく(たゝ)んだ愛知(あいち)銀行券(ぎんかうけん)(きぬ)ハンケチのやうにひら/\とふつて、(きん)一千圓(いつせんゑん)(なり)、といふ楷書(かいしよ)のところを()せて、「心配(しんぱい)しないで、めしあがれ。」ちらしの金主(きんしゆ)一千圓(いつせんゑん)。この意氣(いき)(かん)じては、こちらも、くわつと氣競(きほ)はざるを()ない。「ありがたい、お(ちや)づけだ。」と、いま(おも)ふと(あせ)()る。……鮪茶漬(まぐちやづ)(うれ)しがられた禮心(れいごころ)に、このどんぶりへ番茶(ばんちや)をかけて()()んだ。(あぢ)()うだ、とおつしやるか? いや、(はなし)()らない。人參(にんじん)も、干瓢(かんぺう)も、もさ/\して咽喉(のど)へつかへて()いところへ、上置(うはおき)(あぢ)の、ぷんと生臭(なまぐさ)くしがらむ工合(ぐあひ)は、(なん)とも()へない。(やつ)(ひと)どんぶり、それでも我慢(がまん)(たひら)げて、「うれしい、お見事(みごと)。」と()められたが、歸途(かへり)(みち)(くら)()つて、溝端(どぶばた)()るが(いな)や、げツといつて、現實(げんじつ)立所(たちどころ)暴露(ばくろ)におよんだ。

 愛想(あいそ)()かさず、こいつを病人(びやうにん)あつかひに、(やしき)引取(ひきと)つて、(やはら)かい布團(ふとん)()かして、(さむ)くはないの、と(そで)をたゝいて、清心丹(せいしんたん)(すゞ)(しろ)(ゆび)でパチリ……に(いた)つては、(ぶん)()ぎたお厚情(こゝろざし)(わたし)はその都度(つど)、「先生(せんせい)威徳(ゐとく)廣大(くわうだい)先生(せんせい)威徳(ゐとく)廣大(くわうだい)。」と(とな)へて、金色夜叉(こんじきやしや)愛讀者(あいどくしや)感銘(かんめい)した。

 翌年(よくねん)一月(いちぐわつ)親類見舞(しんるゐみまひ)に、夫人(ふじん)上京(じやうきやう)する。ついでに、茅屋(ばうをく)立寄(たちよ)るといふ音信(たより)をうけた。ところで、いま(さら)狼狽(らうばい)したのは、その(とき)厚意(こうい)萬分(まんぶん)(いち)(むく)ゆるのに手段(しゆだん)がなかつたためである。手段(しゆだん)がなかつたのではない、(はな)(むか)ふるに蝶々(てふ/\)がなかつたのである。……(なに)()(かんが)へたか、いづれ周章(あわ)てた(まぎ)れであらうが、神田(かんだ)從姉(いとこ)――松本(まつもと)(ながし)(あね)口説(くど)いて、(じつ)名古屋(なごや)ゆきに()てゐた琉球(りうきう)だつて、月賦(げつぷ)約束(やくそく)で、その從姉(いとこ)(かほ)で、糶呉服(せりごふく)()りたのさへ(かへ)さない……にも(かゝは)らず、(しやち)(たい)して、(もん)なしでは、初松魚(はつがつを)……とまでも()かないでも、夕河岸(ゆふがし)小鰺(こあぢ)(かほ)()たない、とかうさへ()へば「あいよ。」と()ふ。……(すこ)しばかり巾着(きんちやく)から(ひき)だして、夫人(ふじん)にすゝむべく座布團(ざぶとん)一枚(いちまい)こしらへた。……お待遠樣(まちどほさま)。――これから一寸(ちよつと)(うす)どろに()るのである。

 おごつた、()じまの郡内(ぐんない)である。通例(つうれい)(わたし)たちが(もち)ゐるのは、四角(しかく)(うす)くて、ちよぼりとして()て、(こし)()せるとその重量(おもみ)で、(すこ)(あぶ)んで、(ひざ)でぺたんと()るのだが、そんなのではない。(たゝみ)半疊(はんでふ)ばかりなのを、(おほ)きく、ふはりとこしらへた。(わたし)はその(ころ)牛込(うしごめ)南榎町(みなみえのきちやう)()んで()たが、水道町(すゐだうちやう)丸屋(まるや)から仕立上(したてあが)りを持込(もちこ)んで、()あつらへの疊紙(たゝう)(むす)()()いた(とき)は、四疊半(よでふはん)(たゞ)一間(ひとま)二階(にかい)半分(はんぶん)盛上(もりあが)つて、女中(ぢよちう)(ほそ)()(まる)くした。(わたし)などの夜具(やぐ)は、むやみと引張(ひつぱ)つたり、(かぶ)つたりだから、胴中(どうなか)綿(わた)透切(すきぎ)れがして(さむ)い、(すそ)(ひざ)引包(ひつくる)めて、(そで)(あたま)突込(つツこ)むで、こと/\(むし)(かたち)()るのに、この女中(ぢよちう)は、また(めう)道樂(だうらく)で、給金(きふきん)をのこらず夜具(やぐ)にかける、()くのが二枚(にまい)(うへ)へかけるのが三枚(さんまい)といふ贅澤(ぜいたく)で、下階(した)六疊(ろくでふ)一杯(いつぱい)()つて、はゞかりへ()きかへり(あし)踏所(ふみど)がない。おまけに、もえ()夜具(やぐ)ぶろしきを上被(うはつぱ)りにかけて、(つゝ)んで()た。(ひと)つはそれに(たい)する敵愾心(てきがいしん)(くは)はつたので。……()奮發(ふんぱつ)した。

 ――(ところ)で、夫人(ふじん)(むか)へたあとを、そのまゝ押入(おしいれ)(しま)つて()いたのが、(おも)ひがけず、(とほ)からず、紅葉先生(こうえふせんせい)(れう)用立(ようだ)つた。

 憶起(おもひおこ)す。……先生(せんせい)は、讀賣新聞(よみうりしんぶん)に、寒牡丹(かんぼたん)執筆中(しつぴつちう)であつた。横寺町(よこでらまち)(うめ)(やなぎ)のお(たく)から三町(さんちやう)ばかり(へだ)たつたらう。(わたし)小家(こいへ)餘寒(よかん)(いま)相去(あひさ)(まを)さずだつたが――お(たく)來客(らいきやく)がくびすを(せつ)しておびたゞしい。玄關(げんくわん)で、(わたし)たち友達(ともだち)留守(るす)使(つか)ふばかりにも()()るからと、お()にいりの煎茶茶碗(せんちやぢやわん)(ひと)つ。……これはそのまゝ、いま頂戴(ちやうだい)()つて()る。……ふろ敷包(しきづつみ)御持參(ごぢさん)で、「(つくゑ)()しな。」とお()えに()つた。それ、と(ふた)()つほこりをたゝいたが、まだ()しも()うもしない、(うつく)しい夫人(ふじん)(うつ)()をそのまゝ、(みぎ)座布團(ざぶとん)をすゝめたのである。(あへ)てうつり()といふ。留南木(とめぎ)のかをり、香水(かうすゐ)(かをり)である。(わたし)はうまれて、(おや)どもからも、先生(せんせい)からも、(をんな)(にく)臭氣(にほひ)といふことを(おし)へられた(おぼ)えがない。(したが)つて(いま)だに()らない。(あせ)と、わきがと、湯無精(ゆぶしやう)(のぞ)いては、(をんな)は――化粧(けしやう)香料(かうれう)のほか、()だしなみのいゝ(をんな)は、(くさ)くはないものと(おも)つて()る。(はゞか)りながら(はな)はきく。空腹(すきばら)へ、秋刀魚(さんま)(やき)いもの(ごと)きは、第一(だいいち)にきくのである。折角(せつかく)結構(けつこう)なる體臭(たいしう)をお持合(もちあは)せの御婦人方(ごふじんがた)には、(あひ)すまぬ。が……(したが)つて、(はら)ひもしないで、()かせ(まを)した。(かべ)障子(しやうじ)(あな)だらけな(なか)で、先生(せんせい)一驚(いつきやう)をきつして、「(なん)だい、これは。――田舍(ゐなか)から、内證(ないしよう)(よめ)でもくるのかい。」「へい。」「(うま)のくらに()くやうだな。」「えへゝ。」(わたし)(よわ)つて、だらしなく(あたま)をかいた。「(ちや)がなかつたら、(うち)()つて()つて()な。鐵瓶(てつびん)をおかけ。」と小造(こづくり)瀬戸火鉢(せとひばち)引寄(ひきよ)せて、ぐい、と小机(こづくゑ)(むか)ひなすつた。それでも、せんべい布團(ぶとん)よりは、居心(ゐごころ)がよかつたらしい。……五日(いつか)ばかりおいでが(つゞ)いた。

 暮合(くれあひ)土間(どま)下駄(げた)()えぬ。

先生(せんせい)は?……」

 (とほ)りへ買物(かひもの)から、(かへ)つて()くと、女中(ぢよちう)が、(いま)しがたお(かへ)りに()つたといふ。矢來(やらい)(つじ)行違(ゆきちが)つた。……()うか、と()うも()(かへ)つて(おそ)ろしく(さむ)かつたので、いきなり(ちや)()六疊(ろくでふ)(はひ)つて、祖母(そぼ)()()行火(あんくわ)(すそ)(はひ)つて、(しり)まで(もぐ)ると、祖母(おばあ)さんが、むく/\と()きて、()をかき()ててくれたので、ほか/\いゝ心持(こゝろもち)になつて、ぐつすり寢込(ねこ)むだ。「柳川(やながは)さんが、柳川(やながは)さんがお()えになりました。」うつとりと()(さま)すと、「(ゆき)だよ、(ゆき)だよ、大雪(おほゆき)()つた。この(ゆき)()()(やつ)があるものか。」と、もう枕元(まくらもと)(なが)(かほ)()つて()る。(あが)れ、二階(にかい)へと、マツチを手探(てさぐ)りでランプを()けるのに()れて()るから、いきなり(さき)()つて、すぐの階子段(はしごだん)(あが)つて、ふすまを()けると、むツと()(けむり)()のくらむより(さき)に、(つくゑ)(まへ)に、眞紅(まつか)毛氈(もうせん)()いたかと、戸袋(とぶくろ)に、(ひな)(まぼろし)があるやうに、夢心地(ゆめごこち)()つたのは、(ひと)はゞ一面(いちめん)()であつた。地獄(ぢごく)()ぶやうに(すべ)()むと、(あを)火鉢(ひばち)金色(きんいろ)(ひか)つて、座布團(ざぶとん)一枚(いちまい)、ありのまゝに、萌黄(もえぎ)(ほそ)覆輪(ふくりん)()つて、(しゆ)とも、()とも、るつぼのたゞれた(ごと)くにとろけて、燃拔(もえぬ)けた中心(ちうしん)が、藥研(やげん)(くぼ)んで、天井(てんじやう)(くづ)れて、(そこ)眞黒(まつくろ)(いた)には、ちら/\と()()がからんで、ぱち/\と(すゝ)()く、(ほのほ)()める、と一目(ひとめ)()た。「大變(たいへん)だ。」(わたし)夢中(むちう)で、鐵瓶(てつびん)噴火口(ふんくわこう)打覆(ぶちま)けた。(こゝろ)()いて、すばやい春葉(しゆんえふ)だから、「(みづ)だ、(みづ)だ。」と、もう臺所(だいどころ)()ぶのが(きこ)えて、(わたし)(かけ)おりるのと、入違(いれちが)ひに、(せま)階子段(はしごだん)一杯(いつぱい)大丸(おほまる)まげの肥滿(ふと)つたのと、どうすれ()つたか、まげの(うへ)(とび)おりたか()らない。()りざまに、おゝ、一手桶(ひとてをけ)()つて女中(ぢよちう)が、と(おも)(はな)のさきを、丸々(まる/\)とした(あし)二本(にほん)()きおろす(けむり)(なか)(ちう)(あが)つた。すぐに柳川(やながは)馳違(はせちが)つた。()にバケツを()げながら、「あとは、たらひでも、どんぶりでも、……水瓶(みづがめ)にまだある。」と、この()二階(にかい)(とゞ)いた、と(おも)ふと、(した)座敷(ざしき)六疊(ろくでふ)へ、ざあーと(まばら)に、すだれを(みだ)して、天井(てんじやう)から(みづ)()ちた。さいはひに、()()でない。(わたし)柳川(やながは)恩人(おんじん)だと(おも)ふ――(おも)つて()る。もう一歩(ひとあし)()やうが(おそ)いと、最早(もはや)(ことば)(つひや)すにおよぶまい。

 敷合(しきあは)(たゝみ)三疊(さんでふ)丁度(ちやうど)座布團(ざぶとん)とともに、その(かたち)だけ、ばさ/\の(すゝ)になつて、うづたかく(かさ)なつた。(した)(すゝ)だらけ、(みづ)びたしの(なか)(かしこま)つて、()きつける雪風(ゆきかぜ)不安(ふあん)さに、(そと)()勇氣(ゆうき)はない。(らう)(しや)するに(さけ)もない。柳川(やながは)卷煙草(まきたばこ)()もつけずに、ひとりで蕎麥(そば)()べるとて(かへ)つた。

 女中(ぢよちう)が、づぶぬれの(たゝみ)()をついて、「申譯(まをしわけ)がございません。お(さむ)いので、(すみ)をどつさりお()(まを)しあげたものですから、先生樣(せんせいさま)はお(かへ)りがけに、もう一度(いちど)よく()けなよ、と(たしか)御注意(ごちうい)(あそ)ばしたのでございますものを、つい(わたくし)疎雜(ぞんざい)で。……(すみ)()ねまして、あのお布團(ふとん)へ。……申譯(まをしわけ)がございません。」祖母(そぼ)佛壇(ぶつだん)(りん)()つて(すわ)つた。(わたし)(おな)じやうに(すわ)つた。「……(あに)、これからも()をつけさつしやい、(うち)では(むかし)から年越(としこ)しの今夜(こんや)がの。……」(わす)れて()た、如何(いか)にもその()節分(せつぶん)であつた。(わたし)(むつ)つから(こゝの)つぐらゐの(ころ)だつたと(おも)ふ。(とほ)(やま)の、田舍(ゐなか)(ゆき)(なか)で、おなじ節分(せつぶん)()に、三年(さんねん)(つゞ)けて()過失(あやまち)をした、(こゝろ)さびしい、もの(おそ)ろしい(おぼ)えがある。いつも表二階(おもてにかい)炬燵(こたつ)から。……一度(いちど)職人(しよくにん)(いへ)節分(せつぶん)(いそが)しさに、(わたし)一人(ひとり)()()て、(した)がけを踏込(ふみこ)んだ。一度(いちど)雪國(ゆきぐに)でする習慣(ならはし)()れた足袋(たび)を、やぐらに()した(ひも)(むす)びめが()けて()()ちたためである。もう一度(いちど)(おぼ)えて()ない。いづれも大事(だいじ)(いた)らなかつたのは勿論(もちろん)である。が、家中(いへぢう)(みづ)()つて、()(こほ)つた。三年目(さんねんめ)(とき)(ごと)きは、翌朝(よくあさ)(めし)(しる)()てて、(のき)氷柱(つらゝ)(いた)かつた。

 番町(ばんちやう)()して十二三年(じふにさんねん)になる。あの大地震(おほぢしん)(まへ)(とし)二月四日(にぐわつよつか)()大雪(おほゆき)であつた。二百十日(にひやくとをか)もおなじこと、日記(につき)(しる)方々(かた/″\)は、一寸(ちよつと)()づけを御覽(ごらん)(ねが)ふ、(あめ)(はれ)も、毎年(まいねん)そんなに()をかへないであらうと(おも)ふ。(げん)今年(ことし)、この四月(しぐわつ)は、九日(こゝぬか)十日(とをか)二日(ふつか)(つゞ)けて大風(おほかぜ)であつた。いつか、吉原(よしはら)大火(たいくわ)もおなじ()であつた。(しか)もまだ(だれ)(わす)れない、(あさ)からすさまじい大風(おほかぜ)で、(はな)(さか)りだし、(わたし)見付(みつけ)から四谷(よつや)裏通(うらどほ)りをぶらついたが、(つち)がうづを()いて()()けられない。(かはら)()にしたやうな眞赤(まつか)砂煙(すなけむり)に、咽喉(のど)(つま)らせて(かへ)りがけ、見付(みつけ)()()(やぐら)頂邊(てつぺん)で、かう、薄赤(うすあか)い、おぼろ月夜(づきよ)のうちに、人影(ひとかげ)入亂(いりみだ)れるやうな光景(くわうけい)()たが。――淺草邊(あさくさへん)病人(びやうにん)見舞(みまひ)に、(あさ)のうち()かけた家内(かない)が、四時頃(よじごろ)、うすぼんやりして、唯今(たゞいま)(かへ)つた、見舞(みまひ)()つて()た、病人(びやうにん)()きさうな重詰(ぢうづめ)ものと、いけ(ばな)が、そのまゝすわつた(まへ)かけの(そば)にある。「おや。」「どうも、(なん)だつて大變(たいへん)(ひと)で、とても(うち)へは(はひ)れません。」「はてな、へい?……」いかに見舞客(みまひきやく)立込(たてこ)んだつて、まはりまはつて、(いへ)(はひ)れないとは(へん)だ、と(おも)ふと、戸外(おもて)(ふき)すさぶ(かぜ)のまぎれに、かすれ(ごゑ)(せき)して、いく(たび)(はなし)行違(ゆきちが)つて(やつ)(わか)つた。大火事(おほくわじ)だ! そこへ號外(がうぐわい)(かけ)まはる。……それにしても、重詰(ぢうづめ)中味(なかみ)のまゝ()つて(かへ)(こと)はない、と(おも)つたが、成程(なるほど)(わたし)家内(かない)だつて、(つら)はどうでも、(かみ)()つた(をんな)が、「めしあがれ。」とその火事場(くわじば)()(なか)に、重詰(ぢうづめ)(はな)()へて(つき)だしたのでは狂人(きちがひ)にされるより(ほか)はない……といつた(おな)()大風(おほかぜ)に――あゝ、今年(ことし)無事(ぶじ)でよかつた。……

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