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大洪水

中谷 宇吉郎 全1話 1,094字 2026年5月19日

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1. 大洪水

 今度アメリカの東部海岸地方をおそったハリケーンは、恐ろしい猛威をふるった。ハリケーンというのは、颱風に非常に良く似たもので、普通メキシコ灣で發生し、アメリカの東海岸に沿って海上を東北上し、大西洋にぬける性質をもっていた。それがこの近年陸地の上を通るものがふえてきて、被害が急に増してきたのである。原因はまだ分らない。

 今度のハリケーンの特徴は、非常に急激且つ多量の雨を伴ったことで、大洪水があっという間に押し寄せてきた。八月二十九日號のライフには、恐ろしい寫眞がたくさん載っている。ブラック・ストーン河の氾濫がポーッケット市をおそっている場面など、一寸信じられない光景である。三階建の大きい建物が兩側に並んでいて、その中を洪水がまるで怒濤のような勢で寄せてくる。建物につき當った水は、二階に達するくらいの激浪となって、飛散している。出水ではなく、まるで、瀧が押し寄せてくるといった感じである。

 損害はもちろんまだ分らないが、十億ドルは越したものといわれている。死者も非常に多く、高臺にあった避暑地までが、水底に沒し、一瞬にして數十人の避暑客が、溺死したという記事も載っていた。一分間に一フィートくらいの割合で水がやってきたそうで、身柄一つでも逃げる隙はなかったようである。

 アメリカは天災の多い國で、今度は東部の繁榮地帶が襲われたために、とくに騷がれているが、昔から洪水では、日本などとは較べものにはならない物凄い水が、始終やってきていた。今世紀の始め頃、コロラド河が大氾濫を起して、現在のソールトン湖をつくったのであるが、その時のソールトン湖即ち水溜りの面積は、琵琶湖の二倍近くあった。ミシシッピイの支流ミゾリイ河も氾濫では有名な河で、毎年のように超大洪水を起していた。日本だけが水害の國ではないのである。

 しかしコロラド河は、ボルダー・ダムの完成で、洪水さわぎは昔話になってしまった。ミゾリイ河も、現在進行中のピック・トムソン計畫が完成したら、すっかりおとなしい河になってしまうであろう。その他TVAを始め、數十にのぼる開發計畫によって、洪水はしだいに少くなりつつある。

 そこへもってきて今度のハリケーン騷ぎである。感心なことには、アメリカ政府は、直ちにその對策にとりかかった。まずハリケーンの發生機巧、及びその豫報について、徹底的な研究をする必要があるというので、五百萬ドルの研究費を支出することにし、それはすでに議會の承認を受けた。いくらアメリカでも、こういう種類の問題の研究費に、五百萬ドル(十八億圓)の支出をすることは、今までに例のなかった話である。少くも私は知らなかった。

大洪水 — 中谷 宇吉郎 — https://noveliz.cc/n/1cgxz2nh6d

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