15話 第六二段 付録 第一節 宗教上の妖怪
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これより宗教に入りて、幽霊、鬼神等のなにものなるやを説明すべし。そもそも幽霊、鬼神は、通俗の妖怪中の最大妖怪にして、実に怪物の巨魁というべし。宗教はすなわちその妖怪物の宿るところなれば、これを指して妖怪の本城となすも不可なし。ゆえに、そのよって起こる道理をつまびらかにせざれば、世の仮怪を一掃すること難し。往昔、孔子は「怪力乱神を語らず」といわれたるに、予がごとき浅学の者、天地間の大怪たる幽霊、鬼神を論ずるは、孔子もしましまさば、一声の下に呵責し去るはもちろんなりといえども、時勢変遷の今日にありては、またやむをえざるなり。およそ世に幽霊、鬼神を信ずるものと、信ぜざるものあり。信ずるものは、古来の伝説、経験について実例を挙げ、もってその存在の確実なることを証し、信ぜざるものは、これ、人の精神神経作用より製造せるものにして、実体あるにあらずという。そのうち信ぜざるものの例証に引きたるものに、おもしろき談多ければ、今二、三を挙げて冒頭に掲げんとす。まず、司馬江漢が『春波楼筆記』に左のことを載せたり。
今より四十年以前のことなり。六郷の川上に毬子の渡りあり。すなわち、まりこ村なり。ここより二十町余り行きて、郷地という所の染物屋の亭主は、かねて予に画を学びて弟子なり。九月の末、われを伴いて郷地に至る。翌日は雨降りて四、五日も滞留す。そのとき五、六町かたわらに、江戸より来たりおりける者とて手習いの師匠あり。主人と二人連れして、かの師匠の方へ行きける。夜に入りて帰る。その道、盥山洗足寺という寺あり。これはいにしえ、神祖源君公ここを御通行のとき、老婆の衣類を洗濯しけるを御覧じ、その寺号をおつけなされしとぞ、珍しき名の寺なり。その日の暮れ方、この寺に葬礼ありという。そのことも知らず夜半ごろ、染屋主人と二人通りかかりしに、その寺の門前とおぼしき所に、白き衣服を着たる者の、腰より下は地よりも離れ、あなたこなたと動くものあり。世にいうところの幽霊なり。われも若年にて、このようなるもの今まで見たることなし。はなはだ恐ろしく思いけるが、その近辺に酒屋あり。寝入りたるを戸をたたき起こしければ、酒屋、六尺棒を手に持ち、「イザござれ、世に化け物のあらんや」といいて、先に立ちて行く。あとよりオズオズしてつきてゆき見れば、葬礼のとき、紙にて造りたる幡の、木の枝に掛かりたるなり。葬礼のとき、幡の木に引き掛けたるを、そのままにして置きける。昼もこの寺の前は、樹木茂り薄ぐらき所なり。ことさら夜分ゆえ、はなはだ怪しく見えしも道理なり。
また、東江楼主人の『珍奇物語』初編上に幽霊談を載せたり。
往古より日本にても、西洋にても、冤鬼あるいは妖怪の説ありて、人も往々これを見しなどというものも最も多けれども、これはみな誑惑癖をなすの妄念より出ずるか、あるいは夢か、あるいは戯造か、さもなければ暗夜に墓地などを経過るとき、恐怖のあまり一像を思い出だすかによるものにて、決して真の怪しきものあるべき理なし。ここに一つの奇談あり。某地の野外に土橋ありけるが、この辺りは人家もなく、いとすさまじき所ゆえ、往古よりこれを幽霊橋と唱え、雨夜には幽霊の出でしこと、往々ありしなどいい伝え、雨夜にはだれあってここを過る者もなかりしが、ある人よんどころなき用事ありて、雨夜にこの橋を渡り、ものすさまじく思いし折から、たちまち向こうより頭長く、体には毛のごとき白衣を着たる奇怪物現れ出でて、急にわが方へ襲いきたるの様子ゆえ、もはやのがれんとするもかなうまじ、むなしく彼に食わるるより、むしろ力の及ぶ限り防ぐべし。にくき妖怪の所業なりやとひとりささやき、諸手を抜き、不意に躍りかかりてむずと組み付きければ、妖怪は驚きたる様子にて大いにさけび、互いに押し合いけるが、妖怪は誤って足を踏み外し、河中に落ちたり。ゆえに、人は疾く走りて家に帰り、大いに誇りていう、「われ今、かの幽霊橋にて妖怪に出あい、すでに食われんとせしが、われ、わが力に任せて河中に投げ込みたり」いまだはなしも終わらざるうちに、外より一人、びっしょりぬれて入りきたり、色青ざめ声震えていうに、「いま余、かの幽霊橋を通りかかりければ、妖怪不意に飛びかかりしゆえ、余も大いに驚きたれども、なんぞ恐るるに足らんと暫時は組み合いしが、なかなか敵し難く、ついに河中に投げ込まれ、危うき命を助かりたり」と物語りす。ここにおいて、初めてその妖怪にあらず、かえってわが朋友なることを知れり。もし、両人ここにてあわずんば、互いに鬼となし怪となして、人また人にこれを伝えん。
また、ある臆病なる武士あり。夜中ものすごき道を帰りければ、傍らの籬の上より、首の長き頭の巨なる妖怪、人に向かって動揺する状なり。かの武士大いに驚き、ただちに長刀を引き抜き、躍りかかって切り付けたれば、巨頭は真っ二つにきれて地に落ちたり。ゆえにはしりて家に帰り、大いに誇っていう、「今われ、某地において妖怪を斬りしが、手に応えて倒れたり」と。翌日、朋友を伴いその地に至り見れば、瓢箪の二つにきれて地に落ち、半分はなお籠の上に掛かりいたり。これを見て、かの武士は大いにはじ、初めて妖怪にあらざることを知りたりと。これも、もし翌日行きて見ざれば、鬼となし怪となすこと疑いなし。およそ世の冤鬼、妖怪というものも、その源を探究れば、大抵みなこれらの類なるべし。この世界中に、かならず理外の事のあることなし。また実体なきものにして、わが耳目に触るるものなし。
世に妖怪を信ぜざるものは、右らの例を引きて、幽霊、鬼神談を一陣の風とともに、雲消霧散に帰せしめんとするも、世のいわゆる妖怪は、みなこの種のごときものに限るにあらず。また、たとい幽霊なしとするも、その真に存せざる道理を証明せざるべからず。
ゆえに、ここに論ずる幽霊談は、幽霊のよって起こる本源にさかのぼり、宗教そのものの大原理より説明を下さんとす。これ、余が左に宗教全体について述明するゆえんなり。