8話 第六一段 余論 (八)安心税
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人のこの世にあるや、一日も安心なかるべからず。安心もし求め得ざるときは、生をすてて死に就かざるを得ず。故をもって、人の一生中、安心のために金財を投ずることすこぶる多し。これ、これを安心税という。いずれの国にても、宗教のために消費するところ莫大なるは、すなわち安心税なり。安心税はひとり宗教に限るにあらず。日々の生存上、その活計の多分はみな安心税ならざるはなし。あるいは縁起、あるいは禁厭、あるいは方位、あるいは時日の吉凶を知らんがために、多少の金銭を投ずるはやはり安心税なり。余かつてこれを聞く、「資産あるものが雷火を避けんために避雷針を屋上に立つるがごときは、その実、雷火を避くるというよりは、むしろ安心を助くるものというべし。実際、雷火にかかるがごときは、万一もなき特別の場合にして、毎年これを避くるために多少の計費を要するは、無益なるがごときも、もしこれを安心税として算入するときは、決して冗費にあらざるを知るべし」と。これによってこれをみるに、生命保険、あるいは火災保険、あるいは海上保険のごときは、その一部分みな安心税なることを知るべし。毎夕夜番を置きて、時間ごとに柝をうちて四隣を一巡せしむるがごときは、多少火災、盗難を防ぐの一助となるべきも、その実、安心税を払うものとなるべし。衛生費のごときも、その多くは安心税なること明らかなり。また、医療および医薬の代金のごときも、そのうちに安心税の加わることすくなからず。例えば、医師が病者を診断して、この病は別段服薬するに及ばずといわるるも、病者は決して安心せざるべし。故をもって、医師自ら無効と知りつつ、服薬せしむるがごときことあり。かくのごとき服薬は、安心税なること言をまたず。これによってこれを推すに、諸病の服薬は多少の安心税を含まざるはなし。これを要するに、人間一生中、安心のために費やすもの実に夥多なりとす。しかるに、その方法のいかんによりては、全く無効の安心税を消費することあり。そのはなはだしきに至っては、安心税のためにかえって迷心を増長するがごときものあり。これ、実に憫然たらざるを得ず。ここにおいて、余は妖怪学を講じて世人の惑いを解き、愚民をして無益に安心税を支出するの憂いなからしめんと欲す。これまた、国家経済においても、多少裨益するところあるべしと信ずるなり。