32話 『霊魂不滅論』付録 第一 神道の部(2)
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第二 儒道の部 付雑書]
黄帝曰、形靡而神不化。
(黄帝曰く、「形、靡にして神、化せず」と)
老子曰、谷神不死、是謂玄牝、玄牝之門、是謂天地根。
(『老子』に曰く、「谷神は死せず、これを玄牝という。玄牝の門、これを天地の根という」と)
老子述義曰、神者生之本也、形者生之具也。又曰、原我性命受化於心、心受之於意、意受之於精、精受之於神、形体消而神不毀、性命既而神不終、形体易而神不変、性命化而神常然。
(『老子述義』に曰く、「神は生の本なり。形は生の具なり」と。また曰く、「わが性命をたずぬるに、化して心を受く。心これを意に受け、意これを精に受け、精これを神に受く。形体消えて、神やぶれず。性命すでにして、神おわらず。形体易わりて、神変ぜず。性命化して、神つねにしかり」と)
孔子曰、未知生、焉知死。
(孔子曰く、「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」と)
礼記祭法篇曰、人死曰鬼、此五代所不変也。
(『礼記』祭法篇に曰く、「人の死するを鬼という。これ五代の変ぜざるところなり」と)
礼記祭儀篇曰、人生有気有魂、有魄気也者神之盛也、魄也者鬼之盛也、衆生必死、死必帰土、此謂鬼、魂気帰天、此謂神。
(『礼記』祭義篇に曰く、「人生、気あり魂あり魄あり。気なるものは神の盛んなるなり。魄なるものは鬼の盛んなるなり。衆生必ず死す、死すれば必ず土に帰る、これを鬼という。魂気、天に帰す、これを神という」と)
家語云、子貢問於孔子曰、死者有知乎、将無知乎、子曰、吾欲言死之有知、将恐孝子順孫妨生以送死、吾欲言死之無知、恐不孝之子棄其親而不葬、賜不欲知死者有知与無知、非今之急後自知之。
(『家語』にいう、「子貢、孔子に問いて曰く、『死者、知ることあるか、はた知ることなきか』子曰く、『われ死の知ることありといわんと欲すれば、まさに孝子順孫の生を妨げてもって死を送らんことを恐る。われ死の知ることなしといわんと欲すれば、不孝の子のその親をすてて葬らざらんことを恐る。賜や、死者の知ることあると知ることなきとを知らんと欲せざれ。今の急にあらず。のち自らこれを知らん』」と)
墨子曰、自古以及今、生民以来者、亦有嘗見鬼神之物、聞鬼神之声、則鬼神何謂無乎、若莫聞莫見、則鬼神可謂有乎。又曰、凡殺不辜者、其得不祥、鬼神之誅、若此之也、以若書之説観之、則鬼神之有、豈可疑哉。又曰、古今之為鬼、非他也、有天鬼、亦有山水鬼神者、亦有人死而為鬼者、云云。
(『墨子』に曰く、「古よりもって今に及ぶまで、生民より以来、またかつて鬼神の物を見、鬼神の声を聞きしことあれば、すなわち鬼神なんぞなしといわんや。もし聞くことなく、見ることなくば、すなわち鬼神ありというべけんや」と。また曰く、「およそ不辜を殺す者は、その不祥を得、鬼神の誅せんこと、かくのごとく《しんそく》なり、と。この書の説をもってこれをみれば、すなわち鬼神のあること、あに疑うべけんや」と。また曰く、「古今の鬼たる、他にあらず。天鬼あり、また山水の鬼神なる者あり、また人死して鬼となる者あり」と)
列子曰、精神者天之分、骨骸者地之分、属天清而散、属地濁而聚、精神離形、各帰其真、故謂之鬼、鬼帰也、帰其真宅、黄帝曰、精神入其門、骨骸反其根。
(『列子』に曰く、「精神は天の分、骨骸は地の分。天に属するものは、清にして散じ、地に属するものは、濁にしてあつまる。精神形を離るれば、おのおのその真に帰す。ゆえにこれを鬼という。鬼は帰なり。その真宅に帰するなり。黄帝曰く、『精神はその門に入り、骨骸はその根に反る』」と)
荘子曰、至人神矣、大沢焚而不能熱、河漢沍而不能寒。又曰、死生亦大矣、而不得与之変。又曰、其鬼不祟、其魂不疲、一心定而万物服。
(『荘子』に曰く、「至人は神なり。大沢焚くるも熱くあたわず。河漢沍れども寒えしむるあたわず」と。また曰く、「死生はまた大なり。しかるにこれと変ずるを得ず」と。また曰く、「その鬼祟えず、その魂疲れず。一心定まりて万物服す」と)
左伝曰、能、人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂、用物精多、則魂魄強、是以有精爽至於神明、匹夫匹婦強死、其魂魄猶能馮依於人、以為淫、況良霄。
(『左伝』に曰く、「能くせん。人の生、はじめて化するを魄という。すでに魂を生ず。陽を魂という。物を用いて精多ければ、すなわち魂魄強し。ここをもって、精爽にして神明に至るあり。匹夫、匹婦も強死すれば、その魂魄、なおよく人に馮依して、もって淫をなす、いわんや良霄をや」と)
史記黄帝本紀注曰、死而不亡謂之神、死而不祀謂之鬼。
(『史記』黄帝本紀の注に曰く、「死して亡びざる、これを神という。死して祀らざる、これを鬼という」と)
賈誼曰、忽然為人兮、何足控摶、化為異物兮、亦何足患、若人之形千変万化、未始有極、忽然為人矣、化為異物矣。
(賈誼曰く、「忽然として人となり、なんぞ控搏に足らん。化して異物となり、またなんぞ患うに足らん。人の形のごときは、千変万化、いまだ始めより極あらず。忽然として人となり、化して異物となる」と)
抱朴子曰、按九鼎記及青霊経、並云、人物之死倶有鬼也。
(『抱朴子』に曰く、「『九鼎記』および『青霊経』を案ずるに、ならびにいわく、『人物の死するは、ともに鬼あるなり』」と)
文子称黄帝之言曰、形有靡而神不化、以不化乘化、其変無窮。(『弘明集』)
(文子、黄帝の言と称して曰く、「形、靡あれば、神、化さず。不化をもって化に乗じ、その変、無窮」と)(『弘明集』)
淮南子曰、精神天之有也、而骨骸者地之有也、精神入其門、而骨骸反其根、我尚何存。
(『淮南子』に曰く、「精神は天の有なり。しかして骨骸は地の有なり。精神はその門に入り、しかして骨骸はその根に反る。われ、なおいずくにか存せん」と)
王充論衡曰、夫死人不能為鬼則亦無所知矣、何以験之、以未生之時無所知也、人未生在元気之中、既死復帰元気、元気荒忽、人気在其中、人未生無所知、其死帰無知之本、何能有知乎。
(王充『論衡』に曰く、「それ死人、鬼となるあたわざる。すなわちまた知るところなし。なにをもってこれを験するや、いまだ生のとき知るところなきをもってなり。人いまだ生まれざれば、元気のうちにあり、すでに死すればまた元気に帰る。元気荒忽、人気はそのうちにあり、人いまだ生まれざれば、知るところなし。その死、無知の本に帰す。なんぞよく知ることあるか」と)
揚子法言曰、或問神曰心、請聞之、曰潜天而天、潜地而地、天地神明而不測者也、乃至人心其神矣乎、操則存、捨則亡云云。
(『揚子法言』に曰く、「あるひと、神を問う、曰く、『心』と。請う、これを聞かんと。曰く、『天に潜しては天なり、地に潜しては地なり。天地は神明にして測られざるものなり。ないし人の心はそれ神なるか、操るときはすなわち存し、捨つるときはすなわちなし、云云』と)
白虎通曰、魂魄者何謂、魂猶伝伝也、行不休於外也、主於情、魄者迫然著人、主於性也。
(『白虎通』に曰く、「魂魄とはなんのいいぞ。魂はなお伝伝のごとし。行きて外に休まず、情を主る。魄は迫然として人に著きて性を主る」と)
晋書曰、阮修字宣子、好易老善清言、嘗有論鬼神有無者、皆以人死者有鬼、修独以為無、曰今見鬼者、云着生時之衣服、若人死有鬼、衣服有鬼耶、論者服焉。
(『晋書』に曰く、「阮修、字は宣子、易、老を好み、清言をよくす。かつて、鬼神の有無を論ずる者あり。みなもって人の死するは鬼ありとす。修ひとりもってなしとなす。曰く、『今、鬼を見る者はいう、生時の衣服に着くと。もし、人の死して鬼あらば、衣服に鬼あるということか』論者、ここに服す」と)
韓退之曰、有形而無声者物有之矣、土石是也、有声而無形者物有之矣、風霆是也、有声与形者物有之矣、人獣是也、無声与形者物有之矣、鬼神是也。
(韓退之曰く、「形ありて声なきものは、物にこれあり、土石これなり。声ありて形なきものは、物にこれあり、風霆これなり。声、形とあるものは、物にこれあり、人獣これなり。声と形となきものは、物にこれあり、鬼神これなり」と)
張横渠曰、聚亦吾体、散亦吾体、知死而不亡者可与言性矣。又曰、気生於人、生而不離、死而遊散謂魂、聚而成形質、雖死而不散謂魄。
(張横渠曰く、「あつまりて、またわが体、散じて、またわが体、死して亡びざるを知るは、ともに性をいうべし」と。また曰く、「気は人を生かし、生に離れず。死して遊散するを魂といい、あつまりて形質をなす。死すといえども散ぜざるは魄という」と)
程明道曰、物生則気聚、死則散、有声則須是口、既触則須是身、其質既壊、又安得有。
(程明道曰く、「物、生まれてすなわち気あつまり、死してすなわち散ず。声あり、すなわちこれが口をもちい、すでに触るれば、すなわちこれが身をもちう。その質すでに壊れば、またいずくんぞあるをえん」と)
程伊川曰、神与性元不相離、則其死也何合之有。又曰、魂謂精、魄謂死也、魂帰于天、消散之意。
(程伊川曰く、「神と性とはもと相離れず。すなわちその死するや、なんぞ合うことかこれあらん」と。また曰く、「魂は精をいい、魄は死をいうなり。魂、天に帰すとは、消散の意なり」と)
程子曰、聚為精気、散為遊魂、聚則為物、散則為変、観聚散則鬼神之情状著矣、万物之終始不越聚散而已、鬼神者造化之功也。(性理大全)
(程子曰く、「あつまるを精気となし、散ずるを遊魂となす。あつまるときは物をなし、散ずるときは変をなす。聚散をみるときは、すなわち鬼神の情状著わる。万物の終始、聚散を越えざるのみ。鬼神は造化の功なり」と)(『性理大全』)
監田呂氏曰、万物之生莫不有気、気也者神之盛也、莫不有魄、魄也者鬼之盛也。故人亦鬼神之会爾、鬼神者周流天地之間、無所不在、雖寂然不動而有感必通、雖無形無声而有所謂昭昭不可欺者。(性理大全)
(監田呂氏曰く、「万物の生、気にあらざるはなし。気なるものは神の盛んなるなり。魄にあらざるはなし。魄なるものは鬼の盛んなるなり。ゆえに、人はまた鬼神の会するのみ。鬼神は天地の間に周流して、あらざるところなし。寂然として動かずといえども、感じて必ず通ずることあり。形なく声なしといえども、いわゆる昭々として欺くべからざるものあり」と)(『性理大全』)
朱子曰、人鬼之気則消散而無余矣、其消散亦有久速之異、人有不伏其死者、所以既死而此気不散為妖為怪。
(朱子曰く、「人鬼の気はすなわち消散して余りなし。その消散もまた久速の異あり。人、その死に伏せざる者あり。すでに死せるも、この気散ぜずして、妖をなし怪をなすゆえんなり」と)
朱子曰、蓋死則魂気上升、而魄形下降。又曰、尽則魂気帰于天、形魄帰于地、而死矣、人将死時熱気上出、所謂魂升也、下体游冷、所謂魄降也。又曰、其魂気発揚于上。又曰、人生時魂魄相交、死則離而各散去、魂為陽而散上、魄為陰而降下。(朱子語類)
(朱子曰く、「けだし、死すればすなわち魂気上昇して、魄形下降す」と。また曰く、「尽くればすなわち魂気天に帰し、形魄地に帰して死す。人のまさに死せんとするとき、熱気上出す、いわゆる魂、昇るなり。下体は遊冷す、いわゆる魄、降るなり」と。また曰く、「その魂気、上に発揚す」と。また曰く、「人の生くるときは魂魄相交わり、死すればすなわち離れて、おのおの散去し、魂は陽となって散上し、魄は陰となって降下す」と)(『朱子語類』)
南軒張氏曰、就人物而言之、聚而生為神、散而死為鬼、又就一身而言之、魂気為神、体魄為鬼。(性理大全)
(南軒張氏曰く、「人物につきてこれをいえば、あつめて生ずるを神となし、散じて死するを鬼となす。また、一身につきてこれをいえば、魂気は神となり、体魄は鬼となる」と)(『性理大全』)
西山真氏曰、以人之身論之、生則曰人、死則曰鬼、此生死之大分也、然自其生而言之則自幼而壮、此気之伸也、自壮而老、自老而死、此又伸而屈也、自其死而言之則魂遊魄降、寂無形兆、此気之屈也、及子孫享祀以誠感之則又来格、此又屈而伸也。(性理大全)
(西山真氏曰く、「人の身をもってこれを論ず。生くるときはすなわち人といい、死するときはすなわち鬼という。これ生死の大分なり。しからば、その生よりしてこれをいわば、すなわち幼よりして壮、これ気の伸なり。壮よりして老、老よりして死、これまた伸びて屈するなり。その死よりしてこれをいわば、すなわち魂遊、魄降、寂として形兆なき、これ気の屈するなり。子孫享祀して誠をもってこれを感ずるに及びては、すなわちまたよく来たり格る。これまた屈して伸ぶるなり」と)(『性理大全』)
小学曰、形既朽滅、神亦飃散。
(『小学』に曰く、「形すでに朽滅し、神また飃散す」と)
四声字音云、鬼人死神魂也。
(『四声字音』にいわく、「鬼は人の死する神魂なり」と)
李屏山曰、人物有形之鬼神、鬼神無形之人物。(鳴道集説)
(李屏山曰く、「人物は有形の鬼神、鬼神は無形の人物」と)(『鳴道集説』)
上蔡曰、人死時気尽也。
(上蔡曰く、「人、死するとき気尽くるなり」と)
何承天達性論云、至於生必有死、形斃神散、猶春栄秋落四時代換、奚有於更受形哉。(弘明集)
(何承天の『達性論』にいわく、「生ずるに至れば、必ず死あり。形斃し、神散ず。なお春に栄え、秋に落ち、四時代換するがごとし。なんぞさらに形を受けることあらんや」と)(『弘明集』)
三教平心論曰、生死去来、惟意所適、神通変化不可測量。
(『三教平心論』に曰く、「生死去来、これ意の適するところ、神通変化は測量すべからず」と)
伝習録曰、蕭恵問死生之道、先生曰、知昼夜即知死生、問昼夜之道、曰知昼則知夜、曰昼亦有所不知乎、先生曰、汝能知昼而興、蠢蠢而食、行不著、習不察、終日昏昏、只是夢昼、惟息有養、瞬有存、此心惺惺明明、天理無一息間断、才是能知昼、這便是天徳、便是通乎昼夜之道而知、更有甚麼死生。
(『伝習録』に曰く、「蕭恵、死生の道を問う。先生曰く、『昼夜を知らば、すなわち死生を知らん』と。昼夜の道を問う。曰く、『昼を知らば、すなわち夜を知らん』と。曰く、『昼もまた知らざるところありや』と。先生曰く、『汝よく昼の々として興き、蠢々として食するを知るのみ。行いて著しからず、習いて察かならず、終日昏々として、ただこれ夢の昼なり。ただ息も養うあり、瞬も存することあり、この心惺々明々として、天理一息の間断なくして、わずかにこれよく昼を知るなり。これすなわちこれ天徳にして、すなわちこれ昼夜の道に通じて知るなり。さらに甚麼の死生かあらん』」と)
草木子曰、天主神、地主鬼、神主伸、鬼主屈、伸主聚、屈主散、此二者所以生万物死万物之大端也。又曰、鬼者人之影、死者生之終。
(『草木子』に曰く、「天は神をつかさどり、地は鬼をつかさどる。神は伸をつかさどり、鬼は屈をつかさどる。伸は聚をつかさどり、屈は散をつかさどる。この二者は万物を生じ、万物を死せしむるゆえんの大端なり」と。また曰く、「鬼は人の影、死は生の終」と)
文海披沙曰、生以形運、而死以神運。
(『文海披沙』に曰く、「生は形をもって運り、死は神をもって運る」と)
理学類編曰、問人死魂魄便散否、晦菴答曰散矣。
(『理学類編』に曰く、「問う、『人の死して魂魄すなわち散ずるやいなや』晦菴、答えて曰く、『散ずるなり』」と)
性理字義曰、以生死論、生者気之伸、死者気之屈、就死上論、則魂之升者為神、魄之降者為鬼、魂気本乎天、故騰上、体魄本乎地、故降下。又曰、天地之間亦有沈魂滞魄、不得正命、而死者未能消散、有時或能作怪、但久復自当消耳。
(『性理字義』に曰く、『生死をもって論ずれば、生は気の伸、死は気の屈。死の上について論ずれば、すなわち魂の升るは神となり、魄の降るは鬼となる。魂気は天にもとづく、ゆえに騰上し、体魄は地にもとづく、ゆえに降下す」と。また曰く、「天地の間、また沈魂、滞魄あり。正命を得ずして、死する者のいまだ消散することあたわざれば、時ありて、あるいはよく怪をなす。ただし、久しくしてまた自らまさに消ゆるべきのみ」と)
南秋江鬼神論云、人死而何帰、曰体魄帰於地、魂気帰於天於天」は底本では「魂気帰於天」]、曰帰而有形乎、曰鬼無形也、有声乎、曰鬼無声也、有心乎、曰鬼無心也、乃至天地之気莫不始而終、至而帰、生而死、而決無終而復始、帰而復生之理。
(南秋江の『鬼神論』にいわく、「『人の死して、いずくにか帰せん』曰く、『体魄は地に帰し、魂気は天に帰す』と。曰く、『帰して形あるや』と。曰く、『鬼は形なし、声あるや』と。曰く、『鬼は声なし、心あるや』と。曰く、『鬼は心なし、ないし、天地の気、始まりて終わり、至りて帰り、生まれて死せざることなし。しかして、決して終わりてまた始まり、帰してまた生まるの理なし』」と)
林羅山曰、人物之生也、皆天地陰陽之所感、生者自息、死者自消、譬如逝川之不舎昼夜、更無一息之間断也、今年之春非去年之春、樹頭之花非復根之花。
(林羅山曰く、「人物の生や、みな天地陰陽の感ずるところ、生は自息、死は自消。たとえば、逝く川の昼夜を舎かざるがごとし。さらに一息の間断もなし。今年の春は去年の春にあらず、樹頭の花はまた、根の花にあらず」と)
易曰原始反終、故知死生之説。由之観之無人死再生之義、雖然聚散遅速如火之初滅而烟気猶鬱乎、故有鬼神之感格、有霊之来出、有精爽之依託、有魂魄之流行、而其終由大虚、無所不之、何蹤跡之遺有哉、況其人死又託胎乎、仏氏三世之説、今之果夙之因也、今之因後之果也、其要至令人人修善止悪而已、下愚庸昧不悟此意、恐懼疑惑、遂以為実有三世、是必野狐耳。(神社考)
(『易』に曰く、「始めを原ね終わりに反る。ゆえに死生の説を知る」と。これによってこれをみれば、人の死して再び生ずるの義なし。しかりといえども、集散遅速は火の初めて滅して、煙気なお鬱せるがごとし。ゆえに、鬼神の感格あり、霊の来出あり、精爽の依託あり、魂魄の流行あり。しかも、その終わりは大虚により、之かざるところなし。なんの蹤跡かこれ遺すことあらんや。いわんやその人の死して、また託胎せんや。仏氏三世の説、今の果は夙の因なり、今の因は後の果なり。その要は人々をして善を修め、悪を止めしむるに至るのみ。下愚庸昧なるものは、この意を悟らず、恐懼疑惑して、ついにおもえらく、実に三世ありとす。これ必ず野狐のみ)(『神社考』)
熊沢蕃山曰く、「根本天理を稟け得て生ずるものなれば、死するとひとしく本然にかえるといえる理あれども、一度体を稟けて霊気のあつまる所あれば、子たるものの哀慕に感じ復するにより、かえりやどれる至理昧からずあるものなり。その子の哀慕に感じてかえるも、また天理に順い、生々不息と相合せることわりなり」と。(『葬祭弁論』)
物徂徠曰、由無而之有、謂之神、由有而之無、謂之鬼、惟夫於其之也、可以知鬼神之情状也。又曰、先正有言、鬼者人之影也、人者鬼之形也、影之与形相肖、人之寿百有二十、鬼之寿亦百有二十、五世而其主、其諸有以取焉乎、大人之生斯世、豈能塊然徒処也、其心志之所周旋、日夜之所郷往、後其死数十年、而其物具存、自体魄一淪知気之所馮、其惟于茲乎、鬼与物之相謀、有則倶有也、鬼乎影乎、其莫有自運之力、有以竢乎養也耳。(徂徠集)
(物徂徠曰く、「無よりしてこれあり、これを神という。有よりしてこれなし、これを鬼という。ただそれ、そのこれにおけるや、もって鬼神の情状を知るべし」と。また曰く、「まず正に言あり、鬼は人の影なり、人は鬼の形なり、影と形と相肖る。人の寿は百有二十、鬼の寿はまた百有二十、五世してその主を《うず》め、その諸、もって取るあり。たいてい人のこの世に生まるる、あによく塊然として徒処せんや。その心志の周旋するところ、日夜の郷往するところ、その死してのち数十年、しかもその物、具存して、体魄一淪より、気の馮るところを知る。それただここにおいてか、鬼と物とこれ相謀り、あればすなわち倶にあるなり。鬼か影か、それ自運の力あることなし。もって養うをまつあるのみ」と)(『徂徠集』)
貝原益軒曰、天地之気、人物各資而始生焉、人死則其気既消散、魂亦殫尽而無余矣、只有子孫之気、相継而不絶耳。(自娯集)
(貝原益軒曰く、「天地の気、人物おのおの資してはじめて生ず。人、死すればすなわちその気すでに消散し、魂もまた殫尽して余りなし。ただ子孫の気ありて、相継いで絶えざるのみ」と)(『自娯集』)
新井白石曰く、「それ、水はいたりて清けれども、氷を結ぶときは明らかならず。神いたりて明らかなれども、形を結ぶときは明らかならず。氷解けては清にかえり、形散じては明にかえる。ゆえに、覚むるは霊ならずして夢は霊に、生けるは霊ならずして死せるは霊なり」と。(『鬼神論』)
佐藤直方曰、魂魄合則生、離則死。又曰、神者気之伸、鬼者気之屈、気之方伸者属陽、故為神、気之屈者属陰、故為鬼、神者伸也、鬼者帰也、云云。(鬼神集説序)
(佐藤直方曰く、「魂魄合すれば、すなわち生まれ、離るればすなわち死す」と。また曰く、「神は気の伸、鬼は気の屈、気の方伸は陽に属し、ゆえに神となる。気の屈は陰に属し、ゆえに鬼となる。神は伸なり、鬼は帰なり、云云」と)(『鬼神集説』序)
山片子蘭曰く、「人の生ずるは草木の萌生するがごとし。その死するは枯るるがごとし。また、その子あるは種実を蒔きて生ずるがごとし。すべて一盛一衰の道理、生まれてだんだんと陽気盛んになりても、またついには衰え、命尽きて死し、消散して土に帰す。ゆえに鬼は帰なりという。春種えて夏長じ秋収まるのことにして、これすなわち鬼神の情状なり」と。
帰正漫録曰、覚昏而夢霊、生正而死神、造物之所以使人謹死也。
(『帰正漫録』に曰く、「覚は昏にして夢は霊、生は正にして死は神、造物の人をして死を謹ましむるゆえんなり」と)
異端弁正曰、釈氏又謂、死而精魂不散、復借父精母血以生其形体、如此則父母之名皆仮托之具以啓天下後世不慈不孝之心、其忍心害理之言、亦何謬妄哉。
(『異端弁正』に曰く、「釈氏またいう、『死して精魂散ぜず、また父精母血を借りて、もってその形体を生ず』と。かくのごとければ、すなわち父母の名はみな仮托の具にして、もって天下後世不慈不幸の心を啓く。その忍心害理の言、なんぞ謬妄なるかな」と)
護法資治論曰、一心其源謂之性、所知覚謂之識、能応物謂之霊、発妙智謂之神、離形遠往謂之遊魂、統属一心、去来変化無窮無尽。
(『護法資治論』に曰く、「一心その源は、これを性という。知覚するところは、これを識という。よく物に応ずるは、これを霊という。妙智を発するは、これを神という。形を離れて遠往するは、これを遊魂という。すべて一心に属し、去来、変化、無窮、無尽なり」と)
大和三教論曰、夫古聖人之教則君子死後昇天作神、故祭有降神、乃至小人則死後帰地作鬼、時或為変。
(『大和三教論』に曰く、『それ古聖人の教えは、すなわち君子の死後、天に昇り神となる。ゆえに、祭りて降神あり。ないし小人、すなわち死後、地に帰りて鬼となる、ときにあるいは変となす」と)
『閑際筆記』にいわく、「池上入道祖節曰く、『儒者おもえらく、死するときはこの身朽ち滅び、神もまた飄散して、焼舂磨、かつ施すところなしと。しからず、夢をもってこれを試むべし。高より堕ち、刃に傷れて身にあずからず。しかるに、わが心に痛苦を知る。死後は躯殻なしといえども、しかも神魂なおあり、痛苦いずくんぞ知らざらんや』と。余曰く、『夢中に痛苦を知るは、血気身にあり痛むべきの理あり。神魂これ舎る、よく知るゆえんなり。死せる者は土木のごとし、痛むべきの理なし。この理なければこのことなし』」と。
大塩中斎曰、有形質者、雖大有限、而必滅矣、無形質者、雖微無涯而亦伝矣。(洗心洞剳記)
(大塩中斎曰く、『形質あるものは大なりといえども限りありて、必ず滅す。形質なきものは微なりといえども涯りなくして、また伝う」と)(『洗心洞剳記』)
大橋訥庵曰く、「かの鬼神といい、魂魄といい、精神知覚というの類は、いかにも霊妙自在にして、擬議にも及ばざるところあれども、これはなお気に属して、気の精というまでなれば、やはり屈伸消息ありて、理の動かざるがごときにあらず、云云」と。(『闢邪小言』)
『閑聖漫録』に曰く、「動植の物、死し枯るるにもその生の終にして、また死すれば生気を子に伝う。その道のほかに死道ということあるべき理なし。人は生道を尽くして足れり。死道はいうに及ばず。ゆえに、孔子も『未知生焉知死』(いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん)とのたまえり。人道は生を知るにあるのみなり。いわんや、未来を説くは憶度より出でたる空言にして、実事はなく人倫に益なし」と。
安井息軒曰、死者有知乎、我不得而知之也、死者無知乎、我不得而知之也、塊然之形化為穢土、而魂気則無所不之乎、我不得而知之也、倏忽乎来、倏忽乎去、禍福糾縄、孰知其極、所可知者、独生人之道而已。(息軒遺稿)
(安井息軒曰く、「死者は知ることあるか、われ得てこれを知らず。死者は知ることなきか、われ得てこれを知らず。塊然の形、化して穢土となる。しかして魂気はすなわち之かざるところなしか、われ得てこれを知らず。倏忽として来たり、倏忽として去り、禍福糾縄す。たれその極を知る。知るべきところのものは、ひとり生人の道のみ」と)(『息軒遺稿』)
十返舎一九曰く、「無情にして有情に化するものは、腐草化して蛍となるの類、離形にして有形をなすものは、折枝を地にさすにおのずから根づくがごとし。いわんや人の魂気存して、異形を露わし霊をなすこと、各物に着するの情逼する故なり」と。(『怪物輿論』)
馬琴いわく、「神は心なり、鬼は気なり。人の心気は形なし、鬼神また形なし。人の心気はよく眼目のみるところにあらず、鬼神の見がたきこれをもってしるべし。ないし、人死してその魂魄いまだ散ぜざる間は、冤鬼となりて人の目に見ゆることもあるべし。我俗これを幽霊という。ないし、冤鬼の人に見らるるも、その魂魄いまだ散ぜざるあいだにあるべし。その人死して夥の年を経たらんには、魂魄すでに散滅す。魂魄散滅して冤鬼とならんと欲するともよくせんや」と。
塩尻云、人之初生以七日為臘、人之初死以七日為忌、一臘而一魄成、故七七四十九日而七魄具矣、一忌而一魄散、故七七四十九日而七魄散矣。
(『塩尻』にいう、「人のはじめて生まれ、七日をもって臘をなす。人のはじめて死す、七日をもって忌をなす。一臘して一魄なり。ゆえに七七、四十九日にして七魄具わる。一忌して一魄散ず。ゆえに七七、四十九日にして七魄散ず」と)
『梅園叢書』にいわく、「死して後は生まれざる前のごとし。生まれざる前われしらず。死して後われいずくんぞしらん。むべなるかな。聖人そのしるべきところをもとめて、その知るべからざるところをいわざることを」と。