36話 (八)の三
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やや急な西向の傾斜、幾年の落葉の朽ちた土に心地よく下駄が沈んで、緑の屋根を洩れる夏の日が、処々、虎斑の様に影を落して、そこはかとなく揺めいた。細き太き、数知れぬ樹々の梢は参差として相交つてゐる。
唆かす様な青葉の香が、頬を撫で、髪に戯れて、夏蔭の夢の甘さを吹く。
『ククヽヽクウ』と、すぐ頭の上、葉隠れに昼杜鵑が啼く。酔つた様な、愉しい様な、切ない様な、若い胸の底から漂ひ出る様な声だ。その声が、ク、ク、ク、と後を刻んで、何処ともなき青葉の《さや》ぎ!
と、少し隔つた彼方から、『ククヽヽクウ』と同じ声が起る。
『ククヽヽクウ、ククヽヽクウ。』と、背後の方からも。
『漂へる声』とライダル湖畔の詩人が謳つた。それだ、全くそれだ。甘き青葉の香を吸ひ、流れるこの鳥の声を聞いては、身は詩人でなくても、魂が胸を出て、声と共にそこはかとなく森の下蔭を小迷うてゆく思ひがする。
声の在所を覓むる如く、キヨロ/\と落着かぬ様に目を働かせて、径もなき木蔭地の湿りを、智恵子は樹々の間を其方に抜け此方に潜る。夢見る人の足調とは是であらう。髪は肩に乱れ、胸に波打ち、ハラ/\と顔にも懸る。それを払はうとするでもない。
故もなく胸が騒いでゐる。酔つた様な、愉しい様な、切ない様な……宛然葉隠の鳥の声の、何か定めなき思ひが、総身の脈を乱してゐる。
『ククヽヽクウ』と鳥の声。
「私ほど辛い悲しいものはない!」
恁う理由のないことを、何がなしに心に言つてみた。何が辛いのか、何が悲しいのか、それは自分では解らない。ただ然う言つて見たかつたのだ。言つた所で、別に辛くも悲しくもない。
『吉野さんが町に、加藤の家に来てゐる。』智恵子に解つてるのは之だけだ。
初めて逢つたのは鶴飼橋の上だ。その時の、俥の上の男の挙動は、今猶明かに心に残つてゐる。然し言葉を交したのでもない。友の静子は耳の根迄紅くなつてゐた。その静子は又、自分とアノ人が端なくも車に乗合せて盛岡に行く時、田圃に出て紛を振つた。静子の底の底の心が、何故か自分に解つた様な気がする。
『何故那時、私はアノ人の背後に隠れたらう?』恁う智恵子は自分に問うて見る。我知らず顔が紅くなる。
其晩、同じ久子の家に泊つた。久子兄妹とアノ人と自分と、打伴れて岩手公園に散歩した。甘き夏の夜の風を、四人は甚に嬉しんだらう! 久子の兄とアノ人との会話が、解らぬ乍らに甚に面白かつたらう!
『君は天才なんだ。』恁う久子の兄が幾度か真摯に言つた。何かの話の時、
『矢張女といふものは全く放たれる事が出来ん。男は結局一人ぼつちよ、死ぬまで。』
とアノ人が言つた!
翌日久子と大沢に行つて、昨日午前再び下小路なる久子の家まで帰つた。
『日向様は何日お帰りになります?』恁うアノ人が言つた。
『明日になさいな、ねえ!』と久子が側らから言つた、『吉野様も然う遊ばせな何卒。』
『否、僕は今日午後に発ちます。』
遂に同じ汽車で帰つて、再会を約して好摩が原で別れた。
『それだけだ。』と智恵子は言つて見た。何が(それだけ)なのか解らぬ。(それだけ)が何れだけなのか解らぬ。
解つてるのは、その吉野が今昌作と二人加藤の家にゐる事だけだ。或はモウ、加藤の家を出たかも知れぬ。出て而して、何処へ? 何処へ?
『ククヽヽクウ。』といふ声は遙と背後に聞えた。智恵子は何時しか雑木の木立を歩み尽きて、幾百本の杉の暗く茂つた、急な坂の上に立つてゐた。
佶と其下の方を見て居たが、何を思つてか、智恵子は急しく其急な坂を下り初めた。