1話 雨月物語 03 校注 雨月物語(1)
読み方を変える
校注 雨月物語
雨月物語序
一羅子撰水滸。而三世生唖児。二紫媛著源語。而一旦堕悪趣者。三蓋為業所耳。然而観其文。各奮奇態。四哢逼真。五低昂宛転。令読者心気六洞越也。可見鑑事実于千古焉。余適有七鼓腹之閑話。衝口吐出。八雉竜戦。九自以為杜撰。則一〇摘読之者。一一固当不謂信也。一二豈可求醜脣平鼻之報哉。一三明和戊子晩春。雨霽月朦朧之夜。窓下編成。一四以梓氏。題曰雨月物語。云。一五剪枝畸人書
一六 一七
羅子、水滸を撰して、三世唖児を生み、紫媛、源語を著して、一旦悪趣に堕つるは、蓋し業のために《せま》らるるところのみ。然り而して其の文を観るに、各々奇態を奮ひ、哢真に逼り、低昂宛転、読者の心気をして洞越たらしむるなり。事実を千古に鑑みらるべし。余適鼓腹の閑話あり、口を衝きて吐き出だす。雉《な》き竜戦ふ、自らおもへらく杜撰なりと。則ち之を摘読する者は、固より当に信と謂はざるべきなり。豈醜脣平鼻の報を求むべけんや。明和戊子晩春、雨霽れ月朦朧の夜、窓下に編成し、以て梓氏に《あた》ふ。題して雨月物語と曰ふと云ふ。剪枝畸人書す。
一 羅貫中。中国一三、四世紀の人。水滸伝を著わしたために子孫三代唖児が生まれたという俗説がある(西湖遊覧志余。続文献通考等)「羅氏が三代まで唖子をうみしなども云ふ」(秋山記・秋成)。
二 紫式部。源氏物語を著わしたために地獄におちたという俗説がある(今物語、宝物集等)。秋成も秋山記でそのことを書いている。
三 思うに悪業の為にこんな報いにせまられたというべきであろう。
四 鳥の黙したりさえずったりする声の形容。ここでは文章の調子、勢い。
五 文章の調子が或は低く或は高く、あたかもころがるようになめらかで流暢である。
六 つよく感銘する。
七 泰平の世を謳歌するようなのんきな無駄ばなし。鼓腹は、飽食して腹鼓をうち、泰平を楽しむ。
八 雉が鳴き竜が戦うような奇怪千万な怪奇談。
九 自分でもこれは杜撰であると思う。杜撰はよりどころなく疎漏なこと。
一〇 ひろい読む。
一一 もとよりこれが信ずるに足るものだというはずがない。
一二 どうして子孫に口唇裂や平たい鼻の変わり者が生まれるという業の報いをうけるはずがあろうか。
一三 明和五年(一七六八)三月。秋成三五歳。
一四 出版業者に与えた。版行にふした。
一五 上田秋成の戯号。秋成は五歳の折、重い痘を病み、その結果、右手の中指と左手の人さし指が短くなり、不自由になった。そのことから一時的につけた号である。枝は肢と同じで、指に通ず。剪枝は木をきるはさみの意味もある。畸人は変人、変わり者。
一六 「子虚後人」とあって、秋成の一時的な戯号。いたずらに妄言を吐く人物の子孫という意味。
一七 「遊戯三昧」とある。遊びたわむれることにむちゅうになること。五雑組、巻十五に「凡為小説及雑劇戯文、須是虚実相半、方為游戯三昧之筆」とある。
雨月物語 巻之一
一白峯
二あふ坂の関守にゆるされてより、三秋こし山の黄葉見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる四鳴海がた、不尽の高嶺の煙、五浮嶋がはら、六清見が関、七大礒小いその浦々、八むらさき艶ふ武蔵野の原、九塩竈の和ぎたる朝げしき、一〇象潟の蜑が苫や、一一佐野の舟梁、一二木曾の桟橋、心のとどまらぬかたぞなきに、猶西の国の歌枕見まほしとて、一三仁安三年の秋は、一四葭がちる難波を経て、一五須磨明石の浦ふく風を身に一六しめつも、行々一七讃岐の真尾坂の林といふにしばらく一八を植む。草枕はるけき旅路の労にもあらで、一九観念修行の便せし庵なりけり。
この里ちかき白峯といふ所にこそ、二〇新院の陵ありと聞きて、拝みたてまつらばやと、十月はじめつかた、かの山に登る。松柏は奥ふかく茂りあひて、二一青雲の軽靡く日すら小雨そぼふるがごとし。二二児が嶽といふ嶮しき嶽背に聳ちて、千仞の谷底より雲霧おひのぼれば、咫尺をも鬱悒きここちせらる。木立わづかに間きたる所に、土《たか》く積みたるが上に、石を三かさねに畳みなしたるが、二三荊蕀薜蘿にうづもれてうらがなしきを、これならん御墓にやと心もかきくらまされて、さらに夢現をもわきがたし。
現にまのあたりに見奉りしは、二四紫宸清涼の御座に朝政きこしめさせ給ふを、百の官人は、かく賢しき君ぞとて、詔恐みてつかへまつりし。二五近衛院に禅りましても、二六藐姑射の山の瓊の林に禁めさせ給ふを、思ひきや、二七麋鹿のかよふ跡のみ見えて、詣でつかふる人もなき深山の二八荊の下に神がくれ給はんとは。二九万乗の君にてわたらせ給ふさへ、三〇宿世の業といふもののおそろしくもそひたてまつりて、罪をのがれさせ給はざりしよと、世のはかなきに思ひつづけて涙わき出づるがごとし。
終夜供養したてまつらばやと、御墓の前のたひらなる石の上に座をしめて、経文徐かに誦しつつも、かつ歌よみてたてまつる。
三一松山の浪のけしきはかはらじを
かたなく君はなりまさりけり
猶心怠らず供養す。露いかばかり袂にふかかりけん。日は没りしほどに、山深き夜のさま三二常ならね、石の牀木の葉の衾いと寒く、神清み骨冷えて、三三物とはなしに凄じきここちせらる。月は出でしかど、三四茂きが林は影をもらさねば、三五あやなき闇にうらぶれて、眠るともなきに、まさしく三六円位々々とよぶ声す。
眼をひらきてすかし見れば、其の形異なる人の、背高く痩せおとろへたるが、顔のかたち、着たる衣の色紋も見えで、こなたにむかひて立てるを、西行もとより三七道心の法師なれば、恐ろしともなくて、ここに来たるは誰そと答ふ。かの人いふ。前によみつること葉のかへりごと聞えんとて見えつるなりとて、
三八松山の浪にながれてこし船の
やがてむなしくなりにけるかな
喜しくもまうでつるよ、と聞ゆるに、新院の霊なることをしりて、地にぬかづき涙を流していふ。さりとていかに迷はせ給ふや。三九濁世を厭離し給ひつることのうらやましく侍りてこそ、今夜の四〇法施に随縁したてまつるを、四一現形し給ふはありがたくも悲しき御こころにし侍り。ひたぶるに四二隔生即忘して、四三仏果円満の位に昇らせ給へと、情をつくして諫め奉る。
新院呵々と笑はせ給ひ、汝しらず、近来の世の乱は朕がなす事なり。生きてありし日より魔道にこころざしをかたぶけて、四四平治の乱を発さしめ、死して猶四五朝家に祟をなす。見よ見よ、やがて天が下に大乱を生ぜしめん、といふ。西行此の詔に涙をとどめて、こは浅ましき四六御こころばへをうけたまはるものかな。君はもとよりも四七聡明の聞えましませば、四八王道のことわりはあきらめさせ給ふ。こころみに討ね請すべし。そも四九保元の御謀叛は五〇天の神の教へ給ふことわりにも違はじとておぼし立たせ給ふか。又みづからの人慾より計策り給ふか。詳に告らせ給へと奏す。其の時院の御けしきかはらせ給ひ、汝聞け、帝位は人の極なり。若し人道上より乱す則は、天の命に応じ、民の望に順うて是を伐つ。抑五一永治の昔、犯せる罪もなきに、五二父帝の命を恐みて、三歳の五三体仁に代を禅りし心、人慾深きといふべからず。体仁早世ましては、朕が皇子の五四重仁こそ国しらすべきものをと、朕も人も思ひをりしに、五五美福門院が妬に五六さへられて、四の宮の五七雅仁に代を簒はれしは深き怨にあらずや。重仁五八国しらすべき才あり。雅仁何らのうつは物ぞ。人の徳をえらばずも、天が下の事を五九後宮にかたらひ給ふは父帝の罪なりし。されど世にあらせ給ふほどは孝信をまもりて、六〇勤色にも出さざりしを、崩れさせ給ひてはいつまでありなんと、武きこころざしを発せしなり。六一臣として君を伐つすら、天に応じ民の望にしたがへば、六二周八百年の創業となるものを、まして六三しるべき位ある身にて、六四牝鶏の晨する代を取つて代らんに、道を失ふといふべからず。汝、六五家を出でて仏に婬し、六六未来解脱の利慾を願ふ心より、六七人道をもて因果に引き入れ、六八堯舜のをしへを釈門に混じて朕に説くやと、御声あららかに告らせ給ふ。
西行いよよ恐るる色もなく座をすすみて、君が告らせ給ふ所は、人道のことわりをかりて六九慾塵をのがれ給はず。遠く辰旦をいふまでもあらず。皇朝の昔、七〇誉田の天皇、兄の皇子七一大鷦鷯の王をおきて、季の皇子七二菟道の王を七三日嗣の太子となし給ふ。天皇崩御れ給ひては、兄弟相譲りて位に昇り給はず。三とせをわたりても猶果つべくもあらぬを、菟道の王深く憂ひ給ひて、豈久しく生きて天が下を煩はしめんやとて、七四みづから宝算を断たせ給ふものから、罷事なくて兄の皇子御位に即かせ給ふ。是れ七五天業を重んじ孝悌をまもり、忠をつくして人慾なし。堯舜の道といふなるべし。本朝に儒教を尊みて専ら王道の輔とするは、道の王、百済の七六王仁を召して学ばせ給ふをはじめなれば、此の兄弟の王の御心ぞ、即て漢土の聖の御心ともいふべし。又、周の創、七七武王一たび怒りて天下の民を安くす。臣として君を弑すといふべからず。仁を賊み義を賊む、一夫の紂を誅するなりといふ事、七八孟子といふ書にありと人の伝へに聞き侍る。されば漢土の書は、経典七九史策詩文にいたるまで渡さざるはなきに、かの孟子の書ばかりいまだ日本に来らず。八〇此の書を積みて来る船は、八一必ずしも暴風にあひて沈没むよしをいへり。それをいかなる故ぞととふに、我が国は天照すおほん神の開闢しろしめししより、日嗣の大王絶ゆる事なきを、かく口賢しきをしへを伝へなば、末の世に八二神孫を奪うて罪なしといふ敵も出づべしと、八百よろづの神の悪ませ給うて、神風を起して船を覆し給ふと聞く。されば他国の聖の教も、ここの国土にふさはしからぬことすくなからず。且八三詩にもいはざるや。八四兄弟牆に鬩ぐとも外の侮を禦げよと。さるを骨肉の愛をわすれ給ひ、八五あまさへ八六一院崩御れ給ひて、八七殯の宮に肌膚もいまだ寒えさせたまはぬに、御旗なびかせ弓末ふり立て宝祚をあらそひ給ふは、不孝の罪これより劇しきはあらじ。八八天下は神器なり。人のわたくしをもて奪ふとも得べからぬことわりなるを、たとへ重仁王の即位は民の仰ぎ望む所なりとも、徳を布き和を施し給はで、道ならぬみわざをもて代を乱し給ふ則は、きのふまで君を慕ひしも、けふは忽ち怨敵となりて、本意をも遂げたまはで、いにしへより八九例なき刑を得給ひて、かかる鄙の国の土とならせ給ふなり。ただただ九〇旧き讐をわすれ給うて、浄土にかへらせ給はんこそ、願はまほしき叡慮なれと、はばかることなく奏しける。
院、長嘘をつがせ給ひ、今事を正して罪をとふ、ことわりなきにあらず。されどいかにせん。この嶋に謫られて、九一高遠が松山の家に困められ、日に三たびの九二御膳すすむるよりは、まゐりつかふる者もなし。只天とぶ雁の小夜の枕におとづるるを聞けば、都にや行くらんとなつかしく、暁の千鳥の洲崎にさわぐも、心をくだく種となる。九三烏の頭は白くなるとも、都には還るべき期もあらねば、定めて九四海畔の鬼とならんずらん。ひたすら後世のためにとて、九五五部の大乗経をうつしてけるが、九六貝鐘の音も聞えぬ荒礒にとどめんもかなし。せめては筆の跡ばかりを洛の中に入れさせ給へと、九七仁和寺の御室の許へ、経にそへてよみておくりける。
九八浜千鳥跡はみやこにかよへども
身は松山に音をのみぞ鳴く
しかるに九九少納言信西がはからひとして、若し呪咀の心にやと奏しけるより、そがままにかへされしぞうらみなれ。いにしへより倭漢土ともに、国をあらそひて兄弟敵となりし例は珍しからねど、罪深き事かなと思ふより、悪心懺悔の為にとて写しぬる御経なるを、いかにささふる者ありとも、一〇〇親しきを議るべき令にもたがひて、筆の跡だも納れ給はぬ叡慮こそ、今は旧しき讐なるかな。所詮此の経を一〇一魔道に回向して、恨をはるかさんと、一すぢにおもひ定めて、指を破り血をもて願文をうつし、経とともに一〇二志戸の海に沈めてし後は、人にも見えず深く閉ぢこもりて、ひとへに魔王となるべき大願をちかひしが、一〇三はた平治の乱ぞ出できぬる。まづ一〇四信頼が高き位を望む驕慢の心をさそうて一〇五義朝をかたらはしむ。かの義朝こそ悪き敵なれ。父の一〇六為義をはじめ、同胞の武士は皆朕がために命を捨てしに、他一人朕に弓を挽く。一〇七為朝が勇猛、為義一〇八忠政が軍配に一〇九贏目を見つるに、西南の風に焼討せられ、一一〇白川の宮を出でしより、一一一如意が嶽の嶮しきに足を破られ、或ひは一一二山賤の椎柴をおほひて雨露を凌ぎ、終に擒はれて此の嶋に謫られしまで、皆義朝が姦しき計策に困められしなり。これが報を一一三虎狼の心に障化して、信頼が隠謀にかたらはせしかば、一一四地祇に逆ふ罪、武に賢からぬ清盛に逐ひ討たる。且父の為義を弑せし報《せま》りて、一一五家の子に謀られしは、天神の祟を蒙りしものよ。又少納言信西は、常に己を博士ぶりて、人を拒む心の直からぬ、これをさそうて信頼義朝が讐となせしかば、終に家をすてて一一六宇治山の坑に竄れしを、一一七はた探し獲られて一一八六条河原に梟首らる。これ経をかへせし諛言の罪を治めしなり。それがあまり、一一九応保の夏は美福門院が命を窮り、長寛の春は一二〇忠通を祟りて、朕も其の秋世をさりしかど、猶一二一嗔火熾にして尽きざるままに、終に大魔王となりて、三百余類の巨魁となる。朕が一二二けんぞくのなすところ、人の福を見ては転して禍とし、世の治るを見ては乱を発さしむ。只清盛が一二三人果大にして、親族氏族ことごとく高き官位につらなり、おのがままなる国政を執行ふといへども、一二四重盛忠義をもて輔くる故、いまだ期いたらず。汝見よ、平氏も又久しからじ。雅仁朕に一二五つらかりしほどは終に報ふべきぞと、御声いやましに恐ろしく聞えけり。西行いふ。君かくまで魔界の悪業につながれて、一二六仏土に億万里を隔て給へば、ふたたびいはじとて、只黙してむかひ居たりける。
時に峯谷ゆすり動きて、風叢林を僵すがごとく、沙石を空に巻上ぐる。見る見る一二七一段の陰火、君が膝の下より燃上りて、山も谷も昼のごとくあきらかなり。光の中につらつら御気色を見たてまつるに、朱をそそぎたる竜顔に、一二八荊の髪膝にかかるまで乱れ、白眼を吊りあげ、熱き嘘をくるしげにつがせ給ふ。御衣は柿色のいたうすすびたるに、手足の爪は獣のごとく生ひのびて、さながら魔王の形、あさましくもおそろし。空にむかひて、一二九相模々々と、叫ばせ給ふ。あと答へて、鳶のごとくの一三〇化鳥翔来り、前に伏して詔をまつ。院、かの化鳥にむかひ給ひ、何ぞはやく重盛が命を奪りて、雅仁清盛をくるしめざる。化鳥こたへていふ。一三一上皇の幸福いまだ尽きず。重盛が忠信ちかづきがたし。今より一三二支干一周を待たば、重盛が命数既に尽きなん。他死せば一族の幸福此の時に亡ぶべし。院、手を拍つて怡ばせ給ひ、かの讐敵ことごとく一三三此の前の海に尽すべしと、御声谷峯に響きて、凄しさいふべくもあらず。魔道の浅ましきありさまを見て涙しのぶに堪へず。復び一首の歌に随縁のこころをすすめたてまつる。
一三四よしや君昔の玉の床とても
かからんのちは何にかはせん
一三五刹利も須陀もかはらぬものをと、心あまりて高らかに吟ひける。
白峯陵の前の「たひらなる石の上に座をしめ」た西行が、崇徳院の怨霊と対決する図。「一段の陰火、君が膝の下より燃上がりて」という情景である。(原本三丁裏、四丁表の挿絵)