雨月物語 03 校注 雨月物語

13話 雨月物語 03 校注 雨月物語(13)

5,326字 約11分 2024年6月12日 公開

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一貧福論(ひんぷくろん)

 二陸奧(むつ)国三蒲生氏郷(がまふうぢさと)の家に、四岡左内といふ武士(もののふ)あり。五禄(ろく)おもく、(ほまれ)たかく、六丈夫(ますらを)の名を七関の東に(ふる)ふ。此の()いと八偏固(かたは)なる事あり。富貴をねがふ心、九常の武扁(ぶへん)にひとしからず。倹約を(むね)として一〇家の(おきて)をせしほどに、年を()みて富み(さか)えけり。かつ一一軍(いくさ)調練(たなら)(いとま)には、一二茶味(さみ)翫香(ぐわんかう)(たのし)まず。一三庁上(ひとま)なる所に許多(あまた)(こがね)()(なら)べて、心を(なぐさ)むる事、世の人の月花にあそぶに(まさ)れり。人みな左内が行跡(ふるまひ)をあやしみて、吝嗇(りんしよく)一四野情(やじやう)の人なりとて、(つま)はじきをして(にく)みけり。

 一五家に久しき(をのこ)一六黄金(わうごん)一枚かくし持ちたるものあるを聞きつけて、ちかく召していふ。一七崑山(こんざん)(たま)もみだれたる世には瓦礫(ぐわれき)にひとし。かかる世にうまれて弓矢とらん()には、一八棠谿(たうけい)墨陽(ぼくやう)(つるぎ)、一九さてはありたきもの財宝(たから)なり。されど(よき)(つるぎ)なりとて千人の(あた)には(むか)ふべからず。金の徳は(あめ)が下の人をも従へつべし。武士たるもの二〇(みだり)にあつかふべからず。かならず(たくは)(をさ)むべきなり。《なんぢ》(いや)しき身の分限(ぶげん)に過ぎたる(たから)を得たるは二一嗚呼(をこ)(わざ)なり。賞なくばあらじとて、十両の金を給ひ、二二刀(かたな)をも(ゆる)して召しつかひけり。人これを伝へ聞きて、左内が金をあつむるは、二三長啄(ちやうたく)にして飽かざる(たぐひ)にはあらず。(ただ)当世の一奇士(きし)なりとぞ二四いひはやしける。

 其の夜、左内が枕上(まくらがみ)に人の来たる音しけるに、目さめて見れば、二五灯台(とうだい)(もと)に、ちひさげなる翁の(ゑみ)をふくみて()れり。左内枕をあげて、ここに来るは()そ。我に二六糧(かて)からんとならば二七力量(りきりやう)の男どもこそ参りつらめ。がやうの二八耄()げたる(さま)してねぶりを(おそ)ひつるは、(きつね)(たぬき)などのたはむるるにや。二九何のおぼえたる(わざ)かある。秋の夜の目さましに、三〇そと見せよとて、すこしも騒ぎたる三一容色(いろめ)なし。翁いふ。かく参りたるは、三二魑魅(ちみ)にあらず人にあらず。君が三三かしづき給ふ黄金(わうごん)精霊(せいれい)なり。年来(としごろ)(あつ)くもてなし給ふうれしさに、夜話(よがたり)せんとて()してまゐりたるなり。君が今日家の子を(しやう)じ給ふに()でて、翁が思ふ三四こころばへをもかたり(なぐさ)まんとて、(かり)(かたち)(あら)はし侍るが、十にひとつも(やう)なき閑談(むだごと)ながら、三五いはざるは腹みつれば、わざとにまうでて(ねぶり)をさまたげ侍る。

枕許に立った黄金の精に、左内が、体をおこして応待している図。「灯台」が行灯、黄金の精が「ちひさげなる翁」であることがわかる。(原本十三丁裏、十四丁表の挿絵)

 さても富みて(おご)らぬは大聖(おほきひじり)の道なり。さるを世の(さがな)きことばに、三六富めるものはかならず(かだま)し。富めるものはおほく(おろか)なりといふは、(しん)三七石崇(せきそう)唐の三八王元宝(わうげんぱう)がごとき、三九豺狼(さいらう)蛇蝎(じやかつ)(ともがら)のみをいへるなりけり。往古(いにしへ)に富める人は、四〇天の時をはかり、地の利を(あきら)めて、おのづからなる富貴(ふうき)を得るなり。四一呂望(りよぼう)(せい)(ほう)ぜられて民に産業(なりはひ)を教ふれば、海方(うなべ)の人利に走りて四二ここに来朝(きむか)ふ。四三管仲(くわんちゆう)四四九(ここの)たび諸侯をあはせて、身は四五倍臣(やつこ)ながら富貴は列国の君に(まさ)れり。四六范蠡(はんれい)四七子貢(しこう)四八白圭(はつけい)(ともがら)四九財(たから)(ひさ)ぎ利を()うて、巨万(ここだく)(こがね)()みなす。これらの人をつらねて、五〇貨殖伝(くわしよくでん)(しる)し侍るを、其のいふ所(いや)しとて、のちの博士(はかせ)筆を競うて(そし)るは、ふかく(さと)らざる人の(ことば)なり。五一恒(つね)(なりはひ)なきは恒の心なし。五二百姓(おたから)(つと)めて(たなつもの)を出し、工匠等(たくみら)(つと)めてこれを助け、商賈(あきびと)(つと)めて(これ)(かよ)はし、おのれおのれが五三産(なり)(をさ)め家を富まして、(みおや)を祭り子孫(のち)(はか)る外、人たるもの何をか()さん。(ことわざ)にもいへり。五四千金の子は市に死せず。五五富貴の人は王者とたのしみを同じうすとなん。まことに五六淵(ふち)深ければ魚よくあそび、山(なが)ければ(けもの)よくそだつは、五七天(あめ)(まにまに)なることわりなり。只、五八貧しうしてたのしむてふことばありて、五九字を学び(ゐん)を探る人の(まどひ)をとる(はし)となりて、弓矢とるますら()も富貴は国の(もとゐ)なるをわすれ、六〇あやしき計策(たばかり)をのみ調練(たねら)ひて、ものを《やぶ》り人を(そこな)ひ、おのが徳をうしなひて子孫を絶つは、(たから)(かろ)んじて名をおもしとする(まどひ)なり。(おも)ふに名とたからともとむるに心ふたつある事なし。六一文字てふものに(つな)がれて、金の徳を(かろ)んじては、みづから清潔と(とな)へ、六二鋤(すき)(ふる)うて棄てたる人を(かしこ)しといふ。さる人はかしこくとも、さる(わざ)は賢からじ。(こがね)六三七(なな)のたからの(つかさ)なり。土に《うも》れては霊泉(れいせん)(たた)へ、不浄を除き、(たへ)なる(こゑ)(かく)せり。かく(いさぎよ)きものの、いかなれば愚昧(ぐまい)六四貪酷(どんこう)の人にのみ(つど)ふべきやうなし。今夜(こよひ)此の(いきどほ)りを吐きて年来(としごろ)のこころやりをなし侍る事の(うれ)しさよといふ。

 左内(きよう)じて(むしろ)をすすみ、さてしもかたらせ給ふに、富貴の道のたかき事、(おの)がつねにおもふ所露たがはずぞ侍る。ここに(おろか)なる(とひ)事の侍るが、ねがふは(つばら)にしめさせ給へ。今六五ことわらせ給ふは、(もは)ら金の徳を(かろ)しめ、富貴の大業(たいげふ)なる事をしらざるを罪とし給ふなるが、かの六六紙魚(しぎよ)がいふ所もゆゑなきにあらず。今の世に富めるものは、十が八ツまではおほかた貪酷残忍の人多し。おのれは俸禄(ほうろく)に飽きたりながら、兄弟(はらから)一属(やから)をはじめ、六七祖(みおや)より久しくつかふるものの貧しきをすくふ(わざ)をもせず、となりに()みつる人のいきほひをうしなひ、(ひと)(たす)けさへなく六八世にくだりしものの田畑(たばた)をも、(あたひ)(やす)くして六九あながちに(おの)がものとし、今おのれは村長(むらをさ)とうやまはれても、むかしかりたる人のものをかへさず、礼ある人の(むしろ)を譲れば、其の人を七〇(やつこ)のごとく見おとし、たまたま(ふる)き友の寒暑(かんしよ)(とむら)ひ来れば、物からんためかと疑ひて、宿にあらぬよしを(こた)へさせつる(たぐひ)あまた見来りぬ。又君に忠なるかぎりをつくし、父母に七一孝廉(かうれん)の聞えあり、貴きをたふとみ、(いや)しきを(たす)くる(こころ)ありながら、七二三冬のさむきにも七三一(きう)起臥(おきふ)し、七四三(ぶく)のあつきにも七五一(かつ)(すす)ぐいとまなく、年ゆたかなれども七六朝(あした)に《くれ》に一(わん)(かゆ)にはらをみたしめ、さる人はもとより朋友(ともがき)(とむら)ふ事もなく、かへりて兄弟(はらから)一属(やから)にも七七通(みち)()られ、まじはりを絶たれて、其の(うらみ)をうつたふる方さへなく、七八汲(きふ)々として一生を()ふるもあり。さらばその人は作業(なりはひ)に七九うときゆゑかと見れば、(つと)に起きおそくふして八〇性力(ちから)(こら)し、西にひがしに走りまどふ八一蹊(ありさま)さらに(いとま)なく、その人(おろか)にもあらで才をもちふるに八二的(あた)るはまれなり。これらは八三顔子(がんし)が一(ぺう)(あぢは)ひをもしらず。かく()つるを、八四仏家(ぶつか)には前業(ぜんごふ)をもて説きしめし、八五儒門には天命と教ふ。もし未来あるときは、現世(げんぜ)の八六陰徳善功も八七来世のたのみありとして、人しばらくここに八八いきどほりを(やす)めん。されば富貴のみちは仏家にのみその(ことわり)をつくして、儒門の教は八九荒唐(くわうたう)なりとやせん。九〇(かみ)も仏の教にこそ九一憑()らせ給ふらめ。九二否(いな)ならば(つばら)にのべさせ給へ。

 翁いふ。君が問ひ給ふは、九三往古(いにしへ)より論じ尽さざることわりなり。かの仏の御法(みのり)を聞けば、九四富と貧しきは前生(さきのよ)脩否(よきあしき)によるとや。()は九五あらましなる教ぞかし。前生にありしときおのれをよく(をさ)め、慈悲の心(もは)らに、他人(ことひと)にもなさけふかく(まじは)りし人の、その善報によりて、今此の(しやう)に富貴の家にうまれきたり、おのがたからをたのみて九六他人(ことひと)にいきほひをふるひ、九七あらぬ狂言(まがごと)をいひののしり、あさましき九八夷(えびす)ごころをも見するは、前生(さきのよ)の善心かくまでなりくだる事はいかなるむくいのなせるにや。仏菩薩(ぶつぼさつ)九九名聞利要(みやうもんりえう)()み給ふとこそ聞きつる物を、など貧福の事に一〇〇(かかづら)ひ給ふべき。さるを富貴は前生(さきのよ)のおこなひの()かりし所、貧賤は()しかりしむくいとのみ説きなすは、一〇一尼媽(あまかか)(とら)かす一〇二なま仏法ぞかし。貧福をいはず、ひたすら善を()まん人は、その身に来らずとも、子孫はかならず幸福(さいはひ)()べし。一〇三宗廟(そうべう)これを()けて子孫これを(たも)つとは、此のことわりの細妙(くはしき)なり。おのれ善をなして、おのれその(むく)ひの来るを待つは(なほ)きこころにもあらずかし。又悪業(あくごふ)慳貪(けんどん)の人の()(さか)ふるのみかは、寿(いのち)めでたくその(をはり)をよくするは、一〇四我に(こと)なることわりあり。霎時(しばらく)聞かせたまへ。我今(かり)(かたち)をあらはして(かた)るといへども、神にあらず仏にあらず、もと一〇五非情(ひじやう)の物なれば人と異なる(こころ)あり。いにしへに富める人は、(あめ)の時に(かな)ひ、(くに)の利をあきらめて、一〇六産を治めて富貴となる。これ天の(まにまに)なる計策(たばかり)なれば、たからのここにあつまるも天のまにまになることわりなり。又一〇七卑吝(ひりん)貪酷(どんこう)の人は、金銀を見ては父母のごとくしたしみ、(くら)ふべきをも(くら)はず、一〇八穿()べきをも()ず、得がたきいのちさへ惜しとおもはで、起きておもひ臥してわすれねば、ここにあつまる事、一〇九まのあたりなることわりなり。我もと神にあらず仏にあらず、只これ非情なり。非情のものとして、人の善悪を(ただ)し、それにしたがふべきいはれなし。善を一一〇撫で悪を(つみ)するは、天なり、神なり、仏なり。一一一三ツのものは道なり。我がともがらのおよぶべきにあらず。只一一二かれらが一一三つかへ(かしづ)く事のうやうやしきにあつまるとしるべし。これ(かね)に霊あれども人とこころの異なる所なり。また富みて一一四善根を()うるにも一一五ゆゑなきに恵みほどこし、その人の不義をも(あきら)めず一一六借()しあたへたらん人は、善根なりとも(たから)はつひに散ずべし。これらは金の用を知りて、金の徳をしらず、かろくあつかふが故なり。又身のおこなひもよろしく、人にも志誠(まごころ)ありながら、一一七世に(せば)められてくるしむ人は、一一八天蒼氏(てんさうし)(たまもの)すくなくうまれ出でたるなれば、精神を労しても、一一九いのちのうちに富貴を得る事なし。さればこそいにしへの(かしこ)き人は、もとめて(やう)あればもとめ、益なくばもとめず、(おの)がこのむまにまに世を山林にのがれて、しづかに一生を終る。心のうち一二〇いかばかり(すず)しからんとはうらやみぬるぞ。かくいへど富貴のみちは(わざ)にして、一二一巧(たくみ)なるものはよく(あつ)め、不(せう)のものは瓦の解くるより(やす)し。(かつ)我がともがらは、人の生産(なりはひ)につきめぐりて、一二二たのみとする(ぬし)もさだまらず。ここにあつまるかとすれば、その(ぬし)のおこなひによりて、たちまちにかしこに走る。水のひくき方にかたぶくがごとし。一二三夜に昼にゆきくと()むときなし。ただ一二四閑人(むだびと)生産(なりはひ)もなくてあらば、一二五泰山(たいざん)もやがて()ひつくすべし。一二六江海(がうかい)もつひに飲みほすべし。いくたびもいふ、不徳の人のたからを積むは、一二七これとあらそふことわり、君子は論ずる事なかれ。一二八ときを得たらん人の、倹約を守りつひえを(はぶ)きてよく(つと)めんには、おのづから家富み人服すべし。我は仏家の前業(ぜんごふ)もしらず、儒門の天命にも(かかは)らず、一二九異なる(さかひ)にあそぶなりといふ。

 左内いよいよ興に乗じて、(れい)の議論きはめて一三〇妙なり。(ひさ)しき疑念(うたがひ)今夜(こよひ)(せう)じつくしぬ。(こころみ)にふたたび問はん。今一三一豊臣の威風四海を(なみ)し、一三二五畿七道一三三漸(やや)しづかなるに似たれども、一三四亡国の義士彼此(をちこち)(ひそ)(かく)れ、或は大国の(ぬし)に身を()せて世の(へん)をうかがひ、かねて一三五志(こころざし)()げんと(はか)る。民も又戦国の民なれば、一三六耒(すき)()てて(ほこ)()へ、一三七農事(なりはひ)をこととせず。士たるもの枕を高くして(ねむ)るべからず。今の(さま)にては長く不(きう)(まつりごと)にもあらじ。誰か一統して民をやすきに()らしめんや。又一三八誰にか(くみ)し給はんや。翁云ふ。これ又人道なれば我がしるべき所にあらず。只富貴をもて論ぜば、信玄(しんげん)がごとく智謀(はかりごと)(もも)が百(あた)らずといふ事なくて、一三九一生の威を三国に(ふる)ふのみ。しかも名将の聞えは世(こぞ)りて(しやう)ずる所なり。その末期(まつご)(ことば)に、一四〇当時信長は一四一果報いみじき大将なり。我平生(つね)(かれ)(あなど)りて征伐を怠り、一四二此の(やまひ)(かか)る。我が子孫も(やが)(かれ)(ほろぼ)されんといひしとなり。謙信(けんしん)は勇将なり。信玄死しては(あめ)が下に一四三対(つゐ)なし。不幸にして一四四遽(はや)(みまか)りぬ。信長の器量人にすぐれたれども、信玄の智に()かず、謙信の勇に劣れり。しかれども富貴を得て、天が下の事一(たび)は此の人に一四五依()ざす。一四六任ずるものを(はづかし)めて(いのち)(おと)すにて見れば、文武を兼ねしといふにもあらず。秀吉(ひでよし)(こころざし)(おほ)いなるも、一四七はじめより天地(あめつち)に満つるにもあらず。一四八柴田と丹羽(には)が富貴をうらやみて、羽柴と云ふ(うぢ)を設けしにてしるべし。今一四九竜(りよう)()して太虚(みそら)(のぼ)り、池中(ちちゆう)をわすれたるならずや。秀吉竜と化したれども一五〇蛟蜃(かうしん)(たぐひ)なり。一五一蛟蜃の竜と化したるは、寿(いのち)わづかに三歳(みとせ)を過ぎずと。これもはた後なからんか。それ(おごり)をもて治めたる世は、往古(いにしへ)より久しきを見ず。人の守るべきは倹約なれども、一五二過ぐるものは卑吝(ひりん)()つる。されば倹約と卑吝の(さかひ)よくわきまへて(つと)むべき物にこそ。今豊臣の(まつりごと)久しからずとも、万民(ばんみん)一五三和(にぎ)ははしく、戸々(ここ)に一五四千秋楽を(うた)はん事ちかきにあり。君が(のぞみ)にまかすべしとて八字の句を(うた)ふ。そのことばにいはく、

一五五堯(げうめい)日杲(ひにあきらかに)   百姓(ひやくせい)帰家(いへによる)

 数言(すげん)(きよう)()きて、遠寺(ゑんじ)(かね)一五六五更を告ぐる。夜(すで)()けぬ。(わか)れを給ふべし。こよひの長談(ながものがたり)まことに君が(ねむり)をさまたぐと、()ちてゆくやうなりしが、かき消して見えずなりにけり。

 左内つらつら一五七夜もすがらの事をおもひて、かの句を案ずるに、百姓(ひやくせい)家に()すの句、一五八粗(ほぼ)其の(こころ)を得て、ふかくここに一五九信(しん)(おこ)す。まことに一六〇瑞草(ずいさう)の瑞あるかな。

 雨月物語五之巻大尾

一六一安永五歳丙申一六二孟夏吉旦

寺町通五条上ル町

京都    梅村判兵衛

書肆

高麗橋筋壱町目

大坂    一六三野村長兵衛

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