13話 雨月物語 03 校注 雨月物語(13)
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一貧福論
二陸奧の国三蒲生氏郷の家に、四岡左内といふ武士あり。五禄おもく、誉たかく、六丈夫の名を七関の東に震ふ。此の士いと八偏固なる事あり。富貴をねがふ心、九常の武扁にひとしからず。倹約を宗として一〇家の掟をせしほどに、年を畳みて富み昌えけり。かつ一一軍を調練す間には、一二茶味翫香を娯まず。一三庁上なる所に許多の金を布き班べて、心を和むる事、世の人の月花にあそぶに勝れり。人みな左内が行跡をあやしみて、吝嗇一四野情の人なりとて、爪はじきをして悪みけり。
一五家に久しき男に一六黄金一枚かくし持ちたるものあるを聞きつけて、ちかく召していふ。一七崑山の璧もみだれたる世には瓦礫にひとし。かかる世にうまれて弓矢とらん躯には、一八棠谿墨陽の剣、一九さてはありたきもの財宝なり。されど良剣なりとて千人の敵には逆ふべからず。金の徳は天が下の人をも従へつべし。武士たるもの二〇漫にあつかふべからず。かならず貯へ蔵むべきなり。《なんぢ》賤しき身の分限に過ぎたる財を得たるは二一嗚呼の事なり。賞なくばあらじとて、十両の金を給ひ、二二刀をも赦して召しつかひけり。人これを伝へ聞きて、左内が金をあつむるは、二三長啄にして飽かざる類にはあらず。只当世の一奇士なりとぞ二四いひはやしける。
其の夜、左内が枕上に人の来たる音しけるに、目さめて見れば、二五灯台の下に、ちひさげなる翁の笑をふくみて座れり。左内枕をあげて、ここに来るは誰そ。我に二六糧からんとならば二七力量の男どもこそ参りつらめ。がやうの二八耄げたる形してねぶりを魘ひつるは、狐狸などのたはむるるにや。二九何のおぼえたる術かある。秋の夜の目さましに、三〇そと見せよとて、すこしも騒ぎたる三一容色なし。翁いふ。かく参りたるは、三二魑魅にあらず人にあらず。君が三三かしづき給ふ黄金の精霊なり。年来篤くもてなし給ふうれしさに、夜話せんとて推してまゐりたるなり。君が今日家の子を賞じ給ふに感でて、翁が思ふ三四こころばへをもかたり和まんとて、仮に化を見はし侍るが、十にひとつも益なき閑談ながら、三五いはざるは腹みつれば、わざとにまうでて眠をさまたげ侍る。
枕許に立った黄金の精に、左内が、体をおこして応待している図。「灯台」が行灯、黄金の精が「ちひさげなる翁」であることがわかる。(原本十三丁裏、十四丁表の挿絵)
さても富みて驕らぬは大聖の道なり。さるを世の悪きことばに、三六富めるものはかならず慳し。富めるものはおほく愚なりといふは、晋の三七石崇唐の三八王元宝がごとき、三九豺狼蛇蝎の徒のみをいへるなりけり。往古に富める人は、四〇天の時をはかり、地の利を察めて、おのづからなる富貴を得るなり。四一呂望、斉に封ぜられて民に産業を教ふれば、海方の人利に走りて四二ここに来朝ふ。四三管仲、四四九たび諸侯をあはせて、身は四五倍臣ながら富貴は列国の君に勝れり。四六范蠡、四七子貢、四八白圭が徒、四九財を鬻ぎ利を逐うて、巨万の金を畳みなす。これらの人をつらねて、五〇貨殖伝を書し侍るを、其のいふ所陋しとて、のちの博士筆を競うて謗るは、ふかく頴らざる人の語なり。五一恒の産なきは恒の心なし。五二百姓は勤めて穀を出し、工匠等修めてこれを助け、商賈務めて此を通はし、おのれおのれが五三産を治め家を富まして、祖を祭り子孫を謀る外、人たるもの何をか為さん。諺にもいへり。五四千金の子は市に死せず。五五富貴の人は王者とたのしみを同じうすとなん。まことに五六淵深ければ魚よくあそび、山長ければ獣よくそだつは、五七天の随なることわりなり。只、五八貧しうしてたのしむてふことばありて、五九字を学び韻を探る人の惑をとる端となりて、弓矢とるますら雄も富貴は国の基なるをわすれ、六〇あやしき計策をのみ調練ひて、ものを《やぶ》り人を傷ひ、おのが徳をうしなひて子孫を絶つは、財を薄んじて名をおもしとする惑なり。顧ふに名とたからともとむるに心ふたつある事なし。六一文字てふものに繋がれて、金の徳を薄んじては、みづから清潔と唱へ、六二鋤を揮うて棄てたる人を賢しといふ。さる人はかしこくとも、さる事は賢からじ。金は六三七のたからの最なり。土に《うも》れては霊泉を湛へ、不浄を除き、妙なる音を蔵せり。かく清きものの、いかなれば愚昧六四貪酷の人にのみ集ふべきやうなし。今夜此の憤りを吐きて年来のこころやりをなし侍る事の喜しさよといふ。
左内興じて席をすすみ、さてしもかたらせ給ふに、富貴の道のたかき事、己がつねにおもふ所露たがはずぞ侍る。ここに愚なる問事の侍るが、ねがふは詳にしめさせ給へ。今六五ことわらせ給ふは、専ら金の徳を薄しめ、富貴の大業なる事をしらざるを罪とし給ふなるが、かの六六紙魚がいふ所もゆゑなきにあらず。今の世に富めるものは、十が八ツまではおほかた貪酷残忍の人多し。おのれは俸禄に飽きたりながら、兄弟一属をはじめ、六七祖より久しくつかふるものの貧しきをすくふ事をもせず、となりに栖みつる人のいきほひをうしなひ、他の援けさへなく六八世にくだりしものの田畑をも、価を賤くして六九あながちに己がものとし、今おのれは村長とうやまはれても、むかしかりたる人のものをかへさず、礼ある人の席を譲れば、其の人を七〇奴のごとく見おとし、たまたま旧き友の寒暑を訪ひ来れば、物からんためかと疑ひて、宿にあらぬよしを応へさせつる類あまた見来りぬ。又君に忠なるかぎりをつくし、父母に七一孝廉の聞えあり、貴きをたふとみ、賤しきを扶くる意ありながら、七二三冬のさむきにも七三一裘に起臥し、七四三伏のあつきにも七五一葛を濯ぐいとまなく、年ゆたかなれども七六朝に《くれ》に一椀の粥にはらをみたしめ、さる人はもとより朋友の訪ふ事もなく、かへりて兄弟一属にも七七通を塞られ、まじはりを絶たれて、其の怨をうつたふる方さへなく、七八汲々として一生を終ふるもあり。さらばその人は作業に七九うときゆゑかと見れば、夙に起きおそくふして八〇性力を凝し、西にひがしに走りまどふ八一蹊さらに閑なく、その人愚にもあらで才をもちふるに八二的るはまれなり。これらは八三顔子が一瓢の味ひをもしらず。かく果つるを、八四仏家には前業をもて説きしめし、八五儒門には天命と教ふ。もし未来あるときは、現世の八六陰徳善功も八七来世のたのみありとして、人しばらくここに八八いきどほりを休めん。されば富貴のみちは仏家にのみその理をつくして、儒門の教は八九荒唐なりとやせん。九〇霊も仏の教にこそ九一憑らせ給ふらめ。九二否ならば詳にのべさせ給へ。
翁いふ。君が問ひ給ふは、九三往古より論じ尽さざることわりなり。かの仏の御法を聞けば、九四富と貧しきは前生の脩否によるとや。此は九五あらましなる教ぞかし。前生にありしときおのれをよく脩め、慈悲の心専らに、他人にもなさけふかく接りし人の、その善報によりて、今此の生に富貴の家にうまれきたり、おのがたからをたのみて九六他人にいきほひをふるひ、九七あらぬ狂言をいひののしり、あさましき九八夷ごころをも見するは、前生の善心かくまでなりくだる事はいかなるむくいのなせるにや。仏菩薩は九九名聞利要を嫌み給ふとこそ聞きつる物を、など貧福の事に一〇〇係ひ給ふべき。さるを富貴は前生のおこなひの善かりし所、貧賤は悪しかりしむくいとのみ説きなすは、一〇一尼媽を蕩かす一〇二なま仏法ぞかし。貧福をいはず、ひたすら善を積まん人は、その身に来らずとも、子孫はかならず幸福を得べし。一〇三宗廟これを饗けて子孫これを保つとは、此のことわりの細妙なり。おのれ善をなして、おのれその報ひの来るを待つは直きこころにもあらずかし。又悪業慳貪の人の富み昌ふるのみかは、寿めでたくその終をよくするは、一〇四我に異なることわりあり。霎時聞かせたまへ。我今仮に化をあらはして話るといへども、神にあらず仏にあらず、もと一〇五非情の物なれば人と異なる慮あり。いにしへに富める人は、天の時に合ひ、地の利をあきらめて、一〇六産を治めて富貴となる。これ天の随なる計策なれば、たからのここにあつまるも天のまにまになることわりなり。又一〇七卑吝貪酷の人は、金銀を見ては父母のごとくしたしみ、食ふべきをも喫はず、一〇八穿べきをも着ず、得がたきいのちさへ惜しとおもはで、起きておもひ臥してわすれねば、ここにあつまる事、一〇九まのあたりなることわりなり。我もと神にあらず仏にあらず、只これ非情なり。非情のものとして、人の善悪を糺し、それにしたがふべきいはれなし。善を一一〇撫で悪を罪するは、天なり、神なり、仏なり。一一一三ツのものは道なり。我がともがらのおよぶべきにあらず。只一一二かれらが一一三つかへ傅く事のうやうやしきにあつまるとしるべし。これ金に霊あれども人とこころの異なる所なり。また富みて一一四善根を種うるにも一一五ゆゑなきに恵みほどこし、その人の不義をも察めず一一六借しあたへたらん人は、善根なりとも財はつひに散ずべし。これらは金の用を知りて、金の徳をしらず、かろくあつかふが故なり。又身のおこなひもよろしく、人にも志誠ありながら、一一七世に窮められてくるしむ人は、一一八天蒼氏の賜すくなくうまれ出でたるなれば、精神を労しても、一一九いのちのうちに富貴を得る事なし。さればこそいにしへの賢き人は、もとめて益あればもとめ、益なくばもとめず、己がこのむまにまに世を山林にのがれて、しづかに一生を終る。心のうち一二〇いかばかり清しからんとはうらやみぬるぞ。かくいへど富貴のみちは術にして、一二一巧なるものはよく湊め、不肖のものは瓦の解くるより易し。且我がともがらは、人の生産につきめぐりて、一二二たのみとする主もさだまらず。ここにあつまるかとすれば、その主のおこなひによりて、たちまちにかしこに走る。水のひくき方にかたぶくがごとし。一二三夜に昼にゆきくと休むときなし。ただ一二四閑人の生産もなくてあらば、一二五泰山もやがて喫ひつくすべし。一二六江海もつひに飲みほすべし。いくたびもいふ、不徳の人のたからを積むは、一二七これとあらそふことわり、君子は論ずる事なかれ。一二八ときを得たらん人の、倹約を守りつひえを省きてよく務めんには、おのづから家富み人服すべし。我は仏家の前業もしらず、儒門の天命にも拘らず、一二九異なる境にあそぶなりといふ。
左内いよいよ興に乗じて、霊の議論きはめて一三〇妙なり。旧しき疑念も今夜に消じつくしぬ。試にふたたび問はん。今一三一豊臣の威風四海を靡し、一三二五畿七道一三三漸しづかなるに似たれども、一三四亡国の義士彼此に潜み竄れ、或は大国の主に身を托せて世の変をうかがひ、かねて一三五志を遂げんと策る。民も又戦国の民なれば、一三六耒を釈てて矛に易へ、一三七農事をこととせず。士たるもの枕を高くして眠るべからず。今の体にては長く不朽の政にもあらじ。誰か一統して民をやすきに居らしめんや。又一三八誰にか合し給はんや。翁云ふ。これ又人道なれば我がしるべき所にあらず。只富貴をもて論ぜば、信玄がごとく智謀は百が百的らずといふ事なくて、一三九一生の威を三国に震ふのみ。しかも名将の聞えは世挙りて賞ずる所なり。その末期の言に、一四〇当時信長は一四一果報いみじき大将なり。我平生に他を侮りて征伐を怠り、一四二此の疾に係る。我が子孫も即て他に亡されんといひしとなり。謙信は勇将なり。信玄死しては天が下に一四三対なし。不幸にして一四四遽く死りぬ。信長の器量人にすぐれたれども、信玄の智に及かず、謙信の勇に劣れり。しかれども富貴を得て、天が下の事一回は此の人に一四五依ざす。一四六任ずるものを辱めて命を殞すにて見れば、文武を兼ねしといふにもあらず。秀吉の志大いなるも、一四七はじめより天地に満つるにもあらず。一四八柴田と丹羽が富貴をうらやみて、羽柴と云ふ氏を設けしにてしるべし。今一四九竜と化して太虚に昇り、池中をわすれたるならずや。秀吉竜と化したれども一五〇蛟蜃の類なり。一五一蛟蜃の竜と化したるは、寿わづかに三歳を過ぎずと。これもはた後なからんか。それ驕をもて治めたる世は、往古より久しきを見ず。人の守るべきは倹約なれども、一五二過ぐるものは卑吝に陥つる。されば倹約と卑吝の境よくわきまへて務むべき物にこそ。今豊臣の政久しからずとも、万民一五三和ははしく、戸々に一五四千秋楽を唱はん事ちかきにあり。君が望にまかすべしとて八字の句を諷ふ。そのことばにいはく、
一五五堯日杲 百姓帰家
数言興尽きて、遠寺の鐘一五六五更を告ぐる。夜既に曙けぬ。別れを給ふべし。こよひの長談まことに君が眠をさまたぐと、起ちてゆくやうなりしが、かき消して見えずなりにけり。
左内つらつら一五七夜もすがらの事をおもひて、かの句を案ずるに、百姓家に帰すの句、一五八粗其の意を得て、ふかくここに一五九信を発す。まことに一六〇瑞草の瑞あるかな。
雨月物語五之巻大尾
一六一安永五歳丙申一六二孟夏吉旦
寺町通五条上ル町
京都 梅村判兵衛
書肆
高麗橋筋壱町目
大坂 一六三野村長兵衛