神鑿

15話 十五

1,381字 約3分 2007年9月19日 公開

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 で、其処(そこ)温泉宿(をんせんやど)だ、と(をし)へて、山間(やまあひ)(がけ)()(しげ)つた(ほそ)(みち)へ、……背負(せを)つて()た、(たけ)()びた雑木(ざうき)(まき)を、身躰(からだ)ごと(よこ)にして、ざつと(はい)つて()く。

 しばらく、ざわ/\と()つて()た。

 (きふ)(なん)だか(さび)しく()つて、(ゑひ)ざめのやうな身震(みぶる)ひが()た。(いそ)いで、燈火(ともしび)(あて)駆下(かけお)りる、と(おも)ひがけず、(ゆき)には(おぼ)えもない石壇(いしだん)があつて、(それ)下切(おりき)つた(ところ)宿(やど)(よこ)(なが)れる()()るやうな谿河(たにがは)だつた。――(おどろ)いたのは、(やま)(ふた)わかれの真中(まんなか)を、温泉宿(をんせんやど)(つらぬ)いて(なが)れる、()(かは)を、何時(いつ)()()へて、()城趾(しろあと)(はう)()たか(すこ)しも(おぼ)えが()い。

 (きし)づたひに、(いは)()んで後戻(あともど)りを()て、(はし)取着(とつゝき)宿(やど)(かへ)つた、――(これ)前刻(さつき)(わた)つて、(むか)(ごし)で、山路(やまみち)(はう)へ、あの(ばあ)さんの(みせ)()(はし)だつた。

『お(かへ)りなさいまし。』

(むか)廊下(らうか)から早足(はやあし)で、すた/\来懸(きかゝ)つた女中(ぢよちゆう)一人(ひとり)雪枝(ゆきえ)()立停(たちと)まつた。

御緩(ごゆつく)(さま)で、』と左側(ひだりがは)の、(たゝみ)五十畳(ごじふでふ)(ばか)りの、だゞつ(ぴろ)帳場(ちやうば)、……真中(まんなか)(おほき)()()つた、()自在留(じざいとめ)の、ト尾鰭(をひれ)()ねた(こひ)(かげ)から、でつぷり(ふと)つた(あか)(がほ)()して亭主(ていしゆ)()ふ。

同伴(つれ)(かへ)つたらうね。』と()いた(とき)雪枝(ゆきえ)()間違(まちがひ)()(こと)(しん)じながら、(なん)だか(むね)がドキ/\した。

奥方様(おくがたさま)で、はゝ、(なに)や、一寸(ちよいと)見申(みまを)せ。』と(あご)()けると、其処(そこ)()女中(ぢよちゆう)が、

御一所(ごいつしよ)では()かつたのでございますか。』

 で、ばた/\と廊下(らうか)を、()ぐに二階(にかい)駆上(かけあが)つた。

 何故(なぜ)雪枝(ゆきえ)他人(たにん)訪問(はうもん)()たやうな心持(こゝろもち)()つて、うつかり框際(かまちぎは)広土間(ひろどま)突立(つゝた)つて()た。

 山路(やまみち)から、(あと)()けて()たらしい(あらし)が、(たもと)をひら/\と(あふ)つて、(さつ)炉傍(ろばた)吹込(ふきこ)むと、(ともしび)下伏(したぶせ)(くら)()つて、()(なか)(あかる)()える。これが(くわつ)と、(かべ)(なら)んだ提灯(ちやうちん)(はこ)(うつ)る、と温泉(いでゆ)(かをり)(ぷん)とした。

 五六段(ごろくだん)階子(はしご)(のこ)して、女中(ぢよちゆう)廊下(らうか)(たか)(ところ)(かほ)()して、

『まだ、お(かへ)(あそ)ばしません。』

()りて()て、ちやんと(まを)さぬかい、(なん)ぢや、不作法(ぶさはふ)な。』と亭主(ていしゆ)炉端(ろばた)から上睨(うはにら)みを()る。

 雪枝(ゆきえ)一文字(いちもんじ)()(まへ)突切(つゝき)つて、階子段(はしごだん)駆上(かけあが)(ざま)に、女中(ぢよちゆう)摺違(すれちが)つて、

『そんな(はづ)()い。そんな、お(まへ)、』と(たしな)めるやうに()ひ/\飛上(とびあが)つたのであつた。

『それともお()へお()でなさいましてですか、お座敷(ざしき)には()らつしやいませんですよ。』と小走(こばし)りに()いて()る。

 (もと)より女中(ぢよちゆう)串戯(ぢやうだん)()ふわけは()い。()ないものは()ないので、座敷(ざしき)()ると、あとを片附(かたづ)けて掃出(はきだ)したらしく、きちんと()つて、()けたての(しん)(ほそ)めた台洋燈(だいらんぷ)が、(かげ)(おほ)きく(とこ)()()はして、片隅(かたすみ)二間(ふたま)(たゝ)んだ六枚折(ろくまいをり)屏風(びやうぶ)如何(いか)にも(さび)しい。

 ()して(たれ)()ない八畳(はちでふ)真中(まんなか)に、()双六巌(すごろくいは)()たと()紫縞(むらさきじま)座蒲団(ざぶとん)二枚(にまい)対坐(さしむかひ)()えて()つたのを一目(ひとめ)()ると、天窓(あたま)から(みづ)()びたやうに慄然(ぞつ)とした。此処(こゝ)へも(さつ)一嵐(ひとあらし)廊下(らうか)から()つて()座敷(ざしき)吹抜(ふきぬ)けて雨戸(あまど)をカタリと()らす。

 ()うして、お(うら)()かれるのが(きま)つた運命(うんめい)では()からうかと(おも)つた……

浴室(ゆどの)だ、浴室(ゆどの)だ。()ておいで。と女中(ぢよちゆう)追遣(おひや)つて、(たふ)()むやうに部屋(へや)(はい)つて、廊下(らうか)背後向(うしろむ)きに、火鉢(ひばち)(つかま)つて、ぶる/\と(ふる)へたんです。……老爺(おぢい)さん。」

雪枝(ゆきえ)片手(かたて)(むね)()いた。

亭主(ていしゆ)(あが)つて()ました。

『えゝ、一寸(ちよいと)引合(ひきあ)はせ(まを)しまする。(この)(をとこ)()の、明日(みやうにち)双六谷(すごろくだに)途中(とちゆう)まで御案内(ごあんない)しまするで。さあ、(ぬし)、お知己(ちかづき)()つて()けや。』と障子(しやうじ)(かげ)(しやが)んで()山男(やまをとこ)(かほ)()させる、と(これ)が、(いま)しがたつひ其処(そこ)まで(わたし)(おく)つてくれた(わか)いもの、……此方(こつち)其処(そこ)どころぢや()い。」

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