神鑿

22話 二十二

1,476字 約3分 2007年9月19日 公開

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 (たと)へば(まぼろし)(をんな)姿(すがた)(あこ)がるゝのは、(おひ)()()り、極楽(ごくらく)(のぞ)むと(おな)じと()る。けれども()姿(すがた)()やうには、……(ぬま)出掛(でか)けて、()手場(でば)(つくば)つて、(ある)刻限(こくげん)まで()たねばならぬ。で、屋根(やね)から(つき)()すやうな(わけ)には()かない。其処(そこ)で、(かせ)ぎも()活計(くらし)()てず、夜毎(よごと)(ぬま)(ばん)難行(なんぎやう)は、極楽(ごくらく)(まゐ)りたさに、身投(みな)げを()るも(おな)(こと)、と老爺(ぢゞい)苦笑(にがわら)ひをしながら()つた。

 そんなら、()手場(でば)()めにして、小家(こや)草鞋(わらぢ)でも(つく)れば(いゝ)が、因果(いんぐわ)()うは断念(あきら)められず、()()れると、そゝ髪立(がみた)つまで、()(たましひ)引窓(ひきまど)から()て、(じやう)(ぬま)()してふわ/\と(しろ)蝙蝠(かはほり)のやうに《さまよ》ひ()く。

 ()てよ、()うまで、(こゝろ)()かるゝのは、よも尋常(たゞ)ごとでは()るまい。(つた)()(ぬま)(なか)へは古城(こじやう)天守(てんしゆ)(さかさま)宿(やど)る……()祖先(そせん)(じゆつ)(ため)に、(あや)しき最後(さいご)()げた(をんな)が、子孫(しそん)(まつは)因縁事(いんねんごと)か。(それ)とも(とむ)らはれず()かばぬ(れい)が、無言(むごん)(うち)供養(くやう)(のぞ)むのであらうも()れぬ。(ひと)りでは(なに)しろ()(おも)い。(むら)(たれ)にかも()せて、(あや)しさを(たゞ)《しぶき》の(ごと)()らさう、と(ひと)()げぬのでは()いけれども、昼間(ひるま)さへ、()けて(よる)()つて、(じやう)(ぬま)三町四方(さんちやうしはう)寄附(よりつ)かうと()兄哥(せなあ)()らぬ。

 (ほと)んど我身(わがみ)()(あま)した(ころ)の、()()……

「お前様(めえさま)()はしつた坊主(ばうず)()て、のつそり()つた。や、これも(あや)しい。顔色(かほいろ)(あを)ざめた(すみ)法衣(ころも)の、がんばり入道(にふだう)(かげ)(うす)さも不気味(ぶきみ)和尚(をしやう)(なまづ)でも()けたか、と(おも)ふたが、――()く/\の次第(しだい)ぢや、御出家(ごしゆつけ)、……大方(おほかた)亡霊(ばうれい)廻向(えかう)(たの)むであらうと(おも)ふで、功徳(くどく)()め、丑満(うしみつ)まで此処(こゝ)にござつて引導(いんだう)(たの)むでがす。――(たび)疲労(つかれ)()らつしやらうか、(なん)なら、今夜(こんや)(わし)小家(こや)(やす)んで、明日(あす)(ばん)にも、と()ふたが、(それ)には(およ)ばぬ……()しや、(それ)真実(しんじつ)なら、片時(へんし)(はや)苦艱(くかん)(すく)ふて(しん)ぜたい。南無南無(なむなむ)(くち)(うち)(とな)うるで、饗応振(もてなしぶり)に、(わら)など()いて(すは)らせて、足代(あじろ)(うへ)黒坊主(くろばうず)入替(いれかは)つた。

 さあ、身代(みがは)りは出来(でき)たぞ! 一目(ひとめ)()(をんな)()され、即座(そくざ)法衣(ころも)()(いは)()つて、一寸(いつすん)(うご)けまい、と(やみ)夜道(よみち)()れた(みち)ぢや、すた/\と小家(こや)(かへ)つてのけた……

 翌朝(あけのあさ)(はや)握飯(にぎりめし)(こしら)へ、(たけ)(かは)(つゝ)みに()て、坊様(ばうさま)見舞(みまひ)()きつけ…(もや)(なか)(かげ)もねえだよ。

 はあ、よもや、とは(おも)ふたが、矢張(やつぱ)(なまづ)めが()せたげな。えゝ、(らち)もない、と()()けて、(また)番人(ばんにん)ぢや、と落胆(がつかり)したゞが、()(ばん)もう一度(いちど)()く、と()つとも()(よる)()けても、何時(いつも)(かげ)(うつ)らなんだ。四手(よつで)()げても(ほし)(かゝ)らず、(びん)()のする(しづく)()ちぬ。あゝ、引導(いんだう)(わた)したな。勿躰(もつたい)ない、名僧智識(めいそうちしき)()つたもの、と足代(あじろ)(わら)(いたゞ)いたゞがの、……(それ)では、お前様(めえさま)(わし)(あと)へござつて、()坊主(ばうず)(あは)しつたものだんべい。

 ……までは、はあ、(わか)つたが、(わし)(じやう)(ぬま)(みづ)(うつ)(をんな)()はじめたは(ひさし)以前(いぜん)ぢや。お前様(めえさま)湯治(たうぢ)にござつて、奥様(おくさま)行方(ゆきがた)()れなく()つたは、つひ()(ごろ)(こと)ではねえだか、坊様(ばうさま)何処(どこ)()いて、奥様(おくさま)(こと)づけを()たゞがの。」

(それ)坊様(ばうさん)()つたんです。()出家(しゆつけ)()ふには、

『……(ひと)()らぬが、此処(こゝ)()老人(らうじん)に、(みづ)(なか)姿(すがた)(あら)はす(まぼろし)(をんな)廻向(えかう)を、と(たの)まれて、出家(しゆつけ)(やく)ぢや、……(よひ)から念仏(ねんぶつ)(とな)へて()つ、と時刻(じこく)()た。

 大沼(おほぬま)(みづ)(たゞ)(かぜ)にも()らず(あめ)にも()らぬ、灰色(はいいろ)(くも)(たふ)れた(ひろ)亡体(なきがら)のやうに()えたのが、(みぎは)からはじめて、ひた/\と呼吸(いき)をし()した。ひた/\と()()した。(かすか)にひた/\と鳴出(なりだ)した。

 町方(まちかた)里近(さとちか)(かは)は、真夜中(まよなか)()ると(ながれ)(おと)()むと()ふが反対(あべこべ)ぢやな。()(ぬま)は、其時分(そのじぶん)から(うご)()す……呼吸(いき)全躰(ぜんたい)(かよ)ふたら、真中(まんなか)から、むつくと()きて、どつと洪水(こうずゐ)()りはせぬかと(おも)物凄(ものすご)さぢや。

 と()(なか)(なに)やら(こゑ)がする。』……と坊主(ばうず)()ひます。」

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