神鑿

9話

1,511字 約3分 2007年9月19日 公開

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(ちゝ)或県(あるけん)書記官(しよきくわん)でした。」

雪枝(ゆきえ)衣兜(かくし)()(はさ)んだ。

一年(あるとし)()()巡廻(じゆんくわい)した(こと)()ります。(わたくし)七才(なゝつ)(とき)です。()()(ころ)は、(いま)温泉(をんせん)()かつたやうですね。」

温泉(をんせん)(ひら)けたのは(ちか)(ころ)(こと)でがすよ。()うでがすとも。(まへ)から(さび)れては()ましつけえ、お(しろ)()まはりに、()だ、(まち)(かたち)(のこ)つた(ころ)は、温泉(をんせん)()かつけの。

 地震(ぢしん)(えら)(おつ)ぱだかつて、しやつきり(のこ)つたのはお天守(てんしゆ)ばかりぢや。人間(にんげん)(いへ)押転(おつころ)ばして、(ほり)半分(はんぶん)がた(うま)りましけ。(ふゆ)(こと)での、()前兆(ぜんてう)べい、八尺余(はつしやくよ)(つも)つた(ゆき)一晩(ひとばん)()けて、びしや/\と()えた。あれ(まつ)(あを)いわ、と()(うち)に、(てん)()赤黒(あかぐろ)()つて、()きものと()(いき)ものは、(どろ)(うへ)(およ)いだての。

 ()(ひゞ)きで、(いま)(ところ)へ、熱湯(ねつたう)湧出(わきだ)いた。ぢやがさ、天道(てんだう)(ひと)(ころ)さずかい。生命(いのち)だけは(たすか)つても、()はう()まうの分別(ふんべつ)()なんだ(ところ)温泉(をんせん)(さか)つて()たで、()うやら娑婆(しやば)(かたち)()つた。()のかはり、(もと)から(うはさ)(たか)かつたお天守(てんしゆ)()(へん)は、(ひと)寄附(よりつ)かぬ(すご)(ところ)()りましたよ。()さつせえ、いまに太陽様(おてんとうさま)()さつせえても、濠端(ほりばた)かけて城跡(しろあと)には、お前様(めえさま)私等(わしら)(ほか)には、人間(にんげん)らしい(かげ)もねえだ。偶々(たま/\)突立(つゝた)つて歩行(ある)くものは、(しやう)()くねえ、野良狐(のらぎつね)か、山猫(やまねこ)だよ。

 こんな(ところ)へ、(ぬし)(なん)として(また)姉様(あねさま)人形(にんぎやう)()れて()さつせえた。」

(それ)(じゆん)にお(はなし)しませう、」

雪枝(ゆきえ)一度(いちど)(ふさ)いだ()を、茫乎(ばう)()けて、

(ちゝ)()(ところ)巡廻(じゆんくわい)した(せつ)何処(どこ)山蔭(やまかげ)(ちひ)さな(だう)に、(うつくし)二十(はたち)ばかりの(をんな)の、(めづら)しい彫像(てうざう)()つたのを、(わたくし)玩弄(おもちや)にさせうと、堂守(だうもり)金子(かね)()つて、(とも)のものに()たせて(かへ)つたのを、(ほか)姉妹(きやうだい)もなし、(あね)さんが一人(ひとり)出来(でき)たやうに、(おぶ)つたり()いたり()ました。(おほき)(ざう)で、(めし)(とき)なんぞ、(なら)んで(すは)る、と七才(なゝつ)(とし)(わたくし)芥子坊主(けしばうず)より、づゝと(うへ)に、(かみ)(さが)つた島田(しまだ)(まげ)()えたんです。衣服(きもの)白無垢(しろむく)に、水浅黄(みづあさぎ)(ゑり)(かさ)ねて、袖口(そでくち)(つま)はづれは、矢張(やつぱり)(しろ)常夏(とこなつ)(はな)()らした長襦袢(ながじゆばん)らしく出来(でき)()て……(それ)(うへ)から()せたのではない。木彫(きぼり)彩色(さいしき)()たんです。が、不思議(ふしぎ)なのは、()白無垢(しろむく)()うして()いても(ちつ)とでも塵埃(ほこり)(たま)らず、(むし)(はい)も、(つい)(たか)つたことが()い。花畑(はなばたけ)へでも()いて()ると、綺麗(きれい)蝶々(てふ/\)は、(おび)()て、(とま)つたんです、()(ひと)不思議(ふしぎ)なのは、立像(りつざう)(きざ)んだのが、(ひざ)(やはら)かにすつと(すは)る。

 (そで)両方(りやうはう)から(ふり)()つて、(ちゝ)のあたりで、上下(うへした)両手(りやうて)(かさ)ねたのが、ふつくりして、(なか)(なに)(はい)つて()さうで、……()けて()つて、

(ねえ)さん、』と(つか)まつた(とき)なぞ、(かた)()れると、ころりん、ころりんと(それ)(じつ)に……(なん)とも微妙(びめう)()()(かすか)()る、……父母(ふたおや)をはじめ、()るほどのものは、(なん)だらう(なん)だらう、と()ひ/\したが、(ゆび)()らなくては(わか)らないから、無論(むろん)()けては()仕舞(じまひ)

 とう/\()彫像(てうざう)を――(なん)です――(ちゝ)暖炉(ストーブ)()べて()いたまでも(わか)らなかつたんです。

 ちら/\(ゆき)()晩方(ばんがた)でした。……(わたくし)は、小児(こども)群食(むらぐひ)で、(ほし)くない。両親(りやうしん)卓子(ていぶる)対向(さしむか)ひで晩飯(ばんめし)()べて()た。其処(そこ)へ、彫像(てうざう)(おぶ)つて(はい)つたんですが、西洋室(せいやうま)(ひらき)()けやうとして、

(ねえ)さん、』と仰向(あふむ)くと(うへ)から俯向(うつむ)いて()たやうに(おも)ふ、……廊下(らうか)(なが)い、黄昏時(たそがれどき)(ひらき)(きは)で、むら/\と(びん)()が、其時(そのとき)(そよ)いだやうに(おも)ひました。ぱつちりした()が、(まゆ)(した)で、睫毛(まつげ)(くろ)(またゝ)いたやうで。……」

 ()ながら、()のまゝ、(ひらき)()ける、と小児(こども)(せな)に、(すそ)後抱(うしろだき)にして()彫像(てうざう)(たけ)()つて、(まげ)が、天井裏(てんじやううら)(たか)(ところ)()えた。

 ト半靴(はんぐつ)(さき)()らした、母親(はゝおや)(しろ)(あし)卓子掛(ていぶるかけ)絨氈(じうたん)(あひだ)(うご)いた。(まど)(そと)(ゆき)()(ひかり)()でゝ、さら/\(おと)()さうに、(つき)()つて、植込(うゑこみ)(こずえ)がちら/\(くろ)い。烈々(れつ/\)()える暖炉(だんろ)のほてりで、(あか)(かほ)の、小刀(ナイフ)()つたまゝ頤杖(あごづゑ)をついて、仰向(あふむ)いて、ひよいと此方(こちら)()いた(ちゝ)(かほ)真蒼(まつさを)()つた。

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