5話 現代の青年にはこの悪い習慣がある
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厳格なる意味に於ていえば、この事実本位の読書法は無論変則的であるかは知らぬけれども、実際の活智識を収容する上に於ては書籍本位のそれよりも有効である。
我輩等の育った旧幕時代には、各藩とも御儒者というものがあって、読書講釈を専業とし、口癖のように修斎平治を説いていたけれども、その言うところはただ書物の上の穿鑿にとどまり、毫も実際に接触しなかったので何の役にも立たず、儒者といえば呆痴者の異名の如く思わせたものだが、今日の新学問は無論昔の儒学などと同日に論ずべきものでないとしても、学究先生が書籍本位の読書法は、ややもすると実際にかけ離れて、空疎迂遠の弊に流れる傾きがある。
其処になると実際的活動家が社会の事実によりて得たる経験と修練とを基礎とし、その力によりて読書するのは直ちに事実と思想、経験と理論とを連結せしめて活溌溌地の作用をなすことが出来る。ただこの種の人が読書せざるを病とする。
一体我が国の青年には、至って悪い習慣がある。彼等は学校にいる間は随分勉強もすれば読書もするが、足一度学校を去りて実際社会に出ると、書籍などは一切束ねてしまって振り向いて見ず、その癖不健全なる娯楽には随分憂身を窶して、これがために身心の打ち壊れるを知らず、とかくする中、社会の進運に振捨てられて無用の長物となってしまうが、いずれもそれほど六ヶ敷いことではない。新刊書なり新聞雑誌なり、時代の趨勢を知るものを備えて、業務の暇に新智識の吸収に努めたならどんなものであろうか。我輩は年老いたりといえども、まだまだ今の若いものなどに後れを取らぬつもりである。