福沢先生の処世主義と我輩の処世主義

7話 先生と我輩の交際

415字 約1分 2018年2月3日 公開

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 福沢先生も凡人主義、我輩も凡人主義、()かも初め軽蔑し喧嘩したものが、意気相投じて交際したのだから、その交際たるや愈々(いよいよ)深くなって来た。それで我輩も先生を()えば先生も宅へ遊びに来る。先生が来れば妻が酌をして酒を飲ませる。我輩が行けば奥さんなりお嬢さんなりの酌で飲むという次第で、ほとんど親族同士の懇意さになって来た。

 それでいて両人の社会に対するところは同一事、俗界の役人なる我輩が法令訓令命令を以て国内を治め、政府の力で国を文明に導こうという趣向を凝らすと、先生は教育の立場から功利主義を皷吹(こすい)して、一生懸命に文明思想の注入に(つと)める。学校の講壇でも社会に発表する文章の上にも、また各所で行った演説の上にも、しきりに着実にして根蔕(こんたい)深き功利主義を皷吹したものだ。で交われば交わるほど先生の人格と学殖とに感心した。ことに先生は我輩より年齢も五つ六つ上であるしするので初めは同輩として交わった我輩も漸々先生を先輩として尊敬するようになった。

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