十万石

1話 上(1)

4,672字 約9分 2011年9月20日 公開

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 こゝに信州(しんしう)六文錢(ろくもんせん)世々(よゝ)英勇(えいゆう)(いへ)なること(ひと)()()(ところ)なり。はじめ武田家(たけだけ)旗下(きか)として武名(ぶめい)遠近(ゑんきん)(とゞろ)きしが、勝頼(かつより)滅亡(めつばう)(のち)(とし)()徳川氏(とくがはし)歸順(きじゆん)しつ。松代(まつしろ)十萬石(じふまんごく)世襲(せしふ)して、(まつ)()(づめ)歴々(れき/\)たり。

 寶暦(はうれき)(ころ)當城(たうじやう)(あるじ)眞田伊豆守幸豐公(さなだいづのかみゆきとよぎみ)(よはひ)わづかに十五ながら、(さい)(びん)に、(とく)(たか)く、聰明(そうめい)敏達(びんたつ)(きこ)(たか)かりける。

 (ひる)終日(ひねもす)兵術(へいじゆつ)(しう)し、(よる)燈下(とうか)先哲(せんてつ)()として、治亂(ちらん)興廢(こうはい)()(かう)ずるなど、(すこぶ)(いにしへ)賢主(けんしゆ)(ふう)あり。

 忠實(まめやか)(つか)へたる何某(なにがし)とかやいへりし近侍(きんじ)武士(ぶし)(きみ)(おも)ふことの(せつ)なるより、御身(おんみ)健康(けんかう)憂慮(きづか)ひて、一時(あるとき)御前(ごぜん)罷出(まかりい)で、「(きみ)學問(がくもん)(みち)寢食(しんしよく)(わす)(たま)ふは、至極(しごく)結構(けつこう)()にて、とやかく申上(まをしあ)げむ(ことば)もなく(さふら)へども()御心遣(おんこゝろやり)(すべ)(さふら)はでは、(あま)りに御氣(おき)(つま)りて千金(せんきん)御身(おんみ)にさはりとも相成(あひな)らむ。折節(をりふし)(なに)をがな御慰(おんなぐさみ)(あそ)ばされむこと(ねが)はしく(さふらふ)」と申上(まをしあ)げたり。

 幼君(えうくん)御機嫌(ごきげん)(うる)はしく、「よくぞ心附(こゝろづ)けたる。()(かね)てより(おも)はぬにはあらねど、(べつ)(しか)るべき(たはむれ)もなくてやみぬ。(なんぢ)(なん)なりとも思附(おもひつき)あらば(まを)して()よ。」と打解(うちと)けて(まを)さるゝ。「さればにて(さふらふ)別段(べつだん)(これ)(まを)して(きみ)(すゝ)(たてまつ)るほどのものも(さふら)はねど不圖(ふと)思附(おもひつ)きたるは飼鳥(かひどり)(さふらふ)(あれ)(あそ)ばして御覽候(ごらんさふら)へ」といふ。幼君(えうくん)、「飼鳥(かひどり)はよきものか」と()はせ(たま)へば、「いかにも御慰(おんなぐさみ)になり(まを)すべし。第一(だいいち)眼覺(めざめ)(ため)(よろ)しからむ。いかにと(まを)せば彼等(かれら)早朝(まだき)(とき)(さだ)めて、ちよ/\と囀出(さへづりい)だすを(しほ)御寢室(ごしんしつ)(いで)させ(たま)はむには自然(しぜん)御眠氣(おねむけ)もあらせられず、御心地(おんこゝち)(よろ)しかるべし」といふ。幼君(えうくん)思召(おぼしめし)(かな)ひけん、「(しか)らば(こゝろ)みに()ふべきなり。萬事(ばんじ)(なんぢ)(まか)すあひだ()きに(はから)()させよ」とのたまひぬ。

 (かしこ)まりて何某(なにがし)より、鳥籠(とりかご)(たか)七尺(しちしやく)(なが)二尺(にしやく)(はゞ)六尺(ろくしやく)(つく)りて、溜塗(ためぬり)になし、金具(かなぐ)()ゑ、立派(りつぱ)仕上(しあ)ぐるやう作事奉行(さくじぶぎやう)申渡(まをしわた)せば、奉行(ぶぎやう)其旨(そのむね)(うけたまは)りて、早速(さつそく)城下(じやうか)より細工人(さいくにん)上手(じやうず)なるを召出(めしい)だし、君御用(きみごよう)(しな)なれば費用(ひよう)(かま)はず(いそ)(つく)りて(まゐ)らすべしと(めい)じてより七日(なのか)()出來(しゆつたい)しけるを、御居室(おんゐま)(えん)舁据(かきす)ゑたるが、善美(ぜんび)(つく)して、()(おどろ)かすばかりなりけり。

 幼君(えうくん)これを御覽(ごらう)じて、(うれ)しげに()えたまへば、(かの)(すゝ)めたる何某(なにがし)面目(めんぼく)(ほどこ)して、(くだん)(かご)左瞻右瞻(とみかうみ)、「よくこそしたれ」と賞美(しやうび)して、御喜悦(おんよろこび)申上(まをしあ)ぐる。幼君(えうくん)其時(そのとき)「これにてよきか」と()(もの)(たづ)ねたまへり。「天晴(あつぱれ)此上(このうへ)()(さふらふ)」と只管(ひたすら)()(たゝ)へつ。幼君(えうくん)かさねて、「いかに(なんじ)(こゝろ)(かな)へるか、」とのたまひける。「おほせまでも(さふら)はず、江戸表(えどおもて)にて將軍(しやうぐん)御手飼(おてがひ)鳥籠(とりかご)たりとも此上(このうへ)(なん)とか(つかまつ)らむ、日本一(につぽんいち)にて(さふらふ)。」と餘念(よねん)()(てい)なり。

(なんぢ)(こゝろ)()しと(おも)はば()(それ)にて()し、」と幼君(えうくん)滿足(まんぞく)して()(たま)へば、「(しか)らば國中(こくちう)鳥屋(とりや)申附(まをしつ)けあらゆる小鳥(ことり)才覺(さいかく)いたして(はや)御慰(おなぐさみ)(そな)(たてまつ)らむ、」と勇立(いさみた)てば、「(いや)(おつ)てのことにせむ、()(その)まゝに差置(さしお)け、」とて(いそ)がせたまふ氣色(けしき)()し。何某(なにがし)不審氣(いぶかしげ)跪坐(ついゐ)たるに、幼君(えうくん)、「()(なんぢ)()()りたり。(なんぢ)()しと(おも)ふことならば()(なに)にても()し、(ちと)(かは)りたる(のぞみ)なるが、(なんぢ)思附(おもひつき)獻立(こんだて)仕立(した)てて一膳(いちぜん)()(こゝろ)みしめよ」といかにも(かは)りたる御望(おんのぞみ)彼者(かのもの)迷惑(めいわく)して、「つひに獻立(こんだて)(つかまつ)りたる(おぼ)えござなく、其道(そのみち)(いさゝか)心得候(こゝろえさふら)はねば、不調法(ぶてうはふ)(さふらふ)此儀(このぎ)何卒(なにとぞ)餘人(よじん)御申下(おんまをしくだ)さるべし」と(こう)じたる(さま)なりけり。

 幼君(えうくん)、「(いや)()(なんぢ)()()りたれば、餘人(よじん)にては()()らず、獻立(こんだて)如何樣(いかやう)にても()し、(およ)(なんぢ)(こゝろ)にて(これ)ならば()しと(おも)はば(それ)にて()きなり、(みづか)(うま)しと(ぞん)ずるものを()(かま)はず(つかまつ)れ」とまた他事(たじ)()くおほすれば、不得止(やむをえず)(かしこ)まり(さふらふ)」と御請申(おうけまを)して退出(まかんで)ける。

 さて御料理番(おれうりばん)折入(をりい)つて、とやせむかくやせむと評議(ひやうぎ)(うへ)一通(いツつう)獻立(こんだて)書附(かきつけ)にして差上(さしあ)げたり。幼君(えうくん)たゞちに御披見(ごひけん)ありて、「こは一段(いちだん)思附(おもひつき)面白(おもしろ)取合(とりあは)せなり。如何(いか)(なんぢ)(こゝろ)にもこれにて()しと(おも)へるか」と御尋(おたづね)に、はツと平伏(へいふく)して、「(わたくし)不調法(ぶてうはふ)にていたし(かた)ござなく、(それ)精一杯(せいいつぱい)(さふらふ)」と(ひたひ)(あせ)して(きこ)()ぐる。幼君(えうくん)莞爾(につこ)打笑(うちゑ)(たま)ひて、「()し、(なんぢ)(こゝろ)にさへ()しと(おも)はば滿足(まんぞく)せり。此通(このとほり)獻立(こんだて)二人前(ににんまへ)明日(みやうにち)晝食(ちうじき)(こしら)ふるやう、料理番(れうりばん)申置(まをしお)くべし、(なに)かと心遣(こゝろづか)ひいたさせたり、休息(きうそく)せよ」とて()げられたりける。

 さて其翌日(そのよくじつ)()(さく)御獻立(ごこんだて)出來上(できあが)(さふらふ)(はや)めさせ(たま)ふべきか」と御膳部方(ごぜんぶかた)より(うかゞ)へば、しばしとありて、()何某(なにがし)御前(ごぜん)()させられ、「(ちか)きうちに(とり)()れむと(おも)ふなり。()鳥籠(とりかご)()()けて()せよ」とある。

 縁側(えんがは)()きて()(ひら)き、「いざ御覽(ごらん)(あそ)ばさるべし」と()(つか)ふ。「一寸(ちよいと)其中(そのなか)(はひ)つて()よ」と口輕(くちがる)(まを)されければ、()(をとこ)ハツといひて何心(なにごころ)なく(かご)(はひ)る。幼君(えうくん)これを見給(みたま)ひて、「さても()恰好(かつかう)かな」と()()ちてのたまへば「なるほど(よろ)しく(さふらふ)」と(かご)(なか)にて(こた)へたり。

 幼君(えうくん)心地(こゝち)よくば(それ)()煙草(たばこ)なと()うて()せよ。それ/\」と、坊主(ばうず)をして煙草盆(たばこぼん)(つか)はしたまふに、()(をとこ)(すこ)しく狼狽(うろた)へ、「こはそも、(それ)()かせたまへ」と(あわた)だしく()でむとすれば、「いや/\其處(そこ)にて煙草(たばこ)()(こゝろ)長閑(のどか)(はな)せよかし」と人弱(ひとよわ)らせの御慰(おなぐさみ)(かしこ)くは()えたまへど(いま)御幼年(ごえうねん)にましましけり。

 (かご)(なか)なる何某(なにがし)()づるにも()でられず、(おほ)せに(そむ)かば御咎(おとが)めあらむと、まじ/\として煙草(たばこ)()へば、幼君(えうくん)左右(さいう)(かへり)(たま)ひ、「(いま)こそ(かね)申置(まをしおき)たる二人前(ににんまへ)料理(れうり)()(まゐ)れ」と(めい)ぜらる。(すで)獻立(こんだて)して()ちたれば(たゞ)ちに膳部(ぜんぶ)御前(ごぜん)(さゝ)げつ。「いま一膳(いちぜん)はいかゞ(つかまつ)らむ」と(うかゞ)へば、幼君(えうくん)「さればなり(その)(ぜん)(かご)(なか)(つか)はせ」との御意(ぎよい)役人(やくにん)(いぶか)しきことかなと御顏(おんかほ)(みまも)りて猶豫(ためら)へり。

 幼君(えうくん)眞顏(まがほ)にて、「(くる)しからず、(はや)(つか)はせ」と(うなが)(たま)ふ。さては仔細(しさい)のあることぞと籠中(かごのなか)(ひと)(もた)らせたり。彼男(かのをとこ)(いた)(こう)じ、()置處(おきどころ)()(さま)にて、冷汗(ひやあせ)()きてぞ(かしこま)りたる。

 爾時(そのとき)幼君(えうくん)おほせには、「(なんぢ)獻立(こんだて)せし料理(れうり)なれば、(さぞ)(うま)からむ、()此處(こゝ)にて(こゝろ)むべし」とて御箸(おんはし)()らせ(たま)へば、(おそ)る/\「御料理(おんれうり)(くだ)さる(だん)冥加(みやうが)()(あま)(さふら)へども、此中(このなか)にて(たま)はる()は、(ひら)御免(ごめん)(くだ)されたし」と(わび)しげに申上(まをしあ)ぐれば、幼君(えうくん)、「(なに)(なぐさみ)なり、辭退(じたい)せず、其中(そのなか)にて相伴(しやうばん)せよ」と()つての(おほせ)

 (なぐさみ)にとのたまふにぞ、(くる)しき御伽(おんとぎ)(つと)むると(おも)ひつも、(いし)()み、(すな)()むる心地(こゝち)して、珍菜(ちんさい)佳肴(かかう)(あぢはひ)()く、やう/\に伴食(しやうばん)すれば、幼君(えうくん)(いた)(きよう)(たま)ひ、「(なん)なりとも()(かな)ひたるを、(あく)まで(しよく)すべし」と強附(しひつ)け/\、御菓子(おんくわし)濃茶(こいちや)薄茶(うすちや)、などを籠中(かごのなか)(ところ)(せま)きまで(たま)はりつ。とかくして食事(しよくじ)(をは)れば、(つゞ)きてはじまる四方山(よもやま)御物語(おんものがたり)

 一時餘(いつときあまり)()ちぬれども()でよとはのたまはず、はた()だし(たま)ふべき樣子(やうす)もなし。彼者(かのもの)堪兼(たまりか)ねて、「最早(もはや)御出(おだ)(くだ)さるべし、御慈悲(ごじひ)(さふらふ)」と()(たてまつ)る。

 幼君(えうくん)きつとならせ(たま)ひて、「(けつ)して()づることあひならず一生(いつしやう)其中(そのなか)にて(くら)すべし」と(おもて)(たゞ)してのたまふ氣色(けしき)(たはむれ)とも(おも)はれねば、何某(なにがし)(あまり)のことに(ことば)()でず、(かほ)(いろ)さへ(あを)ざめたり。

 幼君(えうくん)「さて(なん)にても(しよく)(この)むべし、いふがまゝに(あた)ふべきぞ、退屈(たいくつ)ならば其中(そのなか)にて(うたひ)(まひ)勝手(かつて)たるべし。たゞ兩便(りやうべん)(よう)()(ほか)(そと)()づることを(ゆる)さず」と言棄(いひす)てて()()(たま)ひぬ。

 御側(おそば)面々(めん/\)鳥籠(とりかご)をぐるりと取卷(とりま)き、「御難澁(ごなんじふ)のほど(さつ)()る、さて/\御氣(おき)(どく)のいたり」と(なぐさ)むるもあり、また、「これも御奉公(ごほうこう)なれば怠懈(おこたり)()御勤(おつとめ)あるべし、(かみ)御慰(おんなぐさみ)にならるゝばかり、(べつ)煩雜(わづらは)しき御用(ごよう)のあるにあらず、(しよく)御好次第(おこのみしだい)()るも(おき)るも御心(おこゝろ)まかせ、さりとは(うらや)ましき御境遇(ごきやうぐう)(さふらふ)」と戲言(ざれごと)()ひて(わら)ふもあり、(はなはだ)しきに(いた)りては、「いかに方々(かた/″\)御前(ごぜん)(まを)し、何某殿(なにがしどの)御内室(ごないしつ)をも一所(いつしよ)此中(このなか)()(まを)さむか、雌雄(つがひ)ならでは風情(ふぜい)なく(さふらふ)」などと散々(さん/″\)

 籠中(かごのなか)(ひと)(こゑ)(ふる)はし、「お(ひと)(わる)い、(かゝ)難儀(なんぎ)(きよう)がりてなぶり(たま)ふは何事(なにごと)ぞ。(きみ)御心(おんこゝろ)はいかならむ、(まこと)心細(こゝろぼそ)くなり(さふらふ)」と年效(としがひ)もなく(なみだ)(なが)す、御傍(おそば)面々(めん/\)笑止(せうし)(おも)ひ、「いや、さまでに憂慮(きづかひ)あるな、(きみ)御戲(おたはむれ)(さふら)はむ、我等(われら)おとりなし(まを)すべし」といふ。「頼入候(たのみいりさふらふ)」と()(あは)さぬばかりになむ。

 それより一同(いちどう)種々(いろ/\)(まを)して(かれ)御前(ごぜん)にわびたりければ、幼君(えうくん)ふたゝび御出座(ごしゆつざ)ありて、籠中(かごのなか)(ひと)(むか)はせられ、「其方(そのはう)さほどまでに(くる)しきか」とあれば、「いかにも堪難(たへがた)(さふらふ)飼鳥(かひどり)をお(すゝ)(まを)せしは(わたくし)一世(いつせい)過失(あやまち)御宥免(ごいうめん)ありたし」と只管(ひたすら)にわび(たてまつ)りぬ。「(しか)らば()でよ。(あへ)(なんぢ)(くるし)めて(なぐさ)みにせむ所存(しよぞん)はあらず」と(ゆる)(たま)ふに、()(よろこ)び、()(おそ)れ、(かご)よりはふはふの(てい)にてにじり()でたり。「(ちか)()い、申聞(まをしき)かすことあり、(みな)(もの)もこれへ(まゐ)れ」と御聲懸(おこゑがかり)に、御次(おつぎ)(ひか)へし面々(めん/\)(のこ)らず左右(さいう)相詰(あひつ)むる。

 伊豆守幸豐君(いづのかみゆきとよぎみ)御手(おんて)(ひざ)()(たま)ひ、(かうべ)得上(えあ)げで平伏(へいふく)せる()何某(なにがし)をきつと()て、「よくものを(かんが)()よ、(なんぢ)(つね)()まへる(ところ)()らず、六疊(ろくでふ)か、八疊(はちでふ)か、(ひろ)さも十疊(じふでふ)()ぎざるべし。(それ)(くら)べて()(とき)は、鳥籠(とりかご)(なか)(せま)けれども、二疊(にでふ)ばかりあるらむを、(なんぢ)一人(ひとり)寢起(ねおき)にはよも堪難(たへがた)きことあるまじ。其上(そのうへ)仕事(しごと)をさするにあらず、日夜(にちや)()まゝに(あそ)ばせて、食物(しよくもつ)望次第(のぞみしだい)(うみ)のもの、(やま)のもの、()ふにまかせて(あた)へむに、(かなし)理由(いはれ)()きはずなり。(しか)るに二時(ふたとき)(しの)ぶを()ず、(なみだ)(なが)して(きう)(うつた)へ、只管(ひたすら)(かご)()でむとわぶ、(なんぢ)すら其通(そのとほ)りぞ。()して鳥類(てうるゐ)廣大無邊(くわうだいむへん)天地(てんち)(いへ)とし、(やま)()けり、(うみ)(よこ)ぎり、自在(じざい)虚空(こくう)往來(わうらい)して、(こゝろ)のまゝに(しよく)()み、(おもむ)(ところ)(ねぐら)宿(やど)る。さるを(とら)へて(かご)(ふう)じて()ださずば、(その)窮屈(きうくつ)はいかならむ。また人工(じんこう)(たくみ)なるも、造化(ざうくわ)()には()くべからず、自然(しぜん)佳味(かみ)(ひと)(つく)らじ、されば、鳥籠(とりかご)()(つく)し、(こゝろ)(つく)して()()ふとも、いかで鳥類(てうるゐ)(こゝろ)(かな)ふべき。

 (いま)しも(なんぢ)(こゝろ)みつる、苦痛(くつう)(もつ)(すゐ)して()なり。渠等(かれら)とても(ひと)(こゝろ)(なに)(わか)ちのあるべきぞ。()(くるし)めて(なぐさ)まむは(こゝろ)ある(もの)のすべきことかは、いかに合點(がてん)のゆきたるか」と御年紀(おんとし)十五の若君(わかぎみ)御戒(おんいましめ)(ことわり)に、一統(いつとう)感歎(かんたん)(ひたひ)()げ、(たか)(しはぶき)する(もの)()く、さしもの廣室(ひろま)蕭條(せうでう)たり。まして飼鳥(かひどり)(すゝ)めし(をとこ)は、(きみ)御前(ごぜん)(ひと)(おも)はく、()えも()りたき心地(こゝち)せり。

 幼君(えうくん)(おもて)(やは)らげ(たま)ひ、「()()はば(なんぢ)(いた)面皮(めんぴ)()かむが、忠義(ちうぎ)のほどは(われ)()れり。平生(へいぜい)よく(つか)へくれ、()しきこととて(さら)()し、此度(このたび)(とり)(すゝ)めしも、()(おも)うての眞心(まごころ)なるを、(なに)とてあだに(おも)ふべき。(じつ)(うれ)しく(おも)ひしぞよ。さりながら飼鳥(かひどり)()遊戲(あそび)にあらざるを、(なんぢ)心附(こゝろづ)かざりけむ、()飼鳥(かひどり)(この)(もの)(みな)(その)不仁(ふじん)なるを()らざるなるべし、はじめよりしりぞけて(もち)ゐざらむは()ることながら、さしては折角(せつかく)(こゝろざし)()にして(なんぢ)忠心(まごころ)(あらは)れず、第一(だいいち)()がたしなみにならぬなり。(ひと)(こゝろ)(かは)(やす)き、(いま)しかく(さかしら)ぶりて、飼鳥(かひどり)()()ひつれど、明日(みやうにち)()らず(かさ)ねて(すゝ)むる(もの)ある(とき)は、(われ)また小鳥(ことり)(やしな)(こゝろ)になるまじきものにあらず、こゝを(おも)ひしゆゑにこそ(つみ)()(なんぢ)(くる)しめたり、されば今日(けふ)のことを()れる(もの)(たれ)同一(ひとし)遊戲(あそび)(すゝ)めむ。よし(すゝ)むるものあればとて、()(こゝろ)(なんぢ)()ぢなば、()()ふことをせまじきなり。(もと)より些細(ささい)のことながら萬事(ばんじ)()して()くの(ごと)けむ、向後(かうご)我身(わがみ)(つゝし)みのため、此上(このうへ)()記念(きねん)として、()鳥籠(とりかご)(とこ)()ゑ、()(なぐさ)みとなすべきぞ。(かゝ)風聞(ふうぶん)(きこ)えなば、一家中(いつかちう)()ふに(およ)ばず、領分内(りやうぶんない)百姓(ひやくしやう)まで(みな)(なんぢ)(かんが)みて、飼鳥(かひどり)遊戲(あそび)自然(しぜん)()むべし。さすれば無用(むよう)(つひえ)(せつ)せむ、(なんぢ)一人(いちにん)奉公(ほうこう)にて萬人(ばんにん)のためになりたるは、(おほ)得難(えがた)忠義(ちうぎ)ぞかし、(つみ)()(なんぢ)(はづか)しめつ、(さぞ)心外(しんぐわい)(おも)ひつらむが、()見棄(みす)てずば堪忍(かんにん)して、また此後(このご)(たの)むぞよ」(ねんごろ)にのたまひつも、目録(もくろく)()へて金子(きんす)十兩(じふりやう)其賞(そのしやう)として(たま)ひければ、一度(いちど)(うら)めしとも口惜(くやし)とも(おも)へりしが、(いま)(たゞ)(なみだ)にくれて、あはれ此君(このきみ)のためならば、こゝにて()なむと難有(ありがた)がる。一座(いちざ)老職(らうしよく)(かほ)見合(みあは)せ、年紀(とし)(はづ)かしく(おも)ひしとぞ。

 此君(このきみ)にして此臣(このしん)あり、十萬石(じふまんごく)政治(せいぢ)(たなそこ)(にぎ)りて富國強兵(ふこくきやうへい)(もと)(ひら)きし、恩田杢(おんだもく)は、幸豐公(ゆきとよぎみ)活眼(くわつがん)にて、擢出(ぬきんで)られし(ひと)にぞありける。

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