山國の山を、町へ掛けて、戸外の夜の色は、部室の裡からよく知れる。雲は暗からう……水はもの凄く白からう……空の所々に颯と藥研のやうなひゞが入つて、霰は其の中から、銀河の珠を碎くが如く迸る。
ハタと止めば、其の空の破れた處へ、むら/\と又一重冷い雲が累りかゝつて、薄墨色に縫合はせる、と風さへ、そよとのもの音も、蜜蝋を以て固く封じた如く、乾坤寂と成る。……
建着の惡い戸、障子、雨戸も、カタリとも響かず。鼬が覘くやうな、鼠が匍匐つたやうな、切つて填めた菱の實が、ト、べつかつこをして、ぺろりと黒い舌を吐くやうな、いや、念の入つた、雜多な隙間、破れ穴が、寒さにきり/\と齒を噛んで、呼吸を詰めて、うむと堪へて凍着くが、古家の煤にむせると、時々遣切れなく成つて、潛めた嚔、ハツと噴出しさうで不氣味な眞夜中。
板戸一つが直ぐ町の、店の八疊、古疊の眞中に机を置いて對向ひに、洋燈に額を突合はせた、友達と二人で、其の國の地誌略と云ふ、學校の教科書を讀んで居た。――其頃、風をなして行はれた試驗間際に徹夜の勉強、終夜と稱へて、氣の合つた同志が夜あかしに演習をする、なまけものの節季仕事と云ふのである。
一枚……二枚、と兩方で、ペエジを遣つ、取つして、眠氣ざましに聲を出して讀んで居たが、恁う夜が更けて、可恐しく陰氣に閉されると、低い聲さへ、びり/\と氷を削るやうに唇へきしんで響いた。
常さんと云ふお友達が、讀み掛けたのを、フツと留めて、
「民さん。」
と呼ぶ、……本を讀んでたとは、からりと調子が變つて、引入れられさうに滅入つて聞えた。
「……何、」
ト、一つ一つ、自分の睫が、紙の上へばら/\と溢れた、本の、片假名まじりに落葉する、山だの、谷だのを其まゝの字を、熟と相手に讀ませて、傍目も觸らず視て居たのが。
呼ばれて目を上げると、笠は破れて、紙を被せた、黄色に燻つたほやの上へ、眉の優しい額を見せた、頬のあたりが、ぽつと白く、朧夜に落ちた目かづらと云ふ顏色。
「寂しいねえ。」
「あゝ……」
「何時だねえ。」
「先刻二時うつたよ。眠く成つたの?」
對手は忽ち元氣づいた聲を出して、
「何、眠いもんか……だけどもねえ、今時分になると寂しいねえ。」
「其處に皆寢て居るもの……」
と云つた――大きな戸棚、と云つても先祖代々、刻み着けて何時が代にも動かした事のない、……其の横の襖一重の納戸の内には、民也の父と祖母とが寢て居た。
母は世を早うしたのである……
「常さんの許よりか寂しくはない。」
「何うして?」
「だつて、君の内はお邸だから、廣い座敷を二つも三つも通らないと、母さんや何か寢て居る部屋へ行けないんだもの。此の間、君の許で、徹夜をした時は、僕は、そりや、寂しかつた……」
「でもね、僕ン許は二階がないから……」
「二階が寂しい?」
と民也は眞黒な天井を。……
常さんの目も、齊しく仰いで、冷く光つた。