二た面

1話 送り猫

3,334字 約7分 2011年10月1日 公開

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 (はなし)(べつ)にある……色仕掛(いろじかけ)で、あはれな(むすめ)()(かは)()いだ元二(げんじ)()(やつ)()(あはせ)に一(まい)づゝ(おび)()へて質入(しちい)れにして、()(にぎ)つた金子(きんす)()としてある。

 ()の一()()のかはを()がれたために可惜(をし)や、お(はる)()()(むすめ)繼母(まゝはゝ)のために手酷(てひど)折檻(せつかん)()けて、身投(みな)げをしたが、(それ)(のち)(こと)(くだん)元二(げんじ)はあとをも()ないで、(むら)(ふた)松並木(まつなみき)一帳場(ひとちやうば)瓜井戸(うりゐど)(はら)(かゝ)つたのが(かれ)これ(よる)()(すぎ)であつた。

 若草(わかくさ)ながら廣野(ひろの)一面(いちめん)渺茫(べうばう)として(はて)しなく、(かすみ)()けてしろ/″\と天中(そら)(つき)はさし(のぼ)つたが、葉末(はずゑ)()かるゝ(われ)ばかり、(きつね)提灯(ちやうちん)()えないで、時々(とき/″\)むら(くも)のはら/\と(かゝ)るやうに處々(ところ/″\)(くさ)(うへ)()めるのはこゝに野飼(のがひ)(こま)(かげ)

 元二(げんじ)前途(ゆくて)見渡(みわた)して、(これ)から突張(つゝぱ)つて()()して瓜井戸(うりゐど)宿(やど)(はひ)るか、(こゝの)つを()したと()つては、旅籠屋(はたごや)(おこ)しても()めてはくれない、たしない路銀(ろぎん)江戸(えど)まで()くのに、女郎屋(ぢよらうや)()ふわけには()かず、まゝよとこんな(こと)はさて()れたもので、根笹(ねざさ)()けて、(くさ)(まくら)にころりと()たが、如何(いか)にも()(つき)

 (はる)()ながら()えるまで、(かげ)草葉(くさば)(うら)()く。()(ひかり)()()すので(かさ)()つて引被(ひつかぶ)つて、(あし)踏伸(ふみの)ばして、(ねむ)りかけるとニヤゴー、()きそれが耳許(みゝもと)で、小笹(こざさ)()()くのが(きこ)えた。

「や、念入(ねんい)りな(ところ)まで()つて()()てやあがつた。野猫(のねこ)()(こと)のない原場(はらつぱ)だが。」

 ニヤゴと(また)()く。(みゝ)についてうるさいから、しツ/\などと()つて、()ながら兩手(りやうて)でばた/\と()つたが、矢張(やはり)(きこ)える、ニヤゴ、ニヤゴーと(つゞ)くやうで。

「いけ可煩(うるせ)畜生(ちくしやう)ぢやねえか、畜生(ちくしやう)!」と、怒鳴(どな)つて、(かさ)(はら)つてむつくりと半身(はんしん)起上(おきあが)つて、()かして()ると(なに)()らぬ。()(くせ)四邊(あたり)にかくれるほどな、()()びた(くさ)(かげ)もなかつた。(つき)皎々(かう/\)として眞晝(まひる)かと(うたが)ふばかり、(はら)一面(いちめん)蒼海(あをうみ)()ぎたる景色(けしき)

 ト(いかり)一具(いちぐ)(すわ)つたやうに、(あひ)(けん)ばかり(へだ)てて、薄黒(うすぐろ)(かげ)(おと)して、(くさ)(なか)でくる/\と《まは》る(くるま)がある。はて、何時(いつ)()に、あんな(ところ)水車(すゐしや)()けたらう、と(ぢつ)()かすと、()うやら(いと)()(くるま)らしい。

 白鷺(しらさぎ)がすらりと(くび)()ばしたやうに、(くるま)のまはるに(したが)うて眞白(まつしろ)(いと)(つも)るのが、まざ/\と(しろ)い。

 何處(どこ)かで(かすか)に、ヒイと()(さけ)ぶ、うら(わか)(をんな)(こゑ)

 晝間(ひるま)あのお(はる)納戸(なんど)(いと)()つて()姿(すがた)猛然(まうぜん)思出(おもひだ)すと、矢張(やつぱ)啼留(なきや)まぬ(ねこ)()(こゑ)が、(かね)ての馴染(なじみ)でよく()つた、お(はる)撫擦(なでさす)つて可愛(かはい)がつた(くろ)()(ねこ)(こゑ)寸分(すんぶん)(ちが)はぬ。

(ゆめ)だ。」

 と(おも)ひながら瓜井戸(うりゐど)()眞中(まんなか)に、一人(ひとり)(あたま)から悚然(ぞつと)すると、する/\と(かすみ)()びるやうに、(かたち)()えないが、自分(じぶん)()まはりに(からま)つて()(ねこ)()(はう)へ、(まね)いて手繰(たぐ)られたやうに絲卷(いとまき)から(いと)()いたが、(はゞ)(たけ)(さつ)一條(ひとすぢ)伸擴(のびひろ)がつて、(かた)一捲(ひとまき)(どう)(から)んで。

「わツ。」

 と掻拂(かきはら)()をぐる/\()きに、二捲(ふたまき)()いてぎり/\と咽喉(のど)()める、()(しめ)らるゝ(くる)しさに、うむ、と(うめ)いて、(あし)(そら)ざまに仰反(そりかへ)る、と、膏汗(あぶらあせ)身體(からだ)(しぼ)つて、(さつ)()(かぜ)()()めた。

 (くさ)(まくら)()のまゝで、()やしら/″\と()(しら)む。(こま)(びん)がさら/\と(あさ)のづらに(ゆら)いで()える。

 (おそ)ろしいより、(ゆめ)()れて、(うれ)しさが(さき)()つた。暫時(しばし)茫然(ばうぜん)として()たが、膚脱(はだぬ)ぎに()つて大汗(おほあせ)をしつとり()いた、()手拭(てぬぐひ)(むか)顱卷(はちまき)をうんと()めて、()確乎(しつか)持直(もちなほ)して、すた/\と歩行出(あるきだ)す。

 野路(のみち)朝風(あさかぜ)(あし)(かる)く、さつ/\と()ぎて、瓜井戸(うりゐど)宿(やど)(はひ)つたのが、まだしら/″\あけで。

 宿(やど)入口(いりくち)井戸川(ゐどがは)()つて江戸川(えどがは)をなまつたやうな、(いさゝ)かもの()しさうな()(ながれ)があつた。(ふる)()(はし)(かゝ)つて()た。

 (もと)より()をやつす色氣(いろけ)十分(じふぶん)(をとこ)であるから、道中笠(だうちうがさ)(なか)ながら()やにのついた(かほ)は、茶店(ちやや)(ばゞあ)にも(のぞ)かせたくない。其處(そこ)で、でこぼこと足場(あしば)(わる)い、蒼苔(あをごけ)夜露(よつゆ)でつる/\と(すべ)る、(きし)石壇(いしだん)()んで()りて、(かさ)()いで、(きし)(くさ)へ、荷物(にもつ)()(うへ)顱卷(はちまき)をはづして、こゝで、生白(なましろ)素裸(すはだか)になつて、(はひ)つて(およ)がないばかりに、(あし)爪先(つまさき)まで綺麗(きれい)()いた。

 衣服(きもの)()(おび)()めて、やがて(しり)端折(はしを)らうと()(ころ)、ふと(はし)(うへ)()ると、堅氣(かたぎ)(おほ)いが、賣女屋(ばいぢよや)のある(ちひ)さな宿(やど)(なん)となく自墮落(じだらく)(ふう)()まると()えて、宿中(しゆくぢう)いづれも朝寢(あさね)らしい。

 (うま)のすゞ(ひと)つまだ()こえず、(とり)()ない、()(はし)欄干(らんかん)(うへ)に、黒猫(くろねこ)が一(ぴき)

 前後(ぜんご)(あし)(ぼん)でのそりと()まつて、筑波(つくば)(やま)朝霞(あさがすみ)に、むつくりと(かま)へながら、一(ぽん)前脚(まへあし)で、あの額際(ひたひぎは)から(はな)(さき)をちよい/\と、()(ごと)(くち)()のやうに()けて、ニタ/\(わら)ひで、(しも)(ながれ)()いて、()う、(かほ)(あら)ふ、と()所作(しよさ)()た。

畜生(ちくしやう)め。」

 それかあらぬか、昨夜(ゆうべ)耳許(みゝもと)でニヤゴ/\()いて、()のために可厭(いや)(ゆめ)()た。()(にく)さげな、高慢(かうまん)な、(ひと)馬鹿(ばか)にした(かたち)()うだい、總別(そうべつ)()()はない畜生(ちくしやう)だ、と()(こゝろ)から、石段(いしだん)()れた(かけら)(ひろ)つて、(ぞく)にねこと()ふ、川楊(かはやぎ)()がくれに、(ぢつ)(ねら)つて、ひしりと()げる、と(ひと)()せつけがましく此方(こつち)()い/\、(みぎ)のちよつかいを()つて()たが、畜生(ちくしやう)不意(ふい)()たれたらしい。

 (ひたひ)(かす)つて、(つぶて)(みゝ)(さき)へトンと(あた)つた。

 《かツ》と眞黄色(まつきいろ)()(ひか)らしたが、ギヤツと()いて、ひたりと欄干(らんかん)(した)刎返(はねかへ)る、と(はし)(つた)つて(つぶて)(はし)つた宿(やど)(なか)(かく)れたのである。

(ざま)()やがれ。」

 カアカア、アオウガアガアガア、と五六()(みづ)(うへ)(ひく)濡色(ぬれいろ)(からす)(くちばし)(くろ)()ぶ。ぐわた/\、かたり/\と(はし)(うへ)()荷車(にぐるま)

「お(はや)う。」

「や、お(はや)う。」と(こゑ)()けて、元二(げんじ)はすれ(ちが)ひに(はし)(わた)つた。

 それから、()りのある賣女屋(ばいぢよや)(まへ)(かさ)(かたむ)けて、狐鼠々々(こそ/\)(かく)れるやうにして(とほ)つたが、まだ何處(どこ)()きては()ない、(はる)(こまや)かに(もん)(とざ)して、大根(だいこん)(ゆめ)濃厚(こまやか)()瓜井戸(うりゐど)宿(しゆく)はづれに、()つと()を一(まい)()けた一膳(いちぜん)めし()(のき)(はひ)つた。

(なに)出來(でき)ますかね。」

 嬰兒(あかんぼ)亭主(ていしゆ)もごみ/\と露出(むきだし)一間(ひとま)(まくら)(なら)べて、晨起(あさおき)爺樣(ぢいさま)一人(ひとり)で、(かま)(した)(たき)つけて()(ところ)で。

「まだ、へい、()にもござりましねえね、いんま(わらび)のお(しる)がたけるだが、お(めし)昨日(きのふ)冷飯(ひやめし)だ、それでよくば()げますがね。」

結構(けつこう)だ、一(ぜん)()しておくんなさい、いや、どつこいしよ。」

 と店前(みせさき)縁側(えんがは)(かべ)立掛(たてか)けてあつた(やつ)を、元二(げんじ)自分(じぶん)据直(すゑなほ)して、(こし)()ける。

 其處(そこ)(ふる)ちよツけた能代(のしろ)(ぜん)(わん)(ぬり)嬰兒(あかんぼ)()()がしたか、と(きたな)らしいが、さすがに味噌汁(みそしる)()が、(ぷん)とすき(はら)をそゝつて(にほ)ふ。

「さあ、()らつせえまし、(わらび)自慢(じまん)だよ。これでもへい(うち)()ふではねえ。お客樣(きやくさま)()るだで、澤山(どつさり)沙魚(はぜ)(あたま)をだしに()れて()くだアからね。」

「あゝ、あゝ、そりや(とん)御馳走(ごちそう)だ。」

 と(はし)(さき)(つゝ)いて()て、

(たま)らねえ、去年(きよねん)沙魚(はぜ)()からびた(あたま)ばかり、(こゝ)にも妄念(まうねん)があると()えて、(きた)()いて(そろ)つて(くち)()けて()ら。(わらび)(どう)につけてうよ/\と這出(はひだ)しさうだ、ぺつ/\。」

 と、(あたま)だけ(ぜん)(すみ)へはさみ()すと、味噌(みそ)かすに青膨(あをぶく)れで、ぶよ/\とかさなつて、芥溜(ごみため)首塚(くびづか)()るやう、()()てられぬ。

 (それ)でも、げつそり()いた(はら)(しる)かけ(めし)で五(ぜん)()ふもの厚切(あつぎり)澤庵(たくあん)でばり/\と掻込(かつこ)んだ。生温(なまぬる)(ちや)をがぶ/″\と()つて、(ぢい)がはさみ()してくれる焚落(たきおと)しで、()(つゞ)けに煙草(たばこ)()んで、(おほい)人心地(ひとごこち)()いた元二(げんじ)

「あい、お(だい)()いたよ。」

「ゆつくらしてござらつせえ。」

「さて、出掛(でか)けよう。」

 と(いま)はたいたまゝで、元二(げんじ)が、財布(さいふ)出入(だしい)れをする(うち)縁側(えんがは)(はし)()いた煙管(きせる)()つて、兩提(りやうさげ)(つゝ)突込(つゝこ)まうとする(とき)縁臺(えんだい)(した)から、のそ/\と前脚(まへあし)(くろ)()()した一(ぴき)黒猫(くろねこ)がある。

 ト向直(むきなほ)つて、元二(げんじ)(かほ)をじろりと()るやうにして(まね)き、と()(かたち)(しやが)んだが、何故(なぜ)無法(むはふ)(にく)かつた。で、風呂敷包(ふろしきづつ)みと(かさ)()つて()ちながら、煙管(きせる)()のまゝ片手(かたて)()つて、づいと縁臺(えんだい)(はな)れて()つて()た。

 元二(げんじ)が、一膳(いちぜん)めし()(まへ)(はな)れて、振返(ふりかへ)る、と(くだん)黒猫(くろねこ)が、あとを、のそ/\と歩行(ある)いて()る。

 此處(こゝ)まで(こら)へたのは、飯屋(めしや)飼猫(かひねこ)だ、と(おも)つたからで。()う、(ぢい)さまの()(とゞ)かないのを見澄(みす)まして、

畜生(ちくしやう)。」

 と、雁首(がんくび)で、(ねこ)(ひたひ)をぴしりと()つた、ぎやつ、と(さけ)ぶと、(ねこ)(はす)かひに()んで、()や、其處(そこ)用水(ようすゐ)べりの田圃(たんぼ)()んだ。

「おさらばだい。」

 と、煙管(きせる)()く。とじり/\と吸込(すひこ)んで吹殼(ふきがら)のこそげ()いて()けない(やつ)、よこなぐりに、並木(なみき)(まつ)へトンと(はら)つて、(はな)(かすみ)江戸(えど)(そら)筑波(つくば)(よこ)(いそ)ぐ。

 トあれ()よ、()(かうべ)(した)つて、並木(なみき)(まつ)(えだ)から(えだ)へ、土蜘蛛(つちぐも)(ごと)黒猫(くろねこ)がぐる/\と()ひながら。

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