魔法罎

1話

1,291字 約3分 2011年10月9日 公開

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 (みね)()()(にじ)である、(たに)(にしき)(ふち)である。……信濃(しなの)(あき)山深(やまふか)く、(しも)()えた夕月(ゆふづき)(いろ)を、まあ、(なん)()はう。……(ながれ)銀鱗(ぎんりん)(りう)である。

 鮮紅(からくれなゐ)と、朱鷺(とき)と、桃色(もゝいろ)と、薄紅梅(うすこうばい)と、()と、(しゆ)と、くすんだ(かば)と、()えた()と、(さつ)點滴(したゝ)()(べに)と、(むらさき)(きり)山氣(さんき)()して、玲瓏(れいろう)として(うつ)る、窓々(まど/\)(あたか)()にし()田毎(たごと)(つき)のやうな汽車(きしや)(なか)から、はじめ遠山(とほやま)(くも)薄衣(うすぎぬ)(すそ)に、ちら/\と(しろ)く、()(つめた)(ひか)つて(はし)()した、()(みづ)(いろ)(はるか)(のぞ)んだ(とき)は、(にしき)(ふすま)()けた仙宮(せんきう)(ゆき)(うさぎ)()た。

 尾花(をばな)(しろ)い。尾上(をのへ)(はるか)に、(がけ)(なび)いて、堤防(どて)(のこ)り、稻束(いなづか)()つて、(くき)()(みだ)(みだ)れて(それ)蕎麥(そば)よりも(あか)いのに、()(ゆめ)のやうに(しろ)(まぼろし)にして(しか)も、()名殘(なごり)か、月影(つきかげ)か、晃々(きら/\)(つや)(はな)つて、(やま)(そで)に、(ふところ)に、(にしき)面影(おもかげ)()めた風情(ふぜい)は、山嶽(さんがく)色香(いろか)(おもひ)(くだ)いて、(こひ)棧橋(かけはし)()ちた蒼空(あをぞら)(くも)餘波(なごり)のやうである。

 (そら)()んで(かぜ)のない()で、尾花(をばな)(ぢつ)として(うご)かなかつたのに。……

 胡粉(ごふん)(わか)れた(みづ)(かげ)は、(しゆ)()藥研(やげん)水銀(すゐぎん)(まろ)ぶが(ごと)く、()(なが)れて、すら/\と(いと)()くのであつた。

 汽車(きしや)(すゝ)むに()れて、(みづ)(うね)るのが()れた。……()(うす)き、もみぢの(なか)を、(きり)(ひま)を、次第(しだい)(つき)(ひかり)()つて、(くも)()はるゝが(ごと)く、眞蒼(まつさを)(そら)(した)常磐木(ときはぎ)(あを)きがあれば、其處(そこ)に、すつと浮立(うきた)つて、(おと)もなく(たま)(ちら)す。

 (まど)もやゝ黄昏(たそが)れて、村里(むらざと)(かき)()(かる)くぱら/\と(くれなゐ)(はやし)(まぎ)れて、さま/″\のものの(みどり)黄色(きいろ)に、藁屋根(わらやね)(かば)なるも(あか)(くさ)(かげ)(しづ)む、(そこ)()(きり)(つや)()して、(つゆ)もこぼさす、(しも)()かず、(べに)笹色(さゝいろ)(よそほひ)(こら)して、月光(げつくわう)()けて二葉(ふたは)三葉(みは)、たゞ(べに)點滴(したゝ)(ごと)く、(みね)()ちつつ、(ふち)にも(しづ)まず(ひるがへ)る。

 ()る、(かぜ)なくして()(その)もみぢ()(かげ)()ゆるのは、棚田(たなだ)山田(やまだ)小田(をだ)彼方此方(あちこち)(きぬた)(ぬの)のなごりを(をし)んで《さまよ》ふ(さま)に、(たゝ)まれもせず、(なび)きも()てないで、(ちから)なげに、すら/\と末廣(すゑひろ)がりに(ほそ)(たゝず)(ゆふべ)(けむり)(なか)である。……(けむり)(とほ)いのは(ひと)かと()ゆる、(やま)(たましひ)かと()ゆる、(みね)(おもひもの)かと()ゆる、()()らし夕霧(ゆふぎり)(うす)()()く、(さと)美女(たをやめ)(かげ)かとも(なが)めらるゝ。

 (みづ)ある(うへ)には、(よこ)(わた)つて(はし)となり、(がけ)なす(くま)には、(くさ)(くゞ)つて(みち)となり、(いへ)ある(のき)には、(なゝ)めに(めぐ)つて暮行(くれゆ)(あき)(おもひ)()る。

 (けむり)(しづか)に、()ゆる()火先(ほさき)宿(やど)さぬ。が、南天(なんてん)()(こぼ)れたやうに、ちら/\と()(そこ)(うつ)るのは、(くも)(あかね)が、峰裏(みねうら)夕日(ゆふひ)(かげ)()げたのである。

 ()紅玉(こうぎよく)入亂(いりみだ)れて、小草(をぐさ)()つた眞珠(しんじゆ)(かず)は、次等々々(しだい/\)照増(てりまさ)る、(つき)田毎(たごと)(かげ)であつた。

 やがて、(つき)世界(せかい)()れば、()に、(はた)に、山懷(やまふところ)に、(みね)(すそ)に、(はるか)(すみ)()く、それは(くも)(まが)ふ、はた(とほ)筑摩川(ちくまがは)(さしはさ)んだ、兩岸(りやうがん)に、すら/\と立昇(たちのぼ)るそれ()(けむり)は、滿山(まんざん)(つめた)(にじ)(にしき)(うら)に、()つて(しも)(きざはし)()らう。()てて水晶(すゐしやう)(まろ)(はしら)()らう。……

 錦葉(にしきば)(みの)()て、()(きざはし)()(はしら)()ぢて、山々(やま/\)谷々(たに/″\)の、(ひめ)は、(じやうらふ)は、(うつく)しき(とり)()つて、月宮殿(げつきうでん)(あそ)ぶであらう。

 ()()(よる)(にじ)である、(つき)(にしき)(ふち)である。

 ()(みね)()(たに)(かゝ)(おもひ)(くれなゐ)(こずゑ)()汽車(きしや)さへ、(とゞろ)きさへ、(おと)なき(けむり)の、(ゆき)なす(たき)をさかのぼつて、(かる)群青(ぐんじやう)(くも)(ひゞ)く、(かすか)なる、微妙(びめう)なる音樂(おんがく)であつた。

 驛員(えきゐん)(くろ)(なが)れて、

姨捨(をばすて)姨捨(をばすて)!」……

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