2話 二 線香花火と金米糖
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この話もその頃、もう十年以上も昔の夏休み中の話である。
線香花火の火花の形は実に面白い。考えてみると実に不思議なんだが、あれを研究しようという人はまだ一人もいない。これなんか小学校や中学校の先生をしていても出来る仕事なんだがね。誰に話してみても、面白いですねやってみましょうといって帰りながら、誰もやった人はないんだ。色々の鉄でも入れて、色々の形の火花を作って、それを廻転鏡で写真にでも撮ってみたら、案外面白いことがあるかも知れない。鉄の刃物を廻転砥石で砥ぐ時、火花の形によって鉄の性質が分るという話だが、そんなこととも関係がありそうだ。今まで随分人にも勧めてみたが、結局誰もやらぬから、今度の休みには一つ自分でやってみようかしら。実際今の日本では器械だってかなり揃っているし、本当にやる気なら金の出る道もいくらもあるのだ。結局やる気はあっても、実際にそれをやる人のないのが、現代の日本の欠陥じゃないのかね。
線香花火といえば、いつでも金米糖を引き合いに出すのだが、あれだって良く考えてみると不思議だね。あれは、この頃の小粒の奴は型で作るのだろうが、昔の奴は芥子粒か何かを核にして、その上に砂糖を附けて作るんだ。すると段々あの角が生えてくるのだから妙なんだ。一様に発達して行くときには丸くなるというのが、今までの物理学の基礎的の仮説なんだが、それは law of no reason で、どっちの方向に特に発達するという理由もないから丸くなるというのだ。それじゃまだ本当とはいわれない。law of sufficient reason で、ある丸くなる理由があるから丸くなるというのでなくちゃ駄目だ。金米糖はその良い例だと思うがどうかね。
何か僕はこんなことじゃないかと思うね。少し突起の出来た所は早く冷えるから先に固まる。するとそこへ余計に砂糖が附く、それで益々そこが突起する、従って余計に冷えてまた固まるという工合にして角が伸びて来るんじゃないかという気がする。
もっとも角がある一定の長さになると、機械的な力の問題でそれ以上は発達出来ないのだろう。それで金米糖は大体一定の大きさで一定の長さの角を持つようになるのだろうと思う。誰か数学の達者な人が一つやってみたら、きっと面白いだろう。そして金米糖のような電子でも考えたら、存外量子なんかも説明出来るかも知れない。もっともこれは冗談だが、兎に角線香花火でも金米糖でも、外国にないものだから誰もやらないんだ。もし外国にあったら、もうとっくに“〔On Kompeito^〕”という論文がきっといくつも出ているぜ。今に外国人がきて金米糖でも作る所を見て行って、そんな論文でも書いたら、みんな大騒ぎをして研究を始めることだろう。
その後理研の先生の研究室で、線香花火も金米糖も予報的の実験がされ、その報告も出た。その論文の紹介が独逸のベリヒテという雑誌に出た時、「マツバ」や「チリギク」の火花の名は羅馬字で書いてあった。「松葉や散り菊が欧羅巴まで通用したのは一寸愉快だね」と先生は御機嫌であった。