5話 〔政治の根本は人の心を知ること〕
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全体、政治家の根本は人の心を知るということにある。国民の心理状態を知るということにある。これを知らなければ政治は出来ない。我輩は一生懸命今日まで人の心を見るに努めている。人の気を見るというと、甚だ質が悪いように聞えるが、それでなければ政治は出来るものでない。人の心の上に働く技術である。始終刺激を与えることである。我輩の様なこんな独断的な男は、刺激がなければどうかすると過ちに陥る。大いなる声を以て刺激をされると、段々術が上達する。こう思うのである。私は実に国民一般が正しい政治的見解をもつということを深く希望している。自己の名誉、自己の健康、自己の幸福などというものは少しも眼中にないのである。どうかして今日の困難を救いたい。こういう一念あるのみだ。それも自己自ら進んだ訳ではないが、ついにここに至ったのである。これを名付けて運命という。選んで取らんとして取ることが出来ない。自然にこの運命に出遇ったのである。この運命に出遇った以上は、何としても自己の道徳的信念を以て為し得られるだけの事をなし、やれるだけやってみようと思う。ところが過ちに陥るかも知れぬ。どうか盛んに批評をやって御貰い申したいと思うのである。それがなければとても善い政治は出ない。団十郎でも菊五郎でも、贔負があってやあやあ言うと力は百倍する。少しまずいなどと言われると、この次は褒められようという気になって芸を磨く。我輩も盛んにこれから芸を磨こうと思うが、批評が壺に篏らぬ。篏らぬではやり様がない。演説も拍手をされると調子が付く。どうか十分に批評を願いたいと思う。然も何処か壺に篏るように願いたいものである。我輩はまずこの過渡期に痩我慢でもなんでも我慢をして先鋒をやるが、長い間には時に新手の顔が現れて来なければ困る。将来の国民をもう少し品よく、もう少し正直に、而して政治ということに一つの趣味を与えて、公正なる批評をするようにしたい。そうすればここに初めて真の公論が成立って来るのである。これはよほど迂遠のようであるが、学校の教育より外にこれは望むところはない。学校から出て新聞に行き、学校から出て役人になり、学校から出て商売人になり、その他弁護士、医者、技師、そういう人が皆同一の考えで公正なる政治的見解をもたなければならぬと思う。