木菟俗見

1話 木菟俗見(1)

3,164字 約6分 2017年11月4日 公開

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 苗賣(なへうり)(こゑ)は、なつかしい。

……(かき)()(はな)、さみだれの、ふる()(のき)におとづれて、朝顏(あさがほ)(なへ)や、夕顏(ゆうがほ)(なへ)……

 またうたに、

……田舍(ゐなか)づくりの、かご花活(はないけ)に、づツぷりぬれし水色(みづいろ)の、たつたを()けし(たの)しさは、(こゝろ)()さもどこへやら……

 ()うたの()(ぼん)()んだだけでも一寸(ちよつと)意氣(いき)だ、どうして(わる)くない。が、四疊半(よでふはん)でも六疊(ろくでふ)でも、琵琶棚(びはだな)つきの廣間(ひろま)でも、そこは仁體(にんてい)相應(さうおう)として、これに調子(てうし)がついて、別嬪(べつぴん)(こゑ)()かうとすると、三味線(さみせん)損料(そんれう)だけでもお(やす)くない。(しろ)()指環(ゆびわ)(ぜい)がかゝる。それに、われら(しき)が、一念發起(いちねんほつき)(およ)んだほどお小遣(こづかひ)(はた)いて、(うすもの)(つま)に、すツと(なが)じゆばんの模樣(もやう)()く、……水色(みづいろ)の、色氣(いろけ)は(たつた)で……(なゝめ)(すわ)らせたとした(ところ)で、歌澤(うたざは)(なん)とかで、あのはにあるの、このはにないのと、淺間(あさま)(はひ)でも()つたやうに、その取引(とりひき)たるや、なか/\むづかしいさうである。

 先哲(せんてつ)いはく……君子(くんし)はあやふきに(ちか)よらず、いや頬杖(ほゝづゑ)()むに(かぎ)る。……(かき)()(はな)、さみだれの、ふる()(のき)におとづれて……か。

 (わる)いことは(まを)さぬ。これに御同感(ごどうかん)方々(かた/″\)は、三味線(さみせん)でお()きになるより、()でお()みになる(はう)無事(ぶじ)である。――

 下町(したまち)(はう)()らない。江戸(えど)のむかしよりして、これを東京(とうきやう)(ひる)時鳥(ほとゝぎす)ともいひたい、その苗賣(なへうり)(こゑ)は、近頃(ちかごろ)()くことが(すくな)くなつた。(たま)にはくるが、もう以前(いぜん)のやうに(やま)()邸町(やしきまち)()べい、(くろ)べい、幾曲(いくまが)りを一聲(ひとこゑ)にめぐつて、(とほ)つて、山王樣(さんわうさま)(もり)(ひゞ)くやうなのは()かれない。

 (ひさ)しい以前(いぜん)だけれども、(いま)(おぼ)えて()る。一度(いちど)本郷(ほんがう)龍岡町(たつをかちやう)の、あの入組(いりく)んだ、(ふか)小路(こうぢ)眞中(まんなか)であつた。一度(いちど)(しば)の、あれは三田(みた)四國町(しこくまち)か、慶應大學(けいおうだいがく)(うら)(おも)高臺(たかだい)であつた。いづれも小笠(をがさ)のひさしをすゑ、脚半(きやはん)(かる)く、しつとりと、拍子(ひやうし)をふむやうにしつゝ(こゑ)にあやを()つてうたつたが……うたつたといひたい。(わたし)上手(じやうず)名曲(めいきよく)()いたと(おな)じに、十年(じふねん)十五年(じふごねん)(いま)(わす)れないからである。

 この朝顏(あさがほ)夕顏(ゆふがほ)(つゞ)いて、藤豆(ふぢまめ)隱元(いんげん)、なす、さゝげ、(たう)もろこしの(なへ)、また胡瓜(きうり)糸瓜(へちま)――令孃方(れいぢやうがた)愛相(あいさう)に(お)の()をつけて――お南瓜(たうなす)(なへ)、……と、砂村(すなむら)(せい)ぞろひに(およ)んだ、一騎當千(いつきたうせん)前栽(せんざい)強物(つはもの)の、(はな)(いたゞ)き、蔓手綱(つるたづな)威毛(をどしげ)をさばき、(よそほ)ひに()(むらさき)(そめ)などしたのが、(なつ)陽炎(かげろふ)幻影(まぼろし)(あら)はすばかり、(こゑ)()かして、大路(おほぢ)小路(こうぢ)()つたのも中頃(なかごろ)で、やがて月見草(つきみさう)(まつ)よひ(ぐさ)、くじやく(さう)などから、ヒヤシンス、アネモネ、チウリツプ、シクラメン、スヰートピイ。(ふえ)()いたら(をど)れ、(なん)でも舶來(はくらい)ものの(なへ)(なら)べること、尖端(モダン)新語辭典(しんごじてん)のやうになつたのは最近(さいきん)で、いつか雜曲(ざつきよく)(みだ)れて()た。

 (けつ)して(わる)くいふのではない、(こゑ)はどうでも、商賣(しやうばい)(みち)によつて(かしこ)くなつたので、この初夏(しよか)も、二人(ふたり)づれ、苗賣(なへうり)一組(ひとくみ)が、下六番町(しもろくばんちやう)(とほ)つて、(かど)有馬家(ありまけ)黒塀(くろべい)に、(がん)(かへ)るやうに小笠(をがさ)()かして(あら)はれた。

 ――紅花(べにばな)(なへ)や、おしろいの(なへ)――(とく)(ちう)するに(およ)ぶまい、苗賣(なへうり)(こゑ)だけは、(くさ)(はな)()がそのまゝでうたになること、(なみ)(つゞみ)(まつ)調(しら)べに(あひ)ひとしい。(とこ)()ものの、ぼたん、ばらよりして、缺摺鉢(かけすりばち)、たどんの空箱(あきばこ)割長屋(わりながや)松葉(まつば)ぼたん、唐辛子(たうがらし)(いた)るまで(こゑ)()せば(ふし)になる。むかし、(しも)()に(それにつけても(かね)()しさよ)と(ぎん)ずれば、前句(まへく)はどんなでもぴつたりつく。(ほとゝぎすなきつるかたをながむれば)――(それにつけてもかねのほしさよ、)――一寸(ちよつと)見本(みほん)がこんなところ。古池(ふるいけ)や、でも(なん)でも(かま)はぬ、といつた(はなし)がある。もつともだ。うら(ぼん)餘計(よけい)()にしみて()こえるのと、(さも)しいけれども、(おな)じであらう。

 その……

――紅花(べにばな)(なへ)や、おしろいの(なへ)――

 ()うたなるかな。ふる()(のき)におとづれた。(なに)(すわ)つて()ても、苗屋(なへや)(かさ)()えるのだが、そこは凡夫(ぼんぷ)だ、おしろいと()いたばかりで、(やれ)すだれ(ごし)(のり)だして()たのであるが、(つゞ)いて、

――紅鷄頭(あかけいとう)黄鷄頭(きげいとう)雁來紅(がんらいこう)(なへ)。……とさか鷄頭(けいとう)、やり鷄頭(けいとう)(なへ)――

 と()んだ。()()せないと、()つきや(くち)説明(せつめい)では、なか/\(かた)()せられないのに、この、とさか鷄頭(けいとう)、やり鷄頭(けいとう)は、いひ()てうまい。……學者(がくしや)術語(じゆつご)ばなれがして、商賣(しやうばい)によつて(かしこ)しである、と(おも)つたばかりは二人組(ふたりぐみ)かけ(あひ)呼聲(よびごゑ)も、(じつ)玄米(げんまい)パンと、ちんどん()、また一所(いつしよ)になつた……どぢやう、どぢやう、どぢやう――に(まぎ)れたのであつた。

 こちらで()をつけて、聞迎(きゝむか)へるのでなくつては、苗賣(なへうり)は、雜音(ざつおん)のために、どなたも、一寸(ちよつと)()がつかないかも()れぬと(おも)ふ。

 まして深夜(しんや)(とり)(こゑ)

 俳諧(はいかい)には、(ふゆ)()になつて()たはずだが、みゝづくは、(はる)(すゑ)から、眞夏(まなつ)(あき)()く。……ともすると梅雨(つゆ)うちの今頃(いまごろ)が、あの、忍術(にんじゆつ)つかひ得意(とくい)(とき)であらうも()れぬ。魔法(まはふ)妖術(えうじゆつ)五月暗(さつきやみ)にふさはしい。……よひの()のホウ、ホウは、あれは、夜鷹(よたか)だと(おも)はれよ。のツホウホー、人魂(ひとだま)息吹(いぶき)をするとかいふ(こゑ)に、藍暗(らんあん)紫色(ししよく)(たい)して、のりすれ、のりほせのないのは木菟(みゝづく)で。……大抵(たいてい)眞夜中(まよなか)二時(にじ)()ぎから、一時(ひととき)ほどの(あひだ)(とほ)く、(ちか)く、一羽(いちは)だか、二羽(には)だか、毎夜(まいよ)のやうに()くのを()く。()ねがての(よる)(なぐさ)みにならないでもない。

 陽氣(やうき)加減(かげん)か、よひまどひをして、()町内(ちやうない)大銀杏(おほいてふ)、ポプラの古樹(ふるき)などで()(こと)があると、(ふくろ)だよ、あゝ可恐(こは)い。……(わたし)身邊(しんぺん)には、(あい)にくそんな新造(しんぞ)()ないが、とに(かく)、ふくろにして不氣味(ぶきみ)がる。がふくろの(こゑ)は、そんな生優(なまやさ)しいものではない。――相州(さうしう)逗子(づし)(すま)つた(とき)(あき)もややたけた(ころ)(あめ)はなかつたが、あれじみた(かぜ)夜中(よなか)に、破屋(あばらや)二階(にかい)のすぐその欄干(らんかん)(おも)(ところ)で、()けた禪坊主(ぜんばうず)のやうに、(どうかつ)をくはしたが、(おも)はず、()(いき)身震(みぶる)ひした。唐突(だしぬけ)(いぬ)がほえたやうな(すさ)まじいものであつた。

 だから、ふくろの(こゑ)は、(はなし)()(おほかみ)がうなるのに(まぎ)れよう。……みゝづくの(はう)は、木精(こだま)(こひ)をする調子(てうし)だと(おも)へば()い。が、いづれ()ものに(ちか)いのであるから、(また)ばける、といはれるのを(おもんぱか)つて、内々(ない/\)遠慮(ゑんりよ)がちに(はな)したけれども、(じつ)は、みゝづくは()きである。第一(だいいち)(かたち)意氣(いき)だ。――(ねや)、いや、寢床(ねどこ)(とも)の、――源語(げんご)でも、勢語(せいご)でもない、道中膝栗毛(だうちうひざくりげ)(まくら)()せて、どたりとなつて、もう()きさうなものだと(おも)ふのに、どこかの()(しげ)りへ(あら)はれない(とき)は、出來(でき)るものなら、内懷(うちぶところ)隻手(せきしゆ)(いん)(むす)んで、()(むね)()びたい、と(おも)ふくらゐである。

 旅行(りよかう)をしても、この(さと)、この(もり)、この(ほこら)――どうも、みゝづくがゐさうだ、と直感(ちよくかん)すると、(はた)して深更(しんかう)(およ)んで、ぽツと、(あら)はれ()づるから(すなは)(はな)せる。――のツほーほう、ほツほウ。

「おいでなさい、今晩(こんばん)は。……」

 つい先月(せんげつ)中旬(ちうじゆん)である。はじめて外房州(そとばうしう)(はう)へ、まことに緊縮(きんしゆく)旅行(りよかう)をした、その(とき)――

 ()て、(たび)といへば、(うち)にゐて、哲理(てつり)(をか)ぼれの(こと)にばかり()つてゐないで、(たま)には(そと)()()たがよい。よしきり(よし(はら)すゞめ、行々子(ぎやう/\し))は、(むぎ)蒼空(おほぞら)雲雀(ひばり)より、野趣(やしゆ)横溢(わういつ)して(した)しみがある。(まへ)にいつたその逗子(づし)時分(じぶん)は、(うら)農家(のうか)のやぶを()ると、すぐ田越川(たごえがは)(なが)れの(つゞ)きで、一本橋(いつぽんばし)(わた)(ところ)は、たゞ一面(いちめん)蘆原(あしはら)滿潮(まんてう)(とき)は、さつと()してくる(なみ)がしらに、虎斑(とらふ)海月(くらげ)()つて、あしの()(うへ)(およ)いだほどの水場(みづば)だつたが、三年(さんねん)あまり一度(いちど)もよしきりを()いた(こと)……無論(むろん)()(こと)もない。

 (のち)に、奧州(あうしう)平泉(ひらいづみ)中尊寺(ちうそんじ)(まう)でたかへりに、松島(まつしま)()途中(とちう)(うみ)(そこ)()るやうな(いは)()()ける道々(みち/\)(かたはら)小沼(こぬま)(あし)に、くわらくわいち、くわらくわいち、ぎやう、ぎやう、ぎやう、ちよツ、ちよツ、ちよツ……を初音(はつね)()いた。

 まあ、そんなに(ねん)いりにいはないでも、(およそ)(からす)勘左衞門(かんざゑもん)(すゞめ)忠三郎(ちうざぶらう)などより、(とり)でこのくらゐ、()(こゑ)合致(がつち)したものは(すくな)からう、一度(いちど)もまだ見聞(みき)きした(おぼ)えのないものも、(こゑ)()けば、すぐ(わか)る……

ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし。

 もし/\、久保田(くぼた)さん、と()んで、こゝで傘雨(さんう)さんにお()にかゝりたい。これでは()になりますまいか。

ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし。

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