唄立山心中一曲

1話 唄立山心中一曲(1)

6,914字 約14分 2007年3月12日 公開

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       一

「ちらちらちらちら雪の降る中へ、松明(たいまつ)がぱっと燃えながら二本――誰も言うことでございますが、(ほか)にいたし方もありませんや。真白(まっしろ)な手が二つ、悚然(ぞっ)とするほどな(おんな)が二人……もうやがてそこら一面に(うっす)り白くなった上を、(しずか)に通って()くのでございます。正体は知れていても、何しろそれに、所が山奥でございましょう。どうもね、余り美しくって物凄(ものすご)うございました。」

 と鋳掛屋(いかけや)が私たちに話した。

 いきなり鋳掛屋が話したでは、ちと唐突(だしぬけ)に過ぎる。知己(ちかづき)になってこの話を聞いた場所と、そのいきさつをちょっと申陳(もうしの)べる。けれども、肝心な雪女郎と山姫が長襦袢(ながじゅばん)(あらわ)れたようなお話で、少くとも御覧の方はさきをお急ぎ下さるであろうと思う、で、簡単にその次第を申上げる。

 所は信州姨捨(おばすて)の薄暗い饂飩屋(うどんや)の二階であった。――饂飩屋さえ、のっけに薄暗いと申出るほどであるから、夜の山の暗い事思うべしで。……その癖、可笑(おかし)いのは、私たちは月を見ると言って出掛けたのである。

 別に迷惑を掛けるような筋ではないから、本名で言っても差支えはなかろう。その時の(つれ)小村雪岱(こむらせったい)さんで、双方あちらこちらの都合上、日取が思う(つぼ)にはならないで、十一月の上旬、潤年(うるうどし)の順におくれた十三夜の、それも四日ばかり過ぎた日の事であった。

 ――居待月である。

 一杯飲んでいる内には、木賊(とくさ)刈るという歌のまま、(みが)かれ()づる秋の()の月となるであろうと、その気で(しの)ノ井で汽車を乗替えた。が、日の短い頃であるから、五時そこそこというのにもうとっぷりと日が暮れて、間は稲荷山(いなりやま)ただ一丁場(ひとちょうば)だけれども、線路が上りで、進行が緩い処へ、乗客が急に少く、二人三人と数えるばかり、(おおき)な木の葉がぱらりと落ちたようであるから、掻合(かきあ)わす外套(がいとう)(そで)も、妙にばさばさと音がする。外は霜であろう。山の深さも身に()みる。()さえそぞろに更け行くように思われた。

「来ましたよ。」

「二人きりですね。」

 と私は言った。

 名にし負う月の名所である。ここの停車場(ステエション)を、月の劇場の木戸口ぐらいな心得違いをしていた私たちは、(のぼり)万燈(まんどう)には及ばずとも、屋号をかいた弓張提灯(ゆみはりぢょうちん)で、へい、茗荷屋(みょうがや)でございます、旅店の案内者ぐらいは出ていようと思ったの大きな見当(ちがい)。絵に()いた木曾の桟橋(かけはし)を想わせる、断崖(がけ)の丸木橋のようなプラットフォームへ、しかも下りたのはただ二人で、改札口へ渡るべき橋もない。

 一人がバスケットと、一人が一升(びん)を下げて、月はなけれど敷板の霜に寒い影を映しながら、あちらへ()き、こちらへ戻り、で、小村さんが唇をちょっと曲げて、

「汽車が出ないと向うへは渡られませんよ。」

「成程。線路を突切(つっき)って行く仕掛けなんです。」

 やがてむらむらと立昇る白い煙が、妙に透通って、(さっ)と屋根へ(かか)る中を、汽車は音もしないように(しずか)に動き出す、と(うるし)のごとき真暗(まっくら)な谷底へ、(ごう)(こだま)する……

「行っていらっしゃいまし……お(しずか)に――」

 と私はつい、目の(さき)をすれすれに行く、冷たそうに曇った汽車の窓の(あかり)挨拶(あいさつ)した。ここへ二人きり置いて行かれるのが、山へ()てられるような気がして心細かったからである。

 壇はあるが、深いから、首ばかり並んで霧の(なか)なる線路を渡った。

「ちょっと、伺いますが。」

「はあ?」

 手ランプを提げた、真黒(まっくろ)扮装(いでたち)の、年の(わか)い改札(がかり)わずかに一人(いちにん)

 待合所の腰掛の隅には、頭から毛布(けっと)(かぶ)ったのが、それもただ一人居る。……これが伊勢だと、あすこを(ねら)って吹矢を一本――と何も不平を言うのではない、旅の秋を覚えたので。――小村さんは一旦外へ出たが、出ると、すぐ、横の崖か(いわ)を滴る、ひたひたと清水の音に、用心のため引返して、駅員に訊いたのであった。

「その辺に旅籠屋(はたごや)はありましょうか。」

「はあ、別に旅籠屋と言って、何ですな、これから下へ十四五町、……約半道(はんみち)ばかり()きますと、湯の立つ家があるですよ。(ほか)は大概一週間に一度ぐらいなものですでなあ。」

「あの風呂を沸かしますのが。」

「さよう。」

難有(ありがと)う――少しどうも驚きました。とにかく、そこいらまで歩いてみましょう。」

 と小村さんが暗がりの中を探りながら先へ立って、

「いきなり、風呂を沸かす宿屋が半道と来たんでは、一口飲ませる処とも聞きにくうございますよ。しかし何かしらありましょう……(なん)しろ暗い。」

 と構内の柵について……(ともしび)百合(ゆり)が咲く、(おおき)な峰、広い谷に、はらはらとある()をたよりに、ものの十(けん)とは進まないで、口を開けて足を()(おおかみ)のような(いわ)(こみち)に行悩んだ。

「どうです、いっそここへ(しゃが)んで、壜詰(びんづめ)の口を開けようじゃありませんか。」

「まさか。」

 と小村さんは苦笑して、

「姨捨山、田毎(たごと)の月ともあろうものが、こんな(みち)で澄ましているって法はありません。きっと方角を取違えたんでしょう。お待ちなさいまし、逆に停車場(ステエション)の裏の方へ戻ってみましょう。いくらか(あかり)が見えるようです。」

 双方黒い外套が、こんがらかって引返すと、停車場(ステエション)には早や駅員の影も見えぬ。毛布(けっと)かぶりの()せた達磨(だるま)の目ばかりが晃々(きらきら)と光って、今度はどうやら羅漢に見える。

 と停車場(ステエション)(うしろ)は、突然(いきなり)荒寺の裏へ入った形で、(ぷん)と身に()みる()の葉の(におい)、鳥の羽で()でられるように、さらさらと――袖が鳴った。

 落葉を透かして、山懐(やまふところ)の小高い処に、まだ戸を()さない(あかり)が見えた。

 小村さんが、まばらな竹の木戸を、手を拡げつつ探り当てて、

「きっと飲ませますよ、この戸の工合(ぐあい)が気に入りました」

(いきおい)よく、一足先に上ったが、程もあらせず、ざわざわざわと、落葉を鳴らして落来るばかりに引返して、

「退却……」

「え、安達(あだち)ヶ原ですか。」

と聞く方が慌てている。

「いいえ爺さんですがね、一人土間で草鞋(わらじ)を造っていましてね。何だ、誰じゃいッて(わめ)くんです。」

「いや、それは恐縮々々。」

「まことに済みません。発起人がこの様子で。」

「飛んでもない。こういう時は花道を歌で引込(ひっこ)むんです、柄にはありませんがね。何でしたっけ、……

わが心なぐさめかねつ更科(さらしな)

     姨捨山に照る月をみて

 照る月をみて慰めかねつですもの、暗いから慰められて()いわけです。いよいよ路が分らなければ、停車場(ステエション)で、次の汽車を待って、松本まで参りましょう。時間がありますからそこは気丈夫です。」

 しかるところ、暗がりに目が()れたのか、空は星の上に星が(かさな)って、(そこひ)なく晴れている――どこの峰にも銀の覆輪(ふくりん)はかからぬが、(おのず)から月の出の光が山の(はだ)(とお)すかして、(いわ)(かけ)めも、路の石も、褐色(かばいろ)に薄く蒼味(あおみ)()して、はじめ志した方へ(かすか)ながら見えて来た。灯前(あかりさき)の木の葉は白く、陰なる朱葉(もみじ)の色も(にじ)む。

 かくして辿(たど)りついた薄暗い饂飩屋であった。

 (なん)しろ薄暗い。……赤黒くどんより(すす)けた腰障子の、それも宵ながら朦朧(もうろう)と閉っていて、よろず荒もの、うどんあり、と記した(おおき)な字が、(いびき)をかいていそうに見えた。

 この店の女房が、東京ものは清潔(きれい)ずきだからと、気を利かして、正札のついた真新しい湯沸(ゆわかし)達引(たてひ)いてくれた心意気に対しても、言われた義理ではないのだけれど。

「これは少々酷過(ひどす)ぎますね。」

「ここまで来れば、あと一辛抱で、もうちとどうにかしたのがありましょう。」

 実は、この段、(ささや)き合って、ちょうどそこが三岐(みつまた)の、一方は裏山へ上る山岨(やまそば)の落葉の(こみち)。一方は崖を下る石ころ坂の急なやつ。で、その下りる方へ半町ばかりまた足探り試みたのであるが、がけの陰になって、暗さは暗し、路は悪し、()は遠し、思切って逆戻りにその饂飩屋を音訪(おとず)れたのであった。

「御免なさい。」

 と小村さんが優しい(おだやか)な声を掛けて、がたがたがたと入ったが、向うの対手(あいて)より土間の足許(あしもと)俯向(うつむ)いて()つつ、横にとぼとぼと歩行(ある)いた。

 灯が一つ、ぼうと赤く、宙に浮いたきりで何も分らぬ。(つり)ランプだが、火屋(ほや)も笠も、(すす)と一所に油煙で黒くなって正体が分らないのであった。

 が凝視(みつ)める瞳で、やっと少しずつ、四辺(あたり)黒白(あいろ)が分った時、私はフト思いがけない珍らしいものを()た。

       二

 (かまち)の柱、天秤棒(てんびんぼう)を立掛けて、鍋釜(なべかま)鋳掛(いかけ)の荷が置いてある――亭主が担ぐか、場合に依ってはこうした(てあい)小宿(こやど)でもするか、鋳掛屋の居るに不思議はない。が、珍らしいと思ったのは、薄汚れた鬱金木綿(うこんもめん)の袋に包んで、その荷に一(ちょう)(まが)うべくもない、三味線を(ゆわ)え添えた事である。

 話に聞いた――谷を深く、(ふもと)を狭く、山の奥へ入った村里を廻る遍路のような渠等(かれら)には、小唄浄瑠璃(じょうるり)に心得のあるのが少くない。()く先々の庄屋のもの(おき)、村はずれの辻堂などを仮の住居(すまい)として、昼は村の註文を集めて仕事をする、傍ら夜は村里の人々に時々の流行唄(はやりうた)浪花節(なにわぶし)などをも唄って聞かせる。聞く方では、祝儀のかわりに、なくても我慢の出来る、片手とれた鍋の鋳掛も(あつら)えるといった寸法。小児(こども)飴菓子(あめがし)を売って一手(ひとて)踊ったり、唄ったり、と同じ格で、ものは違っても家業の愛想――盛場(さかりば)の吉原にさえ、茶屋小屋のおかっぱお莨盆(たばこぼん)に飴を売って、(じじ)やあっち、(ばば)やこっち、おんじゃらこっちりこ、ぱあぱあと、鳴物入で(たこ)とおかめの小人形を踊らせた、おん(じい)があったとか。同じ格だが、中には(すご)いような(うま)いのがあるという。

 唄いながら、草や木の種子(たね)を諸国に()く。……怪しい鳥のようなものだと、その三味線が、ひとりで鳴くように(じっ)()た。

「相談は整いました。」

「それは難有(ありがた)い。」

「きあ、二階へどうぞ……(なん)しろ汚いんでございますよ。」

 と、雨もりのような形が動くと、紺の上被(うわっぱり)を着た(おんな)になって、ガチリと釣ランプを(ひね)って離して、(かまち)から直ぐの階子段(はしごだん)

 小村さんが小さな声で、

(なん)しろこの(てい)なんですから。」

「結構ですとも、行暮れました旅の修行者になりましょうね。」

「では、そのおつもりで――さあ、(あが)りましょう。」

 と(いきおい)よく、下駄を踏違えるトタンに、

「あっ、」と言った。

 きゃんきゃんきゃん、クイ、キュウと息を引いて、きゃんきゃんきゃん、クイ、クウン、きゅうと鳴く。

 見事に小狗(こいぬ)(ふみ)つけた。小村さんは狼狽(うろた)えながら、穴を(のぞ)くように土間を透かして、

「御免よ……御免よ……仕方がない、御免なさいよ。」

 で、()げないばかりに階子(はしご)(あが)ると、続いた私も、一所にぐらぐらと揺れるのに、両手を壇の(はじ)にしっかり(すが)った。二階から女房が、

「お気をつけなさいましよ……お(つむ)をどうぞ……お危うございますよ、お頭を。」

(なあ)に。」

 (ほっ)としながら、小村さんは気競(きお)ったように、

「踏着けられた狗から見りゃ、頭を()つけるなんぞ何でもない。」

 日頃、沈着な、謹み深いのがこれだから、余程周章(あわ)てたに違いない。

 きゃんきゃんきゃん、クイッ、キュウ、きゃんきゃんきゃん、と断々(きれぎれ)に、声が細って泣止(なきや)まない。

「身に()みますね、何ですか、狐が鳴いてるように聞えます。」

 木地の古びたのが黒檀(こくたん)に見える、卓子台(ちゃぶだい)にさしむかって、小村さんは襟を合せた。

 (くだん)の油煙で真黒(まっくろ)で、ぽっと灯の赤いランプの下に(かしこま)って、動くたびに、ぶるぶると畳の震う処は天変に対し、謹んで、日蝕を拝むがごとく、少なからず肝を冷しながら、

「旅はこれだから()いんです。何も話の種です。……話の種と言えばね、小村さん。」

 と、探らないと顔が分らぬ。

「はあ。」

「何ですか、この辺には、あわれな、寂しい、物語がありそうな処ですね。あの、月宵鄙物語(つきのよいひなものがたり)というのがあります、御存じでしょうけれど。」

「いいえ。」

「それはね、月見の人に、木曾の麻衣(あさぎぬ)まくり手したる坊さん、というのが、話をする趣向になっているんですがね。(更科山(さらしなやま)の月見んとて、かしこに(まかり)登りけるに、(おおい)なる(いわ)にかたかけて、(ひじ)()れ造りたる堂あり。観音を据え(たてまつ)れり。鏡台とか云う外山(とやま)に向いて、)……と云うんですから、今の月見堂の事でしょう。……きっとこの崖の半腹にありましょうよ。……そこの高欄におしかかりながら、月を待つ()のお(とぎ)にとて、その坊さんが話すのですが、薗原山(そのはらやま)木賊刈(とくさがり)伏屋里(ふせやのさと)箒木(ははきぎ)、更科山の老桂(ふるかつら)千曲川(ちくまがわ)細石(さざれいし)、姨捨山の姥石(うばのいし)なぞッて、標題(みだし)ばかりでも、妙にあわれに、もの寂しくなるのです。皆この辺の、山々谷々の事なんでしょう。(なん)にしろ、

信濃なる千曲の川のさゞれ石も

    君しふみなば玉とひろはん

 と言う場所なんですもの。――やあ、明るくなった。」

 と思わず言った。

 釣ランプが、真新しい、(あかる)いのに取換ったのである。

「お待遠様、……済みません。」

「どういたしまして、飛んだ御無理をお願い申して。」

 女房は崩れた(びん)の黒い中から、思いのほか白い顔で莞爾(にっこり)して、

「私どもでは難有(ありがた)いんでございますけれども、まあ、何しろ、お月様がいらっしって下さると可いんですけれども。」

 その時、一列に蒲鉾形(かまぼこがた)()った障子を左右に開けると、ランプの――小村さんが用心に(つる)(おさ)えた――灯が一煽(ひとあおり)、山気が(さっ)と座に沁みた。

「一昨晩の今頃は、二かさも三かさも(おおき)い、真円(まんまる)いお月様が、あの正面へお(いで)なさいましてございますよ。あれがね旦那、鏡台山(きょうだいざん)でございますがね、どうも暗うございまして。」

「音に聞いた。どれ、」

 と立つと、ぐらぐらとなる……

「おっと。」

 欄干につかまって、蝸牛(かたつむり)という身で、背を縮めながら首を伸ばし、

「漆で塗ったようだ、ぼっと霧のかかった処は研出(とぎだ)しだね。」

 宵の明星が晃然(きらり)(あお)い。

「あの山裾(やますそ)が、左の方へ入江のように拡がって、ほんのり奥に(あかり)が見えるでございましょう。善光寺平(ぜんこうじだいら)でございましてね。灯のありますのは、善光寺の町なんでございますよ。」

「何里あります。」

「八里ございます。」

「ははあ。」

「真下の谷底に、ちらちらと()が見えましょう、あそこが、八幡(やはた)の町でございましてね、お月見の方は、あそこから、皆さんが支度をなすって、私どもの裏の山へお上りになりますんでございますがね。鏡台山と、ちょうどさし向いになっております――おお、冷えますこと、……唯今(ただいま)お火鉢を。」

「小村さん、寸法は分りました、どうなすったんです、景色も見ないで。」

 と座に戻ると、小村さんは真顔で(ひざ)に手を置いて、

「いえ、その縁側に三人揃って立ったんでは、桟敷(さじき)が落ちそうで危険(けんのん)ですから。」

「まったく、これで猿楽があると、……天狗が揺り倒しそうな処です。可恐(おそろ)しいね。」

 と二人は顔を見合せた。

 が、註文通り、火鉢に湯沸(ゆわかし)が天上して来た、火も(かッ)と――この火鉢と湯沸が、前に言った正札つきなる真新しいのである。酒も銚子(ちょうし)だけを借りて、持参の一升(びん)(かん)をするのに、女房は気障(きざ)だという顔もせず、お客冥利(みょうり)に、義理にうどんを(あつら)えれば、乱れてもすなおに銀杏返(いちょうがえし)(びん)を振って、

「およしなさいまし、むだな事でございます。おしたじが悪くって、めしあがられやしませんから。……何ぞお(こう)のものを差上げましょう。」

 その心意気。

難有(ありがた)い。」

 と熱燗(あつかん)三杯、手酌でたてつけた顔を撫でて、

「おかみさん。」

 杯をずいとさして、

「一つ申上げましょう、お知己(ちかづき)に……」

「私は一向に不調法ものでございまして。」

「まあ一盞(ひとつ)。」

「もう、全く。」

「でも、一盞(ひとつ)ぐらい、お酌をしましょう。」

 と小村さんが銚子を持ったのに、左右に手を振って、(すべ)るように、しかも(きし)んで()げ下りる。

「何だい。」

「毒だとでも思いましたかね。してみると、お互の人相が思われます。おかみさん一人きりなんでしょうかしら。」

「泊りましょうか。」

御串戯(ごじょうだん)を。」

 クイッ、キュウ、クック――と……うら(かなし)げに、また聞える。

「弱りました。あの(いぬ)には。」

 と小村さんはまた滅入(めい)った。

 のしのしみしり、大皿を片手に、そこへ天井を抜きそうに、ぬいと(あらわ)れたのは、色の黒い、いが(ぐり)で、しるし半纏(ばんてん)の上へ汚れくさった棒縞(ぼうじま)大広袖(おおどてら)(はお)った、から(すね)の毛だらけ、図体は(おおき)いが、身の(しま)った、腰のしゃんとした、鼻の隆い、目の光る……年配は四十(あまり)で、稼盛(かせぎざか)りの屈竟(くっきょう)山賊面(さんぞくづら)……腰にぼッ込んだ山刀の無いばかり、あの皿は()んだ、へッへッ、生首二個(ふたつ)受取ろうか、と言いそうな、が、そぐわないのは、(あご)に短い山羊髯(やぎひげ)であった。

「御免なせえ……お香のものと、媽々衆(かかしゅ)が気前を見せましたが、取っておきのこの奈良漬、こいつあ水ぽくてちと(ちゅう)でがす。菜ッ葉が食えますよ。長蕪(ながかぶ)てッて、ここら一体の名物で、(おつ)に食えまさ、めしあがれ。――ところで、媽々衆のことづてですがな。せつかく御酒を一つと申されたものを、やけな御辞退で、何だかね、南蛮(なんばん)秘法の痲痺薬(しびれぐすり)……あの、それ、何とか伝三熊の膏薬(こうやく)とか言う三題(ばなし)を逆に行ったような工合で、旦那方のお酒に毒でもありそうな様子(あい)が、申訳がございません。で、居候の(わっし)に、代理として一杯、いんえただ一つだけ。おしるしに頂戴してくれるようにと申すんで、や、も、御覧の(とおり)不躾(ぶしつけ)ながら(まかり)出ました。実はね、媽々衆、ああ見えて、浮気もんでね、亭主は旅稼ぎで留守なり、こちらのお若い方のような、おッこちが欲しさに、酒どころか、杯を()っておりますんでね。はッはッはッ。」

 階子(はしご)の下から、伸上った声がして、

「馬鹿な事を言わねえもんだ。」

 と、むきになると、まるだしの田舎なまり。

真鍮台(しんちゅうだい)め。」と言った。

「……真鍮台?……」

 聞くと……真鍮台、またの名を銀流しの藤助(とうすけ)と言う、金箔(きんぱく)つきの鋳掛屋で、これが三味線の持ぬしであった。面構(つらがまえ)でも知れる……このしたたかものが、やがて涙ぐんで……話したのである。

       三

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