2話 (二)」は縦中横][#「(二)
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蓋し無政府主義と言ふ語の我々日本人の耳に最も直接に響いた機會は、今日までの所、前後二囘しか無い。無政府主義といふ思想、無政府黨といふ結社の在る事、及び其黨員が時々兇暴なる行爲を敢てする事は、書籍に依り、新聞に依つて早くから我々も知つてゐた。中には特に其思想、運動の經過を研究して、邦文の著述を成した人すら有る。然しそれは洋を隔てた遙か遠くの歐米の事で有つた。我々と人種を同じくし、時代を同じくする人の間に其主義を信じ、其黨を結んでゐる者の在る事を知つた機會は遂に二囘しかない。
其の一つは往年の赤旗事件である。帝都の中央に白晝不穩の文字を染めた紅色の旗を飜して、警吏の爲に捕はれた者の中には、數名の年若き婦人も有つた。其婦人等――日本人の理想に從へば、穩しく、しとやかに、萬に控へ目で有るべき筈の婦人等は、嚴かなる法廷に立つに及んで、何の臆する所なく面を揚げて、「我は無政府主義者なり。」と言つた。それを傳へ聞いた國民の多數は、目を丸くして驚いた。
然し其驚きは、仔細に考へて見れば決して眞の驚きでは無かつた。例へば彼の事件は、藝題だけを日本字で書いた、そして其白の全く未知の國語で話される芝居の樣なもので有つた。國民の讀み得た藝題の文字は、何樣耳新らしい語では有つたが、耳新らしいだけそれだけ、聞き慣れた「油地獄」とか「吉原何人斬」とか言ふものよりも、猶一層上手な、殘酷な舞臺面を持つてゐるらしく思はれた。やがて板に掛けられた所を見ると、喜び、泣き、嬌態を作るべき筈の女形が、男の樣な聲で物を言ひ、男の樣に歩き、男も難しとする樣な事を平氣で爲た。觀客は全く呆氣に取られて了つた。言ひ換へれば、舞臺の上の人物が何の積りで、何の爲にそんな事をするのかは少しも解することが出來ずに、唯其科の荒々しく、自分等の習慣に戻つてゐるのを見て驚いたのである。隨つて其芝居――藝題だけしか飜譯されてゐなかつた芝居は、遂に當を取らずに樂になつた。又隨つて觀客の方でも間もなく其芝居を忘れて了つた。
尤もそれは國民の多數者に就いてゞ有る。中に少數の識者が有つて、多少其芝居の筋を理解して、翌る日の新聞に劇評を書いた。「社會主義者諸君、諸君が今にしてそんな輕率な擧動をするのは、決して諸君の爲では有るまい。そんな事をするのは、漸く出來かゝつた國民の同情を諸君自ら破るものではないか。」と。これは當時に有つては、確かに進歩した批評の爲方であつた。然し今日になつて見れば、其所謂識者の理解なるものも、決して徹底したもので有つたとは思へない。「我は無政府主義者なり。」と言ふ者を、「社會主義者諸君。」と呼んだ事が、取りも直さずそれを證明してゐるでは無いか。