2話 村の吸血鬼(2)
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「さて」ブラウン神父は、医者と一緒にポタス・ポンド駅に停車していた列車の中にもう一度おちついたとき、言いはじめた。「おつしやるとおり、これは不思議な話です、したがもう神秘的な話ではないと思います、ともかく、話は、ザッとこんなふうだつたような気がします。マルトラバースは巡業劇団の一部と一緒にここへ来たのです。一行の中にはダットン・アボットに直行した者もありましたが、そこで十九世紀初期の或る通俗劇をやることになつていました。マルトラバースはたまたま舞台衣装のままぶらついていました……当時の伊達男の大へん人目につく衣装です。もう一人の役者は古風ななりの牧師で、その黒つぽい衣装はあまり目立たなかつたし、ただ古風だと思われるだけで通用しそうなものでした。この役を引き受けていたのは、大てい老け役をやる男でした……シャイロックをやつたことがあつたし、あとではポローニアスをやることになつていました。
「この劇の三人目の人物はあの劇詩人で、これは俳優の経験もあるだけに、ハムレットの演技についてマルトラバースと論争しましたが、個人的な問題についてもそれ以上の争いがありました。青年があの時すでにマルトラバース夫人を愛していたということは十分考えられます。だが、あの二人には何のまちがいもなかつたとわしは信じています。そしてこれからの二人がうまくいくといいと思いますのじや。したが青年がマルトラバースの夫としての横暴ぶりを不快に思つたのは無理もないかもしれん……というのはマルトラバースは喧嘩早い乱暴者だつたからです。とやかく口論をしているうちに二人はステッキで戦うようになりました。そして詩人はマルトラバースの頭を大へん強くなぐりつけました。死後審問の結果が出てみると、青年はどうしても自分がマルトラバースを殺したのだと思わないわけにはいきませんでした。
「三人目の男は、事件の現場にいたか、隠れているかしたのです……例の老牧師の役の男でした。そこでこの男は、犯人と見なされた若者をゆすりはじめて、隠居した牧師としてぜいたくな暮しをする維持費をしぼり取りました。こういう男がこういう土地で、単に舞台衣装を着続けるだけで隠退した牧師になりすますのは、見えすいた仮装でした。したがこの男には牧師になりすましてごくこつそり隠退しなければならない別の理由がありました。というのはマルトラバースの死の真相は、こうだつたからです……あの男は深いワラビの藪にころがりこんでからしだいに意識を回復して、人家のほうへ歩こうとしたが、ついにまいつてしまつたのでした……それもなぐられたためではなく、例の慈悲深い牧師が、一時間ほど前に、おそらくポートのグラスに入れた毒を飲ませたためでしよう。わしは牧師のポートを一杯飲んだとき、そう思いはじめました。それでわしはちよつと神経質になりました。警察はいまその仮説を元にしてしらべていますが、その点を証明できるかどうかはわかりません。当局ははつきりした動機を見つけ出さなければならないでしようが、この役者仲間がガヤガヤ言い争つてばかりいて、マルトラバースが大へん憎まれていたことは明らかですわい」
「警察は容疑をかけた以上何か証明するでしよう」とマルボロは言つた。「わたしに合点がいかないのは、どうしてあなたが疑いはじめたかということです。いつたいどうしてあなたはあの何の罪もなさそうな黒服の紳士を怪しいと思つたのですか?」
ブラウン神父はかすかに微笑した。「どうやらそれは或る意味で特殊な知識の問題だつたと思います……ほとんど専門的な問題ですが、一風変つた意味なのじや。ご存じのとおりわしらの論客は、わしらの宗教がほんとうにどんなものかを知らない人がたくさんあると言つて、よく嘆いています。したがこれはそれ以上にほんとに妙な話ですわい。英国がローマ教会についてあまりよく知らないのは事実ですし、別に不自然ではありません。したが英国は英国教会をさえあまりよく知らないのです。わしが知つているほどさえ知らないのです。あなたは、英国教会の論争について一般世間の人がほとんど何一つ理解する所がないとお聞きになつたら、びつくりされるでしような。たいていの人は高教会派(教会の権威や儀礼を重んじる英国教会の一派)や低教会派(権威や儀式を比較的軽視する一派)がどんな意味を持つているかさえほんとうに知らないのです……両者の背後にある歴史や哲学の両派の理論はさておき、特定の実際的な習慣についてさえ知らないのです。この無知はどんな新聞にも、どんな大衆的な小説や劇にも、見られます。
「さて、最初にわしの胸を打つたのは、あの神々しい坊さんが信じられないほど何もかもを混同していたことじや。英国教会の牧師でしたら、どんな人でも、英国教会のあらゆる問題についてあんなにまちがうはずはありません。あの男は保守党の高教会派の老人と思われていました……それなのに清教徒と言われてもいいと自慢しました。ああいう男は、個人的にはむしろ清教徒に近いかもしれませんが、清教徒になつてもいいなどとは絶対に言うはずがありません。あの男は芝居が大きらいだと公言しました……あれなども、なるほど低教会派は芝居をきらいますが、高教会派はふつうそれほど特別に芝居をきらわないのを知らなかつたからですわい。あの男は安息日について清教徒のような言い方をしました……それなのに自分の部屋に磔刑像を飾つていました。明らかにあの男は、信心深い牧師ならどういう風にしなければならないかという点について、何の考えも持つていなかつたのです……ただもうごくまじめに神々しいようすをして、世間の快楽には顔をしかめて見せなければいけないものと思つていただけです。
「最初からわしの頭の奥には、或る考えがまつわりついていました……何だかはつきり思い出せなかつたのです……それがふいに浮かんできました。こりや舞台の牧師だ。あれは、旧式の劇作家や役者が坊さんの役というと妙にそう思いこんでいる考え方に一番近い、あいまいな神々しいバカおやじにそつくりでした」
「旧式な医者については言うまでもありませんね」マルボロは上きげんで言つた。「こつちも坊さんがどういうものかについてはあまり知らなかつたようです」
「実際問題として」とブラウン神父は続けた。「怪しいと思つたのには、もつとわかりやすい、もつと目につく原因がありました。それは村の吸血鬼だと思われていたあのお屋敷の黒夫人に関係したことでした。わしはあの黒い汚点はむしろ村の明るい美点だという印象を早くから受けていました。あの夫人は神秘的な取りあつかいを受けていましたが、実はちつとも神秘的な所はなかつたのです。あの婦人はこの村へごく最近にごく公然と本名でやつてきて、自分の夫の問題が新しく調査されるのを手伝おうとしていたのです。マルトラバースはあの婦人をかなり手ひどくあつかいました。したが、あの婦人には節操があつて、婚家の姓を名乗り、世間の常識にしたがうのは当然だという風に考えていました。同じ理由で、あの屋敷に住むことにしたのもあすこの表で夫の死体が発見されたからでした。村の吸血鬼のほかに、もう一つ別の無邪気で率直な事件は、例の村の醜聞でした……牧師の放蕩息子です。この若者も自分の職業や劇界とのいままでのつながりを隠そうとしませんでした。それだからわしは、牧師を疑つたほどには、あの青年を疑わなかつたのですわい。したがあなたは、あの牧師を疑つたほんとうの適切な理由をもうお察しになられたでしような」
「ええ、わかると思います。それであなたがあの女優の名前を持ちだしてこられたのですな」
「さよう、つまりあの男が女優を見たくないと言つて狂信的に頑張つていたのを言いたかつたのです。したが実は奴はあの婦人を見るのを反対したのではありません。あの夫人に見られるのを反対したのじや」
「ええ、わかります」と相手は同意した。
「もしあの夫人があのありがたいサミュエル・ホーナー師を見たら、とたんにこいつはちつともありがたくないハンキンという役者だと見破つたでしようからな……にせの牧師に変装した仮面のうしろにかなり悪い性格を隠していたのです。さて、これがあの素朴な村の田園詩の全部だと思います。したが、わしが約束を守つたことは認めていただけるでしような……わしは死体以上にゾクゾクするような物をあの村でお見せしました……毒をつめこんだ死体だつて、あれにはかないません。ゆすり男をつめこんだ牧師の黒服は少なくとも注目する価値がありますし、わしの見つけたこの生きている男は、あなたがあつかつた死んだ男以上に、地獄に落ちた男でした」
「ええ」医者は、クッションに気持よくよりかかりながら、言つた。「もし汽車の旅でちよつとした気持のいい道連れがほしかつたら、まだしもあの死体のほうがましですよ」