65話 後編 研究 八 感応電流の発見
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ファラデーは一八二八年四月にも、また磁石で電流を起そうと試みたが、これも結果が出なかった。なぜ今までの実験で何時も結果が出なかったのか。原因は磁石も銅線のコイルも動かなかったためである。
一八三一年の夏にまたやり出した。このたびは鉄の環を取り、その半分に銅線Aを巻き、またこれと少し離れて、他の半分には別の銅線Bを巻き、その先端は磁石の近くに置いた。これは電流の通ったかどうかを、磁石の振れで見るためである。前の銅線Aに電流を通ずると、鉄環は磁気を帯びる。が、この瞬間に銅線Bの近くにある磁石がちょっと動くらしいのを発見した。またAの電流を切ると、その瞬間にも磁石が動くらしいのを見た。
今日、王立協会の玄関の所にファラデーの立像がある。その手に環を持っているのは、今述べた実験の環をあらわしたものだ。それから、この実験に用いた真物の環も、王立協会になお保存されてある。
それから八月三十日に、実験した手紙には、「この瞬間的の作用がアラゴの実験で銅板の動くときに影響があることに関係あるのではないか。」と書いた。
次に実験したのは九月二十四日で、十個の電池から来る電流を針金に通して磁石を作り、この際に他の針金に何等の作用があるかを調べた。しかし、その作用は充分に認められなかった。それから銅線の長いのや、短いので実験を繰り返し、また電磁石の代りに棒磁石でもやって見たが、やはり作用が充分に認められなかった。
その次に実験したのは十月一日で、ファラデーの手帳には次のごとく書いてある。
「三十六節。四インチ四方の板を十対ずつもつ電池の十組を硫酸、硝酸の混合で電流を起し、次の実験を次の順序に従って行った。
「三十七節。コイルの一つ(二百三フィートの長さの銅線のコイル)を平たいコイルに繋なぎ、また他のコイルは(前のと同じ長さのコイルで、同種な木の片に巻いた)電池の極につなぐ。この二つのコイルの間に金属の接触のないことは確めて置いた。このとき平たいコイルの所にある磁石が極めて少し動く。しかし、見難いほど少しである。
「三十八節。平たいコイルの代りに、電流計を用いた。そうすると、電池の極へつなぐ時と、切る時とで衝動を感ずるが、これも見難いほどわずかである。電池へつないだ時は一方に動き、切る時は反対の方に動く。平常はこの中間に磁石がいる。
「それゆえに鉄は存在しないが、感応作用があって磁針を動すのである。しかし、それはごく弱いのか、さもなくば充分な時間がない位に瞬間的のものである。多分この後の方であろう。」
その次に実験したのは十月十七日で、磁石を遠ざけたり、近づけたりして、これが針金に感応して電流の生ずるのを確かめた。
これで、以前の実験において結果が出なかったのは、磁石とコイルが共に静止しておったためだと分った。実際、磁石はコイルの傍に十年置いても、百年置いても、電流を生じない。しかし、少しでも動けば、すぐに電流を生ずるのであるから。
その次に実験したのは十月二十八日で、大きな馬蹄形の磁石の極の間で、銅板を廻し、銅板の中心と縁とを針金で電流計につないで置き、電流計が動くのを見た。
その次の実験は十一月四日で、手帳に「銅線の八分の一インチの長さのを磁極と導体との間で動すとき作用あり」と書いた。また針金が「磁気線を切る」と書いた。この磁気線というのは、鉄粉で眼に見られるように現わすことの出来る磁気指力線のことである。なお一歩進んで、この磁気線で感応作用を定量的に表わすことは、ずっと後になって、すなわち一八五一年にファラデーが研究した。