たけくらべ

14話 十四

1,520字 約3分 1997年10月7日 公開

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 此年三の酉まで有りて中一日はつぶれしかど前後の上天氣に大鳥神社の賑ひすさまじく此處をかこつけに檢査場の門より乱れ入る若人達の勢ひとては、天柱くだけ、地維(ちい)かくるかと思はるゝ笑ひ聲のどよめき、中之町の通りは俄かに方角の替りしやうに思はれて、角町(すみちやう)京町(きやうまち)處々のはね橋より、さつさ押せ/\と猪牙(ちよき)がゝつた言葉に人波を分くる群もあり、河岸の小店の百囀(もゝさへ)づりより、優にうづ高き大籬(おほまがき)の樓上まで、絃歌の聲のさま/″\に沸き來るやうな面白さは大方の人おもひ出でゝ忘れぬ物に思(おぼ)すも有るべし。正太は此日日がけの集めを休ませ貰ひて、三五郎が大頭(おほがしら)の店を見舞ふやら、團子屋の背高が愛想氣のない汁粉やを音づれて、何うだ儲けがあるかえと言へば、正さんお前好い處へ來た、我れがこの種なしに成つて最う今からは何を賣らう、直樣煮かけては置いたけれど中途(なかたび)お客は斷れない、何うしような、と相談を懸けられて、智惠無しの奴め大鍋の四邊(ぐるり)に夫(そ)れッ位無駄がついて居るでは無いか、夫れへ湯を廻して砂糖さへ甘くすれば十人前や二十人は浮いて來よう、何處でも皆な左樣するのだお前の店(とこ)ばかりではない、何此騷ぎの中で好惡(よしあし)を言ふ物が有らうか、お賣りお賣りと言ひながら先に立つて砂糖の壺を引寄すれば、目ッかちの母親おどろいた顏をして、お前さんは本當に商人(あきんど)に出來て居なさる、恐ろしい智惠者だと賞めるに、何だ此樣な事が智惠者な物か、今横町の潮吹きの處でが足りないッて此樣やつたを見て來たので己れの發明では無い、と言ひ捨てゝ、お前は知らないか美登利さんの居る處を、己れは今朝から探して居るけれど何處へ行たか筆やへも來ないと言ふ、廓内(なか)だらうかなと問へば、むゝ美登利さんはな今の先己れの家の前を通つて揚屋町の刎橋(はねばし)から這入つて行た、本當に正さん大變だぜ、今日はね、髮を斯ういふ風にこんな嶋田に結つてと、變てこな手つきして、奇麗だね彼の娘(こ)はと鼻を拭つゝ言へば、大卷さんより猶美(い)いや、だけれど彼の子も華魁(おいらん)に成るのでは可憐さうだと下を向ひて正太の答ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば、己れは來年から際物屋(きはものや)に成つてお金をこしらへるがね、夫れを持つて買ひに行くのだと頓馬を現はすに、洒落(しやら)くさい事を言つて居らあ左うすればお前はきつと振られるよ。何故々々。何故でも振られる理由(わけ)が有るのだもの、と顏を少し染めて笑ひながら、夫れじやあ己れも一廻りして來ようや、又後に來るよと捨て臺辭して門に出て、十六七の頃までは蝶よ花よと育てられ、と怪しきふるへ聲に此頃此處の流行(はやり)ぶしを言つて、今では勤めが身にしみてと口の内にくり返し、例の雪駄の音たかく浮きたつ人の中に交りて小さき身躰は忽ちに隱れつ。

 揉まれて出し廓の角、向ふより番頭新造のお妻と連れ立ちて話しながら來るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く、初々しき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、鼈甲(べつかう)のさし込、總(ふさ)つきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色のたゞ京人形を見るやうに思はれて、正太はあつとも言はず立止まりしまゝ例(いつも)の如くは抱きつきもせで打守るに、彼方(こなた)は正太さんかとて走り寄り、お妻どんお前買ひ物が有らば最う此處でお別れにしましよ、私は此人と一處に歸ります、左樣ならとて頭を下げるに、あれ美いちやんの現金な、最うお送りは入りませぬとかえ、そんなら私は京町で買物しましよ、とちよこ/\走りに長屋の細道へ驅け込むに、正太はじめて美登利の袖を引いて好く似合ふね、いつ結つたの今朝かへ昨日かへ何故はやく見せては呉れなかつた、と恨めしげに甘ゆれば、美登利打しほれて口重く、姉さんの部屋で今朝結つて貰つたの、私は厭やでしようが無い、とさし俯向きて往來を恥ぢぬ。

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