7話 七
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馬塞の船乗りエドモン・ダンテス殿は結婚の席からデイエップの要塞牢獄へ投ぜられ、わがおせん嬢の花婿は祝言の盃の途中で天床へ逃亡めされた。花嫁の肩を足場に天床へ跳びつくと、そこに穴が明いて彼をのみ、すぐに閉まるという仕掛けになっていたのである。なんたる卑劣漢であるか、後に捕吏の調査するところによれば、この家はいたるところこの種の機関に満ち、壁、畳、廊下、台所に至るまで不真面目と御都合主義の組合せだったという。――騒ぎの起こると同時に客達は総立ちとなり同時に掛り合いを懸念してわれ勝ちに退散した、もっとも贋金作りの闇七やその配下である十余人の召使いの男女たちよりは早くはなかったが、――これらの卑劣漢どもはその宴席にいた誰よりも先に、しかも笊の目から逃げ去る水のごとく的確に逃亡し去った。残ったのは武藤殿とその強欲なる妻女と赫耀たる花嫁(二人の息子は脱走組に参加された)の三人だけである。権右衛門は屈辱におののき、忿りに震えあがった、「誓って云うがあなたは譴責をくいますぞ」捕吏に向かって彼はこう威嚇した。「成木殿は大阪の名だたる大富豪の御令息で、その人柄の高潔と金銭に淡泊なる質と素性の正しさについては、一郷七カ村の庄屋たるこの武藤権右衛門が俯仰天地に断言してはばからぬ、しかるにあなたは無謀な思い違いからかくのごとき無法な行為をあえてなされた、すでに成木殿がわしの婿でありわしが成木殿の舅である以上、かかる名誉毀損と人権蹂躙と官権濫用に対しては断乎たる処置に出ることを承知なされるがよい」
「ははあ」捕吏の指揮者はこう応じた、
「するとなんですな、あなたはこの家の主じの舅に当たるというわけですな、彼の素性もその性質もよく知っている、つまりごく眤懇だとこういうわけですな」
「さればこそ」
「いや結構、われわれは闇七を捕り逃がした代わりに、連類を捉まえることが出来て満足です、繩打て」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ」
権衛殿は蒼くなって両手を振りまわした、
「冗談じゃない、わしは闇七などという者に関係はない、あなたは譴責されますぞ」
「では伺いましょう、あなたの云う素性ただしき成木殿はどこにおいでかな」
指揮者はこう冷笑した、
「その大富豪の令息であり人格高潔なあなたの婿殿が、天床をぬけて逃亡されたのはどういう理屈になりますかな、令息ばかりではない彼の一味配下たる召使いどもまで、一人残らずきれいにずらかりめされたのは何故でござる」
「ああ、――」
ごんえむ殿は呻きなされた、そして明敏なる頭脳によって事態の黒白をおぼろげに(多少は遅かったが)洞察された、だが秘策はなきにしもあらずである、
「それは実に、その、さよう、はっはっは」
べそをかきながらこう笑い、
「いやさすがは活眼ですな、まったく、おっしゃるとおりでしょう、それは私としてもですね、御存じかも知れませんが私は袖下郷の兼尾代官殿とごく親しい仲なんですが、あの方はなかなかの人物ですなあ」
「兼尾も連類だというわけですか」
「と、と、とんでもない、あの方と私は、つまりですね」
えいくそっ、権衛殿はこう呟やかれた、こいつは代官より欲が深そうだ、残念だが十両ふんぱつしなければならんだろう、
「つまりですね、要するに、――」
と云って彼は大判を一枚すばやく捕吏の指揮者に握らせた、しかるに闇七の値段はもっと高価だったとみえ、指揮者は無情にもその金貨を投げだし、「繩打て」と叫びながらまず自分から権衛殿の肩へ十手の一撃をくれた。「御用であるぞ」これで万事休した、花嫁殿も赫耀たる威厳もろとも縛られ、妻女はその強欲ぐるみ縛られた、かくて絢爛豪華なる宴会は終わりを告げたのである。
読者はここで二十五日間この物語から休息することができる、しかし二十六日めには吹矢村へ戻っていただかなければならない。なぜならそこではちょうど八百助の家が落成したからそして今日は落成祝いの酒宴が始まっているからである。――家は元の位置に建てられた、だがその構造と規模はまったく類を異にしている。一町四方に及ぶ築地塀、楼閣を有する邸宅、数寄屋、三棟の土蔵、厩、家僕長屋、そして贅を尽くした庭園、といったぐあいであるが、人々を驚倒せしめたのはその構えよりも、その壮大な構えを二十余日で完成した事実にあった。資材はすでに準備されていたらしい、馬、牛、車、あらゆる輸送機具と莫大な人力をもって運ばれるなり、切りも削りも挽きもせず、しかも一厘の狂いもなくばたばたと組み上げられた。胆のつぶれるような高賃で手伝いに出た村人たちは、八百助殿はみえなくなった一年間に金の鉱山を掘り当てたか、打出の小槌でも拾われたに違いないと噂をし合った。だが察しのよい読者は「ははあ」とうなずかれるであろう、金の鉱山でも打出の小槌でもない、彼は万有如意の能力によって、いつか父と母の話していた例の「ひじ蔵」や「穴底」や「石蓋」の所在を知ったのである、そして埋蔵されていた家代々の砂金や古貨幣や大判小判や宝玉類を発見したにすぎないのだ。――で、今日は建築落成の祝いである。八十畳も敷けよう大広間はあふれるような客で、もう酒も相当にまわり、活発なる会話が飛び交っている、「いやどう勘ぐりまわしてみたところで、玉造の若旦那の変わりようには手が届かねえ」蛭田の島平どんがそう云った、「それに比べて泣くに泣けねえのは黒門のごんえむ様さ」