足軽奉公

2話 二

1,614字 約3分 2022年5月27日 公開

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 毎月五日は右田家の祝い日になっていた。それは藤六が二十歳のとき足軽小頭を命ぜられた日で、以来ずっと欠かさずに続けている。すでに父母は亡く、兄妹ふたり暮しの寂しい家に、その日ばかりは仲のよい横井鉄之助が客に来る、……殊にこの頃では、鉄之助と汀のあいだに親しさが濃くなり、

「嫁に欲しい」

「差上げましょう」

 と云い交わす折の近いことを、殆ど互いに諒解(りょうかい)し合っていたから、この日は兄妹にとって心から待たれるものだったのである。

 大試合の忙しさで自分も忘れていたくらいだから、鉄之助も気づかずにいるかも知れない、そう思って横井の屋敷を訪ねると、――まだ下城していない、ということだった。

「試合のあと槇山正左衛門どので祝宴があると申していた、おそらくまだ、そこにおるのであろう」

 そういう返辞なので、すぐ近所にある槇山邸へまわってみた。槇山正左衛門は番頭を勤める老人で、つねづね若い者を好み、槍術が達者だということから藤六もしばしば会ったことがある。……取次ぎを頼むと、

「いま広間で無礼講をやっている、庭からまわってじかに呼ぶがよい」

 と云われた。時どき来て馴れてもいたし、云われるままに内庭のほうへまわってゆくと、中の木戸をはいったところで、ばかげた高笑いと、酔に乗じた罵(ののし)り声がかれの耳をうった。

「たかが足軽ではないか、刀を差しているというばかりで、かたちは武士でも中間小者と選ぶところはない、いわば道傍(みちばた)にわけもなく生え伸びている雑草も同様だぞ」

「そうだ、その点を明確にすべきだ」

 続けて別の者がどなった。

「……その区別を明確にしないからのさばる、第一かれらが槍術をやるのからして僭上(せんじょう)だ、ちょっと槍の持方でも覚えると、もういっぱしの武士にでもなり兼ねない面(つら)つきで、肩を怒らしてのしまわる、雑草は端から刈るべきだ、おのれの身分を知らしめなくてはいけないぞ」

 ここまで聞くと、藤六は全身を震わした。おのれらはさむらいの本分をさえ忘れているのに、ただ武士であるからというだけで、人を貶(おとし)める、それも程度こそあれ、中間小者に等しいとか、わけもなく生え伸びる路傍の雑草とは過言も甚(はなは)だしい、藤六は歯がみをしながらひき返そうとした、するとなお無遠慮に、

「いちどかれらを懲りるほど叩きのめしてやるがいいのだ」

 というのが聞えた。

「……なに主なやつ二三人やれば、あとは縮みあがってぐうの音も出はせぬよ」

 藤六は我慢の緒を切った。かれは大股(おおまた)に庭へ踏み込むと、広間の縁先へぐっぐと近寄り、声いっぱいに、

「よろしい叩きのめして頂こう」

 と絶叫した。

「足軽は雑草も同様だという言葉たしかに聞いたぞ、何百石という相恩の食禄を頂いて、無為徒食する貴公たちの眼から見たら、足軽などは人間の数にはいらぬかもしれぬ、しかし泰平なればこそさような痴言(たわごと)も吐けるのだ、いざ合戦となった場合どちらが御馬前の役にたつか、叩きのめすという言葉こそ幸い、心得のほどを此処(ここ)で拝見つかまつろう」

 広間には十五六人いた、もともと酒興から出た無責任な暴言だったので、眼の前に藤六があらわれると共にみんなぴたりと口を噤(つぐ)んだ、それがさらに藤六の怒りを煽(あお)った。

「どうした、偉そうに蔭口はきいても、いざとなると出る者はないのか、雑草を刈る者は一人もないのか」

「……拙者が相手をしよう」

 そう云いながら、一座の中から立って来た者があった、横井鉄之助である、……藤六はあっと息をのんだ。鉄之助、――そうだ鉄之助がいたんだ、しまった。思わず呻(うめ)いたが、それと同時に、

「いや鉄之助もこの座にいた、かれも足軽を誹謗(ひぼう)する者のなかまだった」

 そういう忿懣(ふんまん)がこみあげてきた。

「何誰でもこちらに選り好みはない」

「だれか稽古槍を二筋たのむ」

 鉄之助はそう云って庭へとびおりて来た。

「……場所はここでよいか」

「何処(どこ)でも結構」

 藤六はそう云ってひたと相手を見た。稽古槍が二本そこへ差出された、二人はひと筋ずつを取り、左右へわかれた。

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