4話 智恵の一太郎(4)
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一太郎君は、ある日曜日に、また田舎の伯父さんの家へ遊びにいきました。いつか蜘蛛の橋渡しの曲芸を見せて下さった、あの農学士の伯父さんの家です。
いつものようにごちそうになったり、庭の温室を見せてもらったりしたが、一番おもしろかったのは、やっぱり伯父さんのお話です。
そのお話の中で、伯父さんはニコニコ笑いながら、妙なことをおたずねになるのでした。
「一太郎、お前は、お前の体が二つも三つも入るような、大きなセメントの壺を、一人でつくることができるかい」
一太郎君は、このとっぴな質問に、びっくりしてしまいました。
「え、セメントの壺ですって」
「そうだよ。口のところが徳利のような形をした、まんまるな壺だよ」
「とても一人でなんかできっこありませんよ。まず型をつくらなければならないし、第一僕はセメントと砂のまぜ方さえ知らないんですもの」
「そうだろう。大人だって、そんな大きな壺を、一人でつくるのはちょっとむずかしいからね。ところがね、一太郎、そういう大きな壺を、たった一人で、なんの道具も使わなくて、やすやすとつくるやつがいるんだよ。しかも、その壺が実にいい形をしているんだ」
「へえ、それ、どこの人ですか」
「いや、人間じゃないんだ。今のはたとえ話だよ。いつかの蜘蛛と同じで、やっぱり虫なんだ。そういう壺つくりの名人の虫があるんだよ」
そういって、伯父さんは研究室へ入って行って、小さな木の枯枝を、さもだいじそうに持って、出てこられました。
「これだよ。ごらん、ここにその壺が三つもくっついているんだよ」
その枯木の枝には、さくらんぼぐらいの大きさの白いまるいものが、少しずつ間をおいて、三つくっついていました。
よく見ますと、その丸いものは、いかにも人間がつくった徳利のように、うまくできているのです。まんまるな胴に、細い口がついて、その口のはしが花でも開いたように、ひろがっているのです。
「やあ、かわいい徳利だな。これ僕の家の一輪挿の花瓶とそっくりですね。この口のところなんか、ほんとうにそっくりですよ」
一太郎君は、お雛様の花瓶のような、かわいらしいセメント細工のようなものが、すっかり気に入ってしまいました。
「うまくできているだろう。ところで、これをつくった虫は何だと思うね」
一太郎君は、首をかしげて考えましたが、どうしてもわかりません。まだそんな虫のことは、教わったことがないのです。
「蜂だよ。これはトックリバチという蜂の巣なんだよ」
伯父さんが種あかしをして下さいました。
「へえ、蜂ですって? 蜂がこんな白い巣をつくるんですか」
「そうだよ、蜂といえば、誰でも蜜蜂や山蜂を思いだすけれども、ほかにもいろいろな蜂があるんだ。蜂の種類によって、みんな巣のつくり方がちがうのだよ。
蜜蜂の巣は見たことがあるだろう。あれも実に見事なものだね。正しい六角形の筒を数かぎりなくよせあつめた、大きな房のような、あのお家もほんとうにりっぱなものだ。
しかし、あれは誰でも知っている。都会の人は、蜂の巣といえば、どれでもあんな形をしているのだと思っているくらいだからね。
ところが、蜂の巣には、いろんなのがあるんだよ。土の中へ穴をほって巣をつくる蜂もある。それから細い枯木の中へもぐりこんで、その中をがらんどうにしてしまって、幾段にもわけて巣をつくるのがある。かたつむりのからを占領して、その中へ巣をつくるやつもある。又、家の天井などの太い材木をくりぬいて巣をつくるのもある。これはまるで大工さんのようだというので、ダイクバチという名がついているのだよ。
それから、サカンバチというのもある。屋根の瓦の下や、石がけなどに、小石をしっくいでぬりかためたような巣をつくる、人間でいえば、ちょうど壁をぬる左官と同じだね。だからサカンバチっていうのだよ。
このかわいいセメントの壺をつくるやつは、徳利製造の名人だから、そこでトックリバチというわけさ。この蜂はからだまで徳利みたいな恰好をしているんだよ。こんなふうにね」
伯父さんは、そこにあった紙に、鉛筆でトックリバチの図をかいて見せました。胸と腹の間が、ふつうの蜂よりも細くて、腹の形がちょうど徳利のように見えるのです。
「この蜂はからだの長さが一センチあまりしかない小さなやつで、この巣の徳利の中へ二匹も三匹も入れるくらいなんだよ。ほらね、だから、こいつは自分のからだの二三倍もある大きなセメントの壺をつくるわけじゃないか。それも一つじゃないんだよ。いくつでもつくるんだ。そして、一つの巣に一つずつ卵を生みつけていくんだよ」
「じゃあ、蜜蜂なんかとちがって、こいつは一人ぼっちで巣をつくるんですか」
「うん。そうだ。いい質問をしたね。これは仲間といっしょに働かない、一人ぼっちの蜂なんだ。
蜜蜂なんかそうじゃないね。女王蜂と雄蜂と働蜂とが一つの国をつくっていて、その中の働蜂が力を合わせて、あの大きな巣をつくるんだね。
ところが、こいつは名人かたぎとでもいうのか、自分一人で、気に入った壺をつくっているという変ったやつだよ」
「それじゃ、自分のからだの何倍もあるようなこの壺を、トックリバチは、いったいどうしてつくるのですか。セメントをどこから持ってくるのですか」
一太郎君は、この壺つくりの名人の秘密を、早く知りたくてたまらないのでした。
「その材料はよく乾いた土なんだよ。少しでもしめりがあってはいけない。人が歩いてふみかためた、白く乾いた道なんかの、かたい土がいいのだ。
トックリバチは、そのかたい土を、くちばしで削りとる。そしてその土の粉を自分の唾でまるめるのだ。この唾に土をかためる特別の性質があるんだよ。いわばセメントの素とでもいうようなはたらきをするのだね。このまるめた土を、脚でかかえて、巣をつくる場所へ飛んでくる。その第一回に運んだのが、まず壺の底になるんだね。
底をつくっておいて、又土をとりに飛んでいく、二度目に持って来たので、底の上の方を少しぬりかためる。そういうふうにして、何度となくいったり来たりして、だんだん壺をぬりあげてゆくんだよ。だから、ごらん、この壺のまわりには、縞のような筋がついているだろう。この一筋が一度に運んで来たセメントの分量なんだよ」
「じゃ、燕なんかの巣をつくるやり方と似ているんですね」
「そうだ。ただ材料がちがうのだね。そして、できあがった形がすばらしいのだ。鳥も昆虫にも、いろいろ美しい巣をつくるのがあるけれど、壺つくりにかけては、トックリバチにかなうものはないね。この壺の口のところが、なんともいえないじゃないか。口が何かの首のように、スーッと細くなって、それがもう一度ひらいて丸いつばのようになっている。ここは紙のようにうすいのだよ。この口のところはよほど念入りにつくるのにちがいないね。土も一番いいのをつかって、唾で十分こねてね」
伯父さんのお話をきいている内に、一太郎君はますますこのかわいらしい蜂がすきになって来ました。
伯父さんのお話はつづきます。
「人間が一番はじめにつくった壺も、なんだかこのトックリバチの壺に似ているんだよ。博物館へ行くと、私たちの大昔の先祖のつくった土器というものが陳列してあるが、これとよく似た形だ。
その前には人間は壺をつくることを知らなかった。何千年か前の私たちの先祖が、非常な苦心をして、やっと土をかためることをおぼえ、壺をつくり出したのだ。
ところが、トックリバチは、この世に出て来た時から、ちゃんと壺を作ることを知っていた。この蜂は壺がなくては子供を育てることができないように生まれついているのだからね。だから、壺をつくることでは、なかなかえらいわけだよ」
「じゃ、こいつは人間よりもかしこいのですか」
一太郎君はちょっと不服らしい顔でたずねました。
「壺をつくることだけはね」
伯父さんはニコニコして答えました。
「トックリバチは壺をつくるように生まれついているんだよ。誰に教えられたのでもなく、また自分の智恵で考え出したのでもない。まったく生まれつきなんだ。
自分の智恵で工夫したのではないから、進歩というものがない。だから、こいつの壺は、千年前も今も、ちっともちがっていないのだよ。ところが、人間はそうじゃないね。生れつき壺をつくる力なんか、さずかっていないけれど、智恵をはたらかせてなんでも工夫する。人間には、物を工夫しつくりだす力があるんだ。何千年前には、土の壺さえ出来なかったのに、今では飛行機で鳥のように空を飛ぶことが出来るし、潜水艇で魚のように海の中を走ることもできるんだからね。
人間には、進歩があるけれども、ほかのけものや虫には進歩がない。あっても比べものにならぬほどわずかだ。ここが大切なところだよ。人間は工夫さえすれば、いくらでもすばらしいことができる」
一太郎君はそれを聞いて、安心しました。
「ところで、このトックリバチには、もう一つ、びっくりするようなことがあるんだよ。智恵の一太郎でも、ちょっと考えつけないような、すばらしい工夫を、生まれつきさずかっているんだよ」
伯父さんはここで言葉を切って、なんだかじらすような笑い方をして、じっと一太郎君の顔をごらんになるのでした。
さあ、この小さなトックリバチの、もう一つのことというのは、いったいどんなことでしょうか。
幼虫の曲芸
一太郎君は、農学士の伯父さんのお家で、トックリバチという小さな蜂のつくった、壺を見せてもらいました。
枯枝に、まるでお雛様の花瓶とでもいうような、かわいらしい白い壺が、くっついているのです。桜んぼぐらいの大きさで、一太郎君のお家にある瀬戸物の一輪挿とそっくりの形をしています。
伯父さんは、そのトックリバチが、どんなふうにして、そんな壺をつくるかということを、くわしく一太郎君に話してきかせて下さいました。それは先にしるした通りです。
「ところが、このトックリバチには、もう一つ、とてもおもしろいことがあるんだよ」
伯父さんは、なんだかじらすような笑い方をして、一太郎君の顔をごらんになるのでした。
一太郎君は、そのおもしろいことというのは、いったい何だろうと、早く聞きたくてしかたがありません。
「トックリバチは、さっきも言ったように、たいへんな苦労をして、この美しい壺をつくりあげるのだが、それはけっして自分のためではないのだよ。
この壺は、自分がやすんだり眠ったりするためのものではなくて、子供を育てるためのものなんだ。子供のお家なのだ。
トックリバチは、壺をつくりおわると、こんどは子供の食料あつめにとりかかる。その食料というのは、長さ一センチにもたりない青虫だ。小さな蛾の幼虫なんだね。
そういう青虫の神経を、得意の毒針でちょっと刺して、逃げだしたりなんかできないように、からだをしびれさせておいて、それを脚ではさんで、飛びかえって、壺の中へ入れる。
一匹じゃない。十匹以上も、同じようにして、運んできては、壺の中へためこむのだ。
さて、食料の用意ができると、トックリバチは、壺の中へ卵を一つ生みつけて、それから、例の土をこねたセメントで、そっと壺の蓋をして、そのままどこかへ飛び去ってしまう。
生みつけられた卵は、壺の中で殻をやぶって幼虫になり、たっぷり用意されている青虫をたべて、だんだん大きくなって行き、おしまいには親蜂と同じ成虫の姿になって、壺をやぶって、広い世界に飛び出すという順序だ。
人間のお母さんたちは、だいたり、おぶったり、お乳をのませたり、赤ちゃんを育てるのに、それはそれは御苦労をなさるのだが、トックリバチは、その苦労を、子供を生む前にすませてしまうのだね。
雨や風にあたらないよう、太陽の強い光に照らされないように、ちゃんと、安全なお家をつくっておいてやる。それから、お乳をのませる代りには、青虫をどっさりためておいて、子供が成長してしまうまで、少しもひもじい思いをしないように、何から何まで用意がしてあるのだ。その用意をするのが、母蜂の生涯での一番大きな仕事なんだよ。
十何匹の青虫は、赤ん坊が成長するまでの食料だから、途中で腐ったりしてはたいへんだ。いつでもいきいきしていなければならない。
そこで、トックリバチは、青虫の神経を刺して、からだをしびれさせておくだけでけっして殺しはしないのだよ。殺せばすぐに腐ってしまう。人間のお医者さまだって、こんなうまい注射はできやしない。外科の手術をする時に、患者の神経をしびれさせておく注射はあるけれど、あの注射のききめは、ごくわずかの間で、トックリバチのように長くつづきはしないからね。
だから、トックリバチの赤ちゃんの食料は、生きているのだ。青虫どもは逃げだすような力はないけれども、口でものをかんだり、もくもくと身うごきすることぐらいはできるのだよ。
ところで、ここにじつに不思議なことがある。いいかね、トックリバチの卵は、水晶のようにすき通った細長い卵でごく小さな弱々しいものだ。また、卵をやぶって生まれてくる幼虫も、小さなうじ虫みたいなもので、食料の青虫たちが、ちょっとでも、身動きすれば、おしつぶされてしまうぐらいだ。餌になる青虫の方が、トックリバチの赤ちゃんよりも、ずっとずっと大きいのだからね。たとえからだがしびれていても、だまっておとなしく赤ちゃんに食われてしまうはずはないのだよ。
ちょうど人間の赤ん坊を、十何匹の牛がかたまって眠っているまん中へ、ほうり出しておくようなもので、もし牛が身動きすれば、赤ん坊はおしつぶされてしまう。トックリバチの赤ちゃんは、それと同じようなあぶない食料の中にいるのだ。
いったいこの弱々しい幼虫は、どうして身を守るのだろう。いや、幼虫になる前の卵のうちに、おしつぶされてしまうかもしれない。それをどうしてふせぐのだろう。
さあ、一太郎、お前のすきな謎の問題だよ。考えてごらん。これには、じつにびっくりするような仕掛があるのだからね」
伯父さんはそこで言葉をきって、又にこにこお笑いになるのでした。
一太郎君は、伯父さんのお話がおもしろくてたまらないので、夢中になって聞入っていましたが、待ちかまえていた謎を出されますと、さあわかりません。いくら考えてみても、この謎はとけないのです。
「伯父さん、僕にはとてもわかりませんよ」
一太郎君はとうとうかぶとをぬいでしまいました。
「ははははは、お前にわからないのはもっともだよ。有名なファーブルという昆虫学者にさえ、最初はわからなかったのだからね。ましてファーブルよりも前の昆虫学者は、そんなことを、うたがってさえみなかったのだからね。
ファーブルというのは、今から三十二年ほど前に、九十何歳まで長生きをして、なくなった、フランスの昆虫学者で、一生涯、虫とお友だちになって暮した人だ。「昆虫記」という大きな著書があって、日本語にも訳されているから、もう少し大きくなったら読んでみるといい。その本にはまるで小説のように、おもしろく、くわしく、いろいろな昆虫の生活が書いてあるのだよ。
そのファーブルが、トックリバチの幼虫が、自分のからだの何倍もある青虫どもの中にいて、どうしておしつぶされないかということを、はじめて発見したのだ。
ファーブルは、トックリバチの壺を割って、幼虫と青虫を取りだし、ペン先を入れる小さな箱の中へ入れて、幼虫が青虫をたべて成長して行くありさまを見ようとしたが、どういうわけか、ペン箱の中では、幼虫が死んでしまう。又別の壺を割って、同じようにためしてみても、やっぱり幼虫は死んでしまう。何度くりかえしてもだめなんだね。
そこで、ファーブルは考えた。壺から出すと死ぬんだから、きっと壺の中に何か仕掛があるにちがいない。だから幼虫を壺から取出さないで、壺の壁をそっと切り開いて、そこから虫眼鏡でのぞいて見ることにしよう、とね。
口でいえば何でもないが、これはなかなかむずかしい仕事なんだよ。よく切れるナイフの先で、壺の壁を、こわれないように用心しながら、切り開いて行くのだ。壺ぜんたいが桜んぼくらいの小さなものだから、うっかりすると、やりそこなう。気ながに、ゆっくりゆっくりやらなければいけない。
で、ファーブルは、やっとのことで、壺の横に四角な窓をあけたのだが、さて、そこからのぞいて見ると、壺の中には、どんな仕掛があったと思うね」
伯父さんは、そこでまた言葉を切って、いよいよ種明しをするんだぞ、といわぬばかりに、一太郎君の顔をごらんになるのでした。
「伯父さん、それ、どんな仕掛だったんですか」
一太郎君は、膝をのり出して、熱心にたずねました。
「窓に虫眼鏡をあててのぞいて見るとね、それはまだ母蜂が卵を生みつけて行ったばかりの壺だったが、その小さな水晶のようにすき通った卵が、どこにあったかというとね、おどろくじゃないか、壺の中の天井にぶら下っていたんだよ。
蜘蛛の巣のような細い糸に、卵がくっついてぶらさがっているのだ。だから、青虫どもがいくら身動きしたって、卵まではとどかないのだよ。卵はけっしておしつぶされる心配はないのだ。ファーブルは卵から幼虫が生まれ出るころを見はからって、又のぞいて見た。すると、かわいらしい幼虫は、やっぱりあの細い糸にぶら下って、頭を下にさかだちをして、壺の底にかさなり合っている青虫の一匹を、小さなくちばしで、つついていた。つまり人間でいえば、お乳をのんでいたわけだね。
ファーブルは、ためしに、ピンセットの先で、その青虫をそっとついてみた。青虫は死んでいるのじゃないから、もくもくとからだを動かした。すると、トックリバチの幼虫は、びっくりして、さかさまになったまま、あとじさりをして、あぶない餌から、天井の方へ逃げのぼってしまったんだよ。
例の卵のぶらさがっていた糸の先に、ちょうど幼虫が通れるくらいの白い管のようなものがついていて、びっくりした幼虫は、いきなりその管の中へ身をかくしてしまったのだ。
この管のようなものは、幼虫が生まれ出た卵の殻なんだね。その殻がむだにならないで、ちゃんと幼虫のかくれ場所になっているんだよ。
そうして、青虫の身動きが静まると、幼虫はまた、そろそろと管の中から頭を出して、下の方へおりて来て、青虫のからだを吸いはじめるのだ。それから、しばらくたって、またのぞいて見ると、幼虫はすっかり大きくなって、もう青虫がいくら動きまわっても、つぶされるような心配はなくなっている。だから、不自由な曲芸なんかすることはない。幼虫は下へおりてしまって、大いばりで青虫をたいらげているのだよ。
どうだね、何とうまくできているじゃないか。神様はこんな小さな虫けらにさえ、これだけの智恵をおさずけになっている。この世界をおつくりになった神様の考え深さは、ほんとうに恐しいほどじゃないか」
伯父さんのお話を聞きおわった一太郎君は、いつか蜘蛛の曲芸を見せてもらった時と同じような、ふしぎな感じにうたれて、しばらくは口もきけませんでした。この世界というものは、ほんとうにすばらしい。どんな小さな生きものにも、何かしら、びっくりするような、神様の智恵があらわれている。その世界に生きているというのはなんて楽しいことだろうと、身にしみて感じないではいられなかったのです。
「伯父さん、そのトックリバチって、どこにいるんですか」
やがて、一太郎君は、ふと気づいたようにたずねました。
「どこにだっているよ。東京附近にはたくさんいるんだ。お前もトックリバチの巣をさがし出して、ファーブルのまねをして、中をのぞいて見るといいね」
伯父さんは椅子から立ち上って、一太郎君の肩に手をかけて、にこにこしながら、そうおっしゃるのでした。
冷たい火