求婚三銃士

32話 罪亡しの罪作り

3,665字 約7分 2022年5月4日 公開

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 安達君は早速小宮君のところへ駈けつけたが、瀬戸君が来ていたのに驚いた。落伍以来初めて顔を合せたのだった。

「やあ。これは/\」

 と正直者の安達君は何となく具合が悪かった。しかし瀬戸君は例によって図太い。

「相変らず馬鹿なことをやっているのかい?」

 と強気に出た。

「うむ」

「好い加減にして目を覚ましたら宜かろう?」

「乗りかけた舟で仕方がない」

「形勢は何うだ?」

「余り香しくない」

「九分一分と初めから見ている。吉川君のものだ」

「自分は何うしたんだ?」

 と流石の安達君も腹が立った。

「おい/\。安達君」

 と小宮君が呼びかけた。

「失敬々々」

「主人にロク/\挨拶もしないで」

「土佐犬が吠えるからさ。失敬した。時に重大事件ってのは何だい?」

「僕と瀬戸君の方寸で君の運命が定るんだ。瀬戸君と喧嘩をしちゃ駄目だよ」

「ふうむ」

「その後の形勢は何うだ?」

「何うも面白くない」

「しかし今晩は特別(エキストラ)だってじゃないか?」

「それは僕だって稀(たま)には出し抜くさ」

「調子が好いと言って、奥さんが喜んでいたぜ」

「実はこの三四日少し盛り返したようだけれど、君に安心されると困る。矢っ張り形勢不利の積りで策を繞(めぐ)らせてくれ給え」

「駈引をしないで、本当のところを話してくれ」

「迚も危いんだ。それだものだから……」

「それだものだから?」

「大谷夫人も心配している」

「ハッハヽヽ」

「何だい?」

「形勢は好い方だろう。嘘をついても駄目だ」

「実は少し好いんだ」

「松が取れたら行動を開始しようと思っていたところへ、瀬戸君が耳寄りの話を持ち込んでくれたんだ。持つべきものは友達だよ」

「何だい? 瀬戸君が味方についてくれるのかい?」

「うむ。それで来ているんだ」

「瀬戸君」

「…………」

「瀬戸君、失敬した」

 と安達君は正直丈けに現金だ。

「おれは知らない。土佐犬だなんて言われて、味方につくものか?」

「つい吉川君の真似をしたんだ」

「目先の見えない人間は仕方がない。君と吉川君は何処までも好い相棒だよ」

「まあ/\、然(そ)う憤るな」

「君は僕がおっぽり出されたと思っているのか?」

「さあ」

「僕は感ずるところあって自分から手を引いたんだ。君達のような目先の見えない連中と一緒にされちゃ困る。君は一体あの佳子さんを申分ない淑女と思っているのか?」

「それは思っている。思っていればこそじゃないか?」

「何うしても貰いたいか?」

「貰いたい」

「後悔しても僕は知らないよ」

「何かあるのかい?」

「僕は閣下から封じられているから、絶対に口外しないけれど、貰った後で君が困るだろうと思うんだ」

「何故困る?」

「それが言えない」

「気になるね。変なことを言い出して」

「しかし君さえ辛抱すれば宜いことだ」

「何だい?」

「言えない」

「僕は何んなことがあっても困らない。辛抱で済むことなら辛抱する」

「屹度(きっと)だな」

「うむ」

「それなら宜い。予め念を押して置くんだ」

「味方についてくれるか?」

「それは別問題だ」

「何だ? 詰まらない」

「人に物を頼むからには礼儀を守り給え」

「失敬したと言っている」

「頭を下げろ」

 と瀬戸君は相変らず傲然たる態度だった。

「土佐犬と言ったのは悪かった」

 と安達君は仕方なしに頭を下げた。

「ところで、小宮君、僕が話そうか?」

「うむ。その方が早い」

「安達君、実は僕は閣下から相談を受けたんだよ」

「橋本閣下からかい?」

「いや、溝淵閣下だ。ついては僕の立場を打ち明ける。僕は溝淵閣下の令嬢を貰うことに定(きま)った」

「ふうむ?」

「しかし今晩は時間がないから、然(そ)うなるまでの経過は割愛(かつあい)しよう。小宮君あたりと違って、鼻の下の寸法が短いから、元来その任でない。兎に角、以前から出入していたんだから、その辺のところは君の常識で宜しく察してくれ給え」

「婉曲(えんきょく)にやったね」

「ハッハヽヽ」

 と瀬戸君は得意のようだった。

「一寸の間に新生面を開拓したとは驚いた。君は矢っ張り腕がある」

「少しは違う積りだ」

「豪(えら)いよ」

「おい、刺戟しちゃいけない」

 と小宮君が遮って、

「僕はもうサンザ聴かされたんだから」

「ハッハヽヽ」

「それにしてもお芽出度い。祝意を表する」

「有難う。ところで問題が君に移る。溝淵閣下は義理の堅い人だから、昨今煩悶(はんもん)しているんだ。僕から仲人を頼まれて僕を橋本家へ紹介した関係があるから、橋本閣下へ具合が悪い。佳子さんの候補者を横取りしたことになる。それも一番学業成績の好い奴を」

「後の方は余計だろう」

「いや、橋本家でも今更残念がっている。そんな様子が見えるだろう?」

「さあ。僕は自分の方が手一杯だから、訊いても見なかったけれど」

「兎に角、橋本家へ申訳がないから、この際僕に劣らぬ秀才を選抜して差向けたいと言い出したんだ。僕が一も二もなく賛成したら、何(ど)うだろう?」

「さあ」

「君達は二人とも何処かへ吹き飛ばされてしまう。然ういう事情も知らずに安閑としているんだから、目先が利かないと言われても仕方あるまい」

「それは少し困るね。僕は吉川君丈けでも持て余しているんだから」

「僕も君達の立つ瀬があるまいと思って、慌てゝ止めたんだ。すると閣下は二三日考えた後、僕を横取りした罪亡(つみほろぼ)しに二人の中何方か人物の好い方に定めてやる努力をしたいと言い出した。余程気に病んでいるのらしい。僕に参謀として働けと言うんだ。君と吉川君では何方が将来見込があるかと訊くんだ」

「成程」

「僕は人間としては北海道の方が肥料(こやし)が利いていると答えた。学業成績のことは前に話してあるから、今更嘘がつけない」

「厳しいな」

「人格者として推薦したんだ。幸い閣下は学問よりも人格に重きを置く。人物としては君の方が吉川君より数等上だと言って、君が始終出し抜かれていることを話した」

「余り好人物と思われても困るよ」

「いや、その辺に手ぬかりはない。僕はやるとなれば徹底的だ。種々(いろいろ)の方面から、君が人格に於いて吉川君に勝ることを立証して置いた」

「有難う。吉川君には些(ち)っと気の毒だけれど」

「構うものか? 僕が手を引いた時、吉川君は僕のところへ葉書を寄越した。『何うだ? 土佐犬!』とある。僕はそれを吉川君の人格の証明として、閣下に見せてやった」

「ふうむ」

「閣下も土佐人だ。憤ったぜ。土佐節なら、武士に通じるけれど、犬とは何だ? 君はこんなことを言われて黙っているのかって、叱られてしまった」

「僕は黙っていて宜(よ)かったな」

「何だい? 同感だったのかい?」

「いや、兎に角、君にいられると敵(かな)わないと思っていたから寛いだのさ。しかし友人の失脚を喜ぶようじゃ情けないとツク/″\思った」

「それが君の好いところだ。しかし僕のは失脚じゃない。中将令嬢から大将令嬢へ転向したんだ」

「僕は溝淵閣下から橋本閣下へ推薦して貰えるのかい?」

「そんな形式は取らない。溝淵閣下は橋本閣下から恨まれているんだから、釈明は後からのことにして、手っ取り早く毒瓦斯(どくガス)を使うんだろう」

「毒瓦斯?」

「鈍いぞ。要するに、吉川君を追い退けて、君丈けを戦場に残す仕掛けさ。陸軍の人だから、その辺は種々と作戦があるんだ」

 と目先の見える筈の瀬戸君はこの毒瓦斯政略に美事かゝっていながら気がつかない。

「成程。しかし気の毒だな、些っと」

「吉川君にかい?」

「うむ」

「それじゃこのまゝにして取られてしまい給え」

「厭だよ、それは」

「策は何をやっても差支ない約束だった」

「うむ」

「実を言うと、閣下は君達二人に重きを置いていない。友人の息子で陸軍大学に入っているのを推薦したがっている。今日もその話を持ち出したから、僕は慌てゝ小宮君に相談に来たんだ」

「成程」

「行こう、これから」

「何処へ?」

「溝淵閣下のところさ。会って話せば印象が強まる」

「さあ」

 と安達君は考え込んだ。

「煮え切らない男だな」

「…………」

「安達君、君はそれほど自信があるのか?」

 と小宮君はもどかしくなって口を出した。

「自信はないけれど、僕は吉川君にそれほどの恨みがない。口惜しい時には何でもしてやろうと思うけれど、いざとなると駄目だ」

「吉川君の問題じゃない。別に候補者の立つ危険があるんだ」

「それも分っている。しかし然うなれば運命だ」

「一気呵成に押し切る気はないか?」

「ない」

「意気地のない奴だな。僕達がこれほど力を入れているのに」

「自分を推薦して貰うんでなくて、相手を陥(おとしい)れることになるから御免蒙る」

「安達君、君は矢っ張り豪(えら)い」

 と瀬戸君が感心した。

「…………」

「僕は君が飛びついて来ると思ったんだ。自分の心持で君を忖度(そんたく)し過ぎた」

「何あに、気が弱いんだ」

「君に較べると、僕は誠実を欠いている。君や吉川君のことを余り好く言っていなかったんだ。その為め、閣下が別の候補者を立てゝ罪亡しをすると言い出したんだ。僕に責任がある」

「そんなことはないよ」

「僕はこれから閣下のところへ行って、君のことを話す。君の態度丈けでも、閣下は君の人格を認めてくれるだろう。他の候補者を持ち込むことは僕が責任を持って差控(さしひか)えて貰う」

「それなら宜しく頼む」

「豪いんだか馬鹿だか分らない。僕はもう相談に乗ってやらない」

 と小宮君の方が却って機嫌を悪くした。

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