金解禁前後の経済事情

8話 金解禁の經濟界に與ふる影響 金解禁準備と經濟界

2,027字 約4分 2014年7月26日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 爲替相場(かはせさうば)金解禁準備(きんかいきんじゆんび)(ため)漸次(ぜんじ)(あが)つて()た。爲替相場(かはせさうば)(あが)ることは日本(にほん)通貨(つうくわ)對外價値(たいぐわいかち)(あが)ることであるから外國(ぐわいこく)から直接(ちよくせつ)輸入(ゆにふ)せらるゝものは(こと/″\)値段(ねだん)(やす)くなる、一ヤール五(ゑん)羅紗(ラシヤ)が五(ゑん)五十五(せん)であつたものが、爲替相場(かはせさうば)(あが)るに()れて五(ゑん)其羅紗(そのラシヤ)()へるやうになる。消費者(せうひしや)から()れば此上(このうへ)もない福音(ふくいん)である。(しかし)ながら爲替相場(かはせさうば)(あが)る、それに()れて直接(ちよくせつ)輸入(ゆにふ)する品物(しなもの)價格(かかく)段々(だん/\)(さが)ると()道程(だうてい)(かんが)へて()ると、此商品(このしやうひん)取扱(とりあつか)商人(しやうにん)(あるひ)商賣社會(しやうばいしやくわい)から()ふと、物價(ぶつか)漸次(ぜんじ)低落(ていらく)するときには、手持(てもち)品物(しなもの)ならば(なる)たけ(はや)(これ)(さば)かう、(また)手持(てもち)品物(しなもの)(なる)たけ(すくな)くしよう、()()ふことは當然(たうぜん)結果(けつくわ)()はなくてはならぬ。手持(てもち)商品(しやうひん)(すくな)くすることは、商取引(しやうとりひき)()ることである。それだけ經濟界(けいざいかい)には不景氣(ふけいき)(きた)すと()ふことである。それであるから爲替相場(かはせさうば)(あが)道程(だうてい)(おい)ては不景氣(ふけいき)()むを()ない現象(げんしやう)であつた。(しかし)ながら今日(こんにち)金解禁(きんかいきん)によつて爲替相場(かはせさいば)(すで)頂上(ちやうじやう)まで騰貴(とうき)をしたのであるから、爲替相場(かはせさうば)(あが)(ため)經濟界(けいざいかい)不景氣(ふけいき)(すで)過去(くわこ)事實(じじつ)になつたと()てよろしいのである。今後(こんご)此意味(このいみ)から()不景氣(ふけいき)はないと(かんが)へて()からうと(おも)ふ。()(なか)金解禁(きんかいきん)出來(でき)たならば、經濟界(けいざいかい)に一()景氣(けいき)()()はしないかと()(ひと)があるが、それは(すなは)過去(くわこ)箇月(かげつ)(かん)爲替相場(かはせさうば)(あが)(ため)に、(したがつ)物價(ぶつか)(さが)(ため)に、()るたけ手持(てもち)商品(しやうひん)(げん)じて()つたが、(すで)爲替相場(かはせさうば)(あが)つてしまつて、其方面(そのはうめん)から()物價低落(ぶつかていらく)がなくなつたからして、最早(もはや)安心(あんしん)して手持(てもち)(ふや)すことが出來(でき)る、(すなは)商取引(しやうとりひき)()える、()()ふことを意味(いみ)する次第(しだい)である。(わたし)日本(にほん)今日(こんにち)經濟界(けいざいかい)金解禁(きんかいきん)出來(でき)たからと()つて、(たなごゝろ)(かへ)(ごと)景氣(けいき)()()やうとは(かんが)へぬ。(しかし)ながら(いま)()(せつ)(わたし)(こゝ)説明(せつめい)して()半面(はんめん)事實(じじつ)(かた)るものと()()からうと(おも)ふのである。

 金解禁(きんかいきん)我國(わがくに)輸出貿易(ゆしゆつぼうえき)にどんな影響(えいきやう)(あた)へるかと()ふと爲替相場(かはせさうば)下落(げらく)する道程(だうてい)(おい)ては日本品(にほんひん)賣値(うりね)(どう)一であつてもこれを輸入(ゆにふ)する(くに)貨幣(くわへい)での買値(かひね)段々(だん/\)低落(ていらく)するのであるから買手(かひて)()(やす)くなる(わけ)である。外國市場(ぐわいこくしぢやう)(おい)他國品(たこくひん)競爭(きやうさう)位置(ゐち)にある場合(ばあひ)爲替相場(かはせさうば)下落(げらく)()めに日本品(にほんひん)競爭(きやうさう)()()つて(おほ)()れることは時々(とき/″\)經驗(けいけん)した(ところ)である。(また)反對(はんたい)爲替相場(かはせさうば)騰貴(とうき)道程(だうてい)にある場合(ばあひ)には日本品(にほんひん)賣値(うりね)()げずに(どう)一としておくには輸入國(ゆにふこく)貨幣買値(くわへいかひね)段々(だん/\)引上(ひきあ)げて(たか)()はすことになるのであるから商賣(しやうばい)がし(にく)くなることは事實(じじつ)である。(たと)へば昨年(さくねん)の七(ぐわつ)()日本(にほん)標準生糸(へうじゆんきいと)(きん)横濱相場(よこはまさうば)は千三百二十(ゑん)であつて、()()對米爲替相場(たいべいかはせさうば)は四十四(ドル)(ぶん)の一であつたから、米國(べいこく)ではこれが五百八十二(ドル)四十五(セント)であるが、()()對米爲替相場(たいべいかはせさうば)金解禁後(きんかいきんご)今日(こんにち)(おい)ては四十九(ドル)(ぶん)の一に騰貴(とうき)したから、()今日(こんにち)日本(にほん)(おい)昨年(さくねん)(ぐわつ)()(おな)じ千三百二十(ゑん)相場(さうば)とすれば、これは六百五十(ドル)(セント)相當(さうたう)するので、米國(べいこく)(おい)ては日本生糸(にほんきいと)買値(かひね)騰貴(とうき)する(わけ)であるから商賣(しやうばい)はし(にく)くなることになる。それで日本(にほん)()ける賣値(うりね)(やす)くなる道理(だうり)であるが(しか)事實(じじつ)爲替相場(かはせさうば)騰貴(とうき)する(だけ)輸出品(ゆしゆつひん)賣値(うりね)低落(ていらく)するものではないのである。昨年(さくねん)(ぐわつ)金解禁準備(きんかいきんじゆんび)着手以來(ちやくしゆいらい)生糸貿易(きいとぼうえき)實況(じつきやう)()ると、

 七(ぐわつ) 二()  四十四(ドル)(ぶん)の一  千三百二十(ゑん)

   十五(にち)  四十五(ドル)(ぶん)の一  千二百七十(ゑん)

 八(ぐわつ) 十()  四十六(ドル)(ぶん)の一  千二百九十(ゑん)

 九(ぐわつ)十三(にち)  四十六(ドル)(ぶん)の五  千三百五十(ゑん)

 十(ぐわつ)十五(にち)  四十七(ドル)()の五  千二百八十五(ゑん)

十二(ぐわつ)卅一(にち)  四十九(ドル)      千百七十(ゑん)

(ぐわつ)から八(ぐわつ)()けて生糸相場(きいとさうば)多少(たせう)低落(ていらく)した、(しか)爲替相場(かはせさうば)騰貴(とうき)した割合(わりあひ)には低落(ていらく)せざるのみならず七(ぐわつ)以來(いらい)(つね)非常(ひじやう)好賣行(かううれゆき)であつて爲替相場(かはせさうば)漸次(ぜんじ)騰貴(とうき)するに(かゝは)らず九(ぐわつ)()りては千三百五十(ゑん)となつたのである。(しか)るに十(ぐわつ)初旬(しよじゆん)より米國證劵市場(べいこくしようけんしぢやう)不安定(ふあんてい)状況(じやうきやう)となり(つい)に十一(ぐわつ)()りては大紛亂(だいふんらん)惹起(じやくき)するに(いた)つた。米國經濟界(べいこくけいざいかい)全般(ぜんぱん)には何等(なんら)懸念(けねん)すべき状態(じやうたい)(みと)めざるも、人氣(にんき)中心(ちうしん)たる證劵市場(しようけんしぢやう)大變動(だいへんどう)(きた)したことであるから(いきほ)生糸相場(きいとさうば)にも波及(はきふ)して十(ぐわつ)初旬(しよじゆん)より低下(ていか)趨勢(すうせい)となり、十一(ぐわつ)下旬(げじゆん)には千二百(ゑん)(だい)となり十二(ぐわつ)には(つい)に千百(ゑん)(だい)となつた。爲替相場(かはせさうば)騰貴(とうき)にも(かゝは)らず糸價(しか)(かへつ)騰貴(とうき)賣行(うれゆき)(また)良好(りやうかう)なりしに米國證劵市場(べいこくしようけんしぢやう)不安定(ふあんてい)()糸價(しか)下落(げらく)したるは我國(わがくに)生糸貿易(きいとぼうえき)()非常(ひじやう)遺憾(ゐかん)とする(ところ)である。

 (また)金解禁(きんかいきん)我國(わがくに)工業(こうげふ)(あた)へる影響(えいきやう)(つい)()るに、我國(わがくに)(おい)ては對米爲替相場(たいべいかはせさうば)大正(たいしやう)(ねん)以來(いらい)平均(へいきん)(ドル)乃至(ないし)(ドル)下落(げらく)にして、これは四()乃至(ないし)()輸入關税(ゆにふくわんぜい)同樣(どうやう)保護(ほご)()(しゆ)工業(こうげふ)(たい)して(あた)へつゝあつたもので、金解禁(きんかいきん)によつて爲替相場(かはせさうば)騰貴(とうき)(また)(てい)する()めに過去(くわこ)數年間(すうねんかん)()つゝありしこの保護(ほご)(うしな)ふことゝなるが、()くの(ごと)()(くに)貨幣價値(くわへいかち)下落(げらく)から()保護(ほご)永續(えいぞく)すべき性質(せいしつ)のものにあらず、(また)(ぱう)我國(わがくに)經濟(けいざい)立直(たてなほ)しが出來(でき)堅實(けんじつ)なる基礎(きそ)(うへ)()つのであるからこれより(きた)生産費(せいさんひ)低減(ていげん)によりて(うしな)(ところ)(つぐな)()けの用意(ようい)覺悟(かくご)をなすべきことゝ(かんが)へるのである。

目次に戻る

目次