子供の霊

1話 子供の霊

1,220字 約2分 2008年10月19日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 私が十三歳の時だから、丁度(ちょうど)慶応三年の頃だ、当時私は京都寺町通(きようとてらまちどおり)の或る書房に居たのであるが、その頃に其頃(そこ)の主人夫婦の間に、男の子が生れた。すると奇妙なことに、その子に肛門がないので、それが()め、生れて三日目の朝、(つい)に死んでしまった。やがて親戚や近所の人達が、(あつま)って来て、彼地(あちら)でいう夜伽(よとぎ)東京(とうきょう)でいえば通夜(つや)であるが、それが(ある)晩のこと(はじま)った。冬の事で、四隣(あたり)(いたっ)て静かなのに、(かね)()が淋しく(きこ)える、私は平時(いつ)も、店で書籍が積んである(かたわら)に、寝るのが例なので、その晩も、用を(しま)って、最早(もう)遅いから、例の如く一人で(とこ)に入った。夜が()けるにつれ、夜伽(よとぎ)の人々も、寝気(ねむけ)(もよお)したものか、(かね)の音も漸々(ようよう)に、遠く消えて行くように、折々(おりおり)一人二人の叩くのが(きこ)えるばかりになった。それは(あだか)も昔の七つさがり、(すなわ)現今(いま)の四時頃だったが、不図(ふと)私は眼を覚ますと、店から奥の方へ行く土間の(すみ)の所から、何だかポッと(けむ)の様な、楕円形(だえんけい)赤児(あかんぼ)の大きさくらいのものが、下からスーと出たかと思うと、それが燈心(とうしん)(あかり)が薄赤く店の方の、つまり私の()ていた、蒲団の(すそ)の方へ、流れ込んで映っている、ここに三尺ばかり()いてる障子のところを通って、夜伽(よとぎ)の人々が(あつま)ってる座敷の方へ、フーと入って行った、それが入って行った(あと)には、例の薄赤い()の影が、漸々(ようよう)と暗く(かげ)って行って、真暗になる、やがて暫時(しばらく)すると、またそれが奥から出て来て、元のところへ来て、プッと消えた、私は子供心にも、不思議なものだとは思ったが、その時には決して怖ろしいという様な(かんがえ)は、少しも浮ばなかった。よく見てやろうと、私は(とこ)の上に起直(おきなお)って見ていると、またポッと出て、矢張(やっぱり)(おく)()の方へフーと行く、すると間もなくして、また出て来て消えるのだが、そのぼんやりとした楕円形(だえんけい)のものを見つめると、何だか小さい手で(あだか)合掌(がっしょう)しているようなのだが、頭も足も(さら)に解らない、ただ灰色の瓦斯体(ガスたい)の様なものだ、こんな風に、同じ様なことを三度ばかり繰返(くりかえ)したが、その()はそれも()まって、何もない。私も不思議なこともあるものだと、怪しみながらに(つい)その(まま)()てしまったのだ。夜が明けると、私は早速(さっそく)今朝方見た、この不思議なものの(はなし)を、主人(あるじ)の老母に語ると、老母は驚いた様子をしたが、これは決して他人へ口外をしてくれるなと、如何(どう)いう理由(わけ)だったか、その時分には解らなかったが、(かた)()められたのであった。ところが二三日(のち)、よく主顧(とくい)にしていた、大仏前(だいぶつまえ)智積院(ちしゃくいん)という寺へ、用が出来たので、例の如く、私は書籍を背負(しょ)って行った。住職の老人には私は平時(いつ)顔馴染(かおなじみ)なので、この時談(はなし)(ついで)に、先夜見た(はなし)をすると、老僧は莞爾(にっこり)笑いながら、恐怖(こわ)かったろうと、いうから、私は別にそんな感も(おこ)らなかったと答えると、それは()らかったが、それが世にいう幽霊というものだと、云われた時には、(かえっ)てゾッと(おび)えたのであった。さあそれと聞いてからは、子供心に気味が()るくって、その晩などは(つい)に寝られなかった。私の実際に見たのではこんな事がある。

目次に戻る

感想を書く

目次