6話 ヰタ・セクスアリス(6)
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十七になった。
この歳にお父様が、世話をする人があって、小菅の監獄署の役人になられた。某省の属官をしておられたが、頭が支えて進級が出来ない。監獄の役人の方は、官宅のようなものが出来ていて、それに住めば、向島の家から家賃があがる。月給も少し好い。そこで意を決して小菅へ越されたのである。僕は土曜日に小菅へ行って、日曜日の晩に下宿に帰ることになった。
僕は依然として三角同盟の制裁の下に立っているのである。休日の前日が来て、小菅の内へ帰る度に通新町を通る。吉原の方へ曲る角の南側は石の玉垣のある小さい社で、北側は古道具屋である。この古道具屋はいつも障子が半分締めてある。その障子の片隅に長方形の紙が貼ってあって、看板かきの書くような字で「秋貞」と書いてある。小菅へ行く度に、往にも反にも僕はこの障子の前を通るのを楽にしていた。そしてこの障子の口に娘が立っていると、僕は一週間の間何となく満足している。娘がいないと、僕は一週間の間何となく物足らない感じをしている。
この娘はそれ程稀な美人というのではないかも知れない。只薄紅の顔がつやつやと露が垂るようで、ぱっちりした目に形容の出来ない愛敬がある。洗髪を島田に結っていて、赤い物なぞは掛けない。夏は派手な浴衣を着ている。冬は半衿の掛かった銘撰か何かを着ている。いつも新しい前掛をしているのである。
僕はこの頃から、ずっと後に大学を卒業するまで、いや、そうではない、それから二年目に洋行するまで、この娘を僕の美しい夢の主人公にしていたに相違ない。春のなまめかしい自然でも、秋の物寂しい自然でも、僕の情緒を動かすことがあると、ふいと秋貞という名が唇に上る。実に馬鹿らしい訣である。何故というのに、秋貞というのはその店に折々見える、紺の前掛をした、痩せこけた爺さんの屋号と名前の頭字とに過ぎないのである。この娘は何という娘だということをも僕は知らないのである。しかし不思議と云えば不思議である。僕が顔を覚えてから足掛五年の間、この娘は娘でいる。僕の空想の中に娘でいるのは不思議ではないが、この娘が実在の娘でいるのは不思議である。僕の例の美しい夢の中で、若しやこの娘は、僕が小菅へ往復する人力車を留めて、話をし掛けるのを待っているのではあるまいかとさえ思ったこともある。しかしまさか現の意識でそれを信ずる程の詩人にもなれなかった。余程年が立ってから、僕は偶然この娘の正体を聞いた。この娘はじきあの近所の寺の住職が為送をしていたのであった。
つまらない話の序に、も一つ同じようなのを話そう。お父様の住まってお出になる、小菅の官舎の隣に十三ばかりの娘がある。それが琴の稽古をしている。師匠は下谷の杉勢というのであるが、遠方の事だから、いつも代稽古の娘が来る。お母様が聞いていらっしゃるに、隣の娘が弾いても、代稽古に来る娘が弾いても、余り好い音がしたことはない。それが或日まるで変った音がした。言って見れば、今までのが寝惚けた音なら、今度のは目の醒めた音である。お母様が隣の奥さんにその事を話すと、あれは琴を商売にしている人ではない。杉勢の弟子で、五軒町に住んでいる娘である。代稽古に来る娘が病気なので、好意で来てくれたということであった。そのうちその琴の上手な娘が、お母様に褒められたのを聞いて、それではいつか往って弾いて聞かせようと云った。
それから折々内に寄るので、僕が休日に帰っていて落ち合うこともある。子供の時に Hydrocephalus ででもあったかというような頭の娘で、髪が稍や薄く、色が蒼くて、下瞼が紫色を帯びている。性質は極勝気である。琴はいかにも virtuoso の天賦を備えている。これが若し琴を以て身を立てようとする人であったら、師匠に破門せられて、別に一流を起すという質かも知れない。
この娘が段々お母様と親密になって、話の序に、遠廻しのようで、実は頗る大胆に、僕の妻になりたいということをほのめかすのである。お母様が、倅も卒業すれば、是非洋行をさせねばならないが、卒業試験の点数次第で、官費で遣られるか、どうだか知れないと話すと、わたくしがお金を持っていれば、有るだけ出して学資にして戴きとうございますなどという。
お母様にもこの娘の怜悧なのが気に入る。そこで身元などを問い合わせて見られる。このお麗さんという娘は可なりの役を勤めていた士族の娘で、父親に先立たれて、五軒町の借屋に母親と一しょに住んでいる。しかし妙なことには、その家にお兄いさんというのがいて、余程お人好と見えて、お麗さんに家来のように使われている。それが実は壻養子に来たものだということである。壻養子に来たのではあるが、お麗さんはその人の妻になりたくないから、家をその人に遣って、自分はどこかへ娵に行きたいと云っている。そしてお麗さんの望は、少くも学士位な人を夫に持ちたいというのだそうだ。そこで僕がその選に中ったという訣である。
お母様にはそのお兄いさんというもののいるのが気に入らない。僕はこの怜悧で活溌な娘が嫌ではないが、早く妻を持とうという気はないのだから、この話はどうなるともなしに、水が砂地に吸い込まれるように、立消になってしまった。
これは性欲問題では勿論無い。そんならと云って、恋愛問題とも云われまい。言わば起り掛かって止んだ縁談に過ぎないが、思い出したから書いて置く。お麗さんは望どおりに或る学士の奥さんになって横浜あたりにいるということである。
*
十八になった。
夏休の間の出来事である。卒業試験が近くなるので、どこかいつもより静かな処にいて勉強したいと思った。さいわい向島の家が借手がなくて明いている。そこへ書物を持って這入る。お母様が二三日来ていて、世話をして下さる。しかし材料さえ集めて置いて貰えば、僕が自炊をするというのである。お母様は覚束ないと仰ゃる。
この話を隣の植木屋が聞いた。お父様が畠に物を作る相談をせられるので、心安くなっていた植木屋である。この植木屋のお上さんが、親切にもこういう提議をした。植木屋にお蝶という十四になる娘がある。体は十六位かと見えるように大きいが、まるで子供である。煮炊もろくな事は出来ない。しかし若旦那よりは上手であろう。これを貸してくれようと云うのである。お母様は同意なすった。僕も初から女を置くということには反対していたが、鼻を垂らして赤ん坊を背負っていたのを知っている、あのお蝶なら好かろうというので、同意した。
お蝶は朝来て夜帰る。むくむくと太った娘で、大きな顔に小さな目鼻が附いている。もう鼻は垂らさない。島田に結っている。これは僕のお召使になるというので、自ら好んで結って貰ったのだそうだが、大きな顔の上に小さい島田髷が載っている工合は随分可笑しい。
飯の時にはお蝶がお給仕をする。僕はその様子を見て、どうしても蝶ではなくて蛾の方だなどと思っている。見るともなしに顔を見る。少し竪に向いて附いた眉の下に、水平な目があるので、内眦の処が妙にせせこましくなっている。俯向いてその目で僕を見ると、滑稽を帯びた愛敬がある。
お蝶は好く働く。僕は飯の時に給仕をさせるだけで、跡は何をしていようと構わない。お菜は何にしましょうと云って来ると、何でも好いから、お前の内で拵えるような物を拵えろと云う。そんな風で二週間程立った。
或日今年は親類の内に往っていると聞いていた尾藤裔一が来た。僕は学科の本に読み厭きていたので、喜んで話しかけたが、裔一はひどく萎れている。僕は不審に思った。
「君どうかしているようじゃないか」
「僕は本科に這入ることは廃めた」
「どうして」
「実は君には逢わずに国へ立ってしまおうと思ったのだ。ところが、親父に暇乞に来て聞けば、君がいるというので、つい逢いたくなって遣って来た」
お蝶が茶を持って出た。裔一は茶を一息に飲んで話を続けた。裔一の学資は父親の手から出ていない。木挽町に店を出している伯父が出していたのである。その伯父の所帯が左前になったので、いよいよ廃学をしなくてはならないようになった。そこで国へ帰って小学校の教員でもしようかと思っている。しかし教員になるにしても、その旁何か遣りたい。西洋の学問をするには、素養が不十分な上に、新しい本を買うのは容易でない。そこで一時の凌ぎにと云って、伯父の出してくれた金の大部分は漢籍にしてしまった。それを持って国へ引込んで読むというのである。
僕は気の毒でたまらなかった。しかし何とも言いようがない。意味のない慰めなんぞを言うと、裔一は怒り兼ない。為方なしに黙っていた。
間もなく裔一は帰ると云った。そして立ちそうにして立たずに、頗る唐突にこんな事を言い出した。
「僕の伯父の立ち行かなくなったのは、元はおばの為めだ」
「おばさんはどんな人なんだ」
「伯父が一人でいたときの女中だ」
「ふむ」
「それがどうしても離れないのだ。女房に内助なんということを要求するのは無理かも知れないが、訣の分らない奴が附いていて離れないというものは、人生の一大不幸だなあ。左様なら」
裔一はふいと帰って行った。
僕はあっ気に取られて跡を見送った。戸口に掛けてある簾を透して、冠木門を出て行く友の姿が見える。白地の浴衣に麦稈帽を被った裔一は、午過の日のかっかっと照っている、かなめ垣の道に黒い、短い影を落しながら、遠ざかって行く。
裔一は置土産に僕を諷諫したのである。僕は一寸腹が立った。何もその位な事を人に聞かなくても好いと思う。それも人による。万事に掛けて自分よりは鈍いように思っていた裔一には、出過ぎた話だと思う。その上お蝶が何だ。こっちはまるで女とも何とも思っていないのではないか。人を識らないのだ。寃もまた甚しいと思ったのである。
机に向いて読み掛けていた本を開ける。どうも裔一の云ったことが気になる。僕はお蝶を何とも思ってはいない。しかしお蝶はどうだろう。僕とお蝶とは殆ど話というものをしないから、お蝶が何と云ったというような記憶は無い。何か記憶に留まった事はないかと思うと、ふいと今朝の事を思い出す。今朝散歩に出た。出るときお蝶は蚊屋を畳み掛けていた。三十分も歩いたと思って帰って見ると、お蝶は畳んだ蚊屋を前に置いて、目は空を見てぼんやりしてすわっていた。もう疾くに片付けてしまっているだろうと思ったのに、意外であった。その時僕は少し懶けて来たなと思った。あの時お蝶は三十分が間も何を思っていたのだろう。こう思って、僕は何物をか発見したような心持がした。
この時から僕はお蝶に注意するようになった。別な目でお蝶を見る。飯の給仕をしてくれる時に、彼の表情に注意する。注意して見ると、こういう事がある。初の頃は俯向いてはいたが、度々僕の顔を見ることがあった。それがこの頃は殆ど全く僕の顔を見ない。彼の態度は確に変って来たのである。
僕は庭なぞを歩くとき、これまでは台所の前を通っても、中でことこと言わせているのを聞きながら、其方を見ずに通ったのが、今度は見て通る。物なんぞを洗い掛けて手を休めて、空を見て、じっとしているのが目に附く。何か考えているようである。
又飯の給仕に来る。僕の観察の目が次第に鋭くなる。彼は何も言わず、顔も上げずにいるが、彼の神経の情態が僕に感応して来るような気がする。彼の体が電気か何かの蓄積している物体ででもあるように感ぜられる。そして僕は次第に不安になって来た。
僕は本を見ていても、台所の方で音がすれば、お蝶は何をしているのかと思う。呼べば直に来る。来るのは当りまえではあるが、呼ぶのを待っていたなと思う。夕かたになると暇乞をして勝手の方へ行く。そして下駄を穿いて出て、戸を締める音がするまで、僕は耳を欹てている。そしてその間の時間が余り長いように思う。彼は帰り掛けて、僕の呼び戻すのを待っているのではないかと思う。僕の不安はいよいよ加わって来たのである。
その頃僕はこんな事を思った。尾藤裔一は鋭敏な男ではない。しかし彼は父親の処にいる時も、伯父の処にいる時も、僕の内とは違う雰囲気の中に栖息していたのである。そこで一寸茶を持って出ただけのお蝶の態度を見て、何物かを発見したのではあるまいかと思った。
或日お母様がお出なすった。僕は、もう向島は嫌になったから、小菅に帰ろうと思うと云った。お母様は、そんな事なら、何故葉書でもよこさなかったかと仰ゃる。僕は、切角手紙を出そうと思っていた処だと云った。実はお母様のお出なすったのを見て、急に思い附いたのである。僕はお母様に、お蝶と植木屋のものとに跡を片附けさせて帰って下さるように頼んで置いて、本を二三冊持って、ついと出て、小菅へ帰った。
お蝶の精神か神経かの情態に、何か変ったことがあったかどうだか、恋愛が芽ざしていたか、性欲が動いていたか、それとも僕の想像が跡形もない事を描き出したのであったか、僕はとうとう知らずにしまった。
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十九になった。
七月に大学を卒業した。表向の年齢を見て、二十になったばかりで学士になるとは珍らしいと人が云った。実は二十にもなってはいなかった。とうとう女というものを知らずに卒業した。これは確に古賀と児島とのお蔭である。そして児島だけは、僕より年は上であったが、やはり女を知らなかったらしい。
その当座宴会がむやみにある。上野の松源という料理屋がその頃盛であった。そこへ卒業生一同で教授を請待した。
数寄屋町、同朋町の芸者やお酌が大勢来た。宴会で芸者を見たのはこれが始である。
今でも学生が卒業する度に謝恩会ということがある。しかし今からあの時の事を思って見ると、客も芸者も風が変っている。
今は学士になると、別に優遇はせられないまでも、ひどく粗末にもせられないようだ。あの頃は僕なんぞをば、芸者がまるで人間とは思っていなかった。
あの晩の松源の宴会は、はっきりと僕の記憶に残っている。床の間の前に並んでいる教授がたの処へ、卒業生が交る交るお杯を頂戴しに行く。教授の中には、わざと卒業生の前へ来て胡坐をかいて話をする人もある。席は大分入り乱れて来た。僕はぼんやりしてすわっていると、左の方から僕の鼻の先へ杯を出したものがある。
「あなた」
芸者の声である。
「うむ」
僕は杯を取ろうとした。杯を持った芸者の手はひょいと引込んだ。
「あなたじゃあ有りませんよ」
芸者は窘めるように、ちょいと僕を見て、僕の右前の方の人に杯を差した。笑談ではない。笑談を粧ってもいない。右前にいたのは某教授であった。芸者の方には殆ど背中を向けて、右隣の人と話をしておられた。僕の目には先生の絽の羽織の紋が見えていたのである。先生はやっと気が附いて杯を受けられた。僕がいくらぼんやりしていても、人の前に出した杯を横から取ろうとはしない。僕は羽織の紋に杯を差すものがあろうとは思い掛けなかったのである。
僕はこの時忽ち醒覚したような心持がした。譬えば今まで波の渦巻の中にいたものが、岸の上に飛び上がって、波の騒ぐのを眺めるようなものである。宴会の一座が純客観的に僕の目に映ずる。
教場でむつかしい顔ばかりしていた某教授が相好を崩して笑っている。僕のすぐ脇の卒業生を掴まえて、一人の芸者が、「あなた私の名はボオルよ、忘れちゃあ嫌よ」と云っている。お玉とでも云うのであろう。席にいただけのお酌が皆立って、笑談半分に踊っている。誰も見るものはない。杯を投げさせて受け取っているものがある。お酌の間へ飛び込んで踊るものがある。置いてある三味線を踏まれそうになって、慌てて退ける芸者がある。さっき僕にけんつくを食わせた芸者はねえさん株と見えて、頻りに大声を出して駈け廻って世話を焼いている。
僕の左二三人目に児島がすわっている。彼はぼんやりしている。僕の醒覚前の態度と余り変っていないようだ。その前に一人の芸者がいる。締った体の権衡が整っていて、顔も美しい。若し眼窩の縁を際立たせたら、西洋の絵で見る Vesta のようになるだろう。初め膳を持って出て配った時から、僕の注意を惹いた女である。傍輩に小幾さんと呼ばれたのまで、僕の耳に留まったのである。その小幾が頻りに児島に話し掛けている。児島は不精々々に返詞をしている。聞くともなしに、対話が僕の耳に這入る。
「あなた何が一番お好」
「橘飩が旨い」
真面目な返詞である。生年二十三歳の堂々たる美丈夫の返詞としては、不思議ではないか。今日の謝恩会に出る卒業生の中には、捜してもこんなのがいないだけは慥である。頭が異様に冷になっていた僕は、間の悪いような可笑しいような心持がした。
「そう」
優しい声を残して小幾は座を立った。僕は一種の興味を以て、この出来事の成行を見ている。暫くして小幾は可なり大きな丼を持って来て、児島の前に置いた。それは橘飩であった。
児島は宴会の終るまで、橘飩を食う。小幾はその前にきちんとすわって、橘飩の栗が一つ一つ児島の美しい唇の奥に隠れて行くのを眺めていた。
僕は小幾が為めに、児島のなるたけ多くの橘飩を、なるたけゆっくり食わんことを祈って、黙って先へ帰った。
後に聞けば、小幾は下谷第一の美人であったそうだ。そして児島は只この美人の《さ》げ来った橘飩を食ったばかりであった。小幾は今某政党の名高い政治家の令夫人である。
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