2話 人魚の姫(2)
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た。手足はつかれきって、もう、しびれはじめていたのです。美しい目は、しっかりととじていました。もしもこのとき、人魚のお姫さまがきてくれなかったなら、きっと死んでしまったことでしょう。お姫さまは、王子の頭を水の上に持ちあげて、どこともなく、波に身をまかせて、ただよっていきました。
明けがた近く、あらしはすぎさりました。船はかげも形もなく、あたりには、切れはし一つ見えません。お日さまがあかあかとのぼって、海の面をキラキラと照らしました。すると、気のせいか、王子の頬にも、血の気がさしてきたように思われました。でも、やっぱり、目はかたくとじたままでした。人魚のお姫さまは、王子の高い、美しいひたいにキスをして、ぬれた髪の毛をなであげてやりました。見れば、王子は、どことなく、海の底の小さな花壇にある、あの大理石の像に似ているような気がします。お姫さまは、もう一度キスをして、王子さまが、どうか生きていてくれますように、と、心の中で祈りました。
やがて、むこうのほうに陸地が見えてきました。高い、青い山々のいただきには、ちょうど、ハクチョウが寝ているようなかっこうで、まっ白い雪がキラキラ光っていました。下の海べには、美しいみどりの森があって、その前に一つの建物が立っていました。それは教会なのか修道院なのか、お姫さまにはよくわかりませんでした。見ると、庭にはレモンやオレンジの木が生えていて、門の前には高いシュロの木が立っています。海は、ここで小さな入り江になっていました。入り江の中はとても静かでしたが、おくの岩のところまでたいそう深くなっていました。その岩のあたりでは、白いこまかい砂が波にあらわれていました。
人魚のお姫さまは、美しい王子をだいて、そこへおよいでいきました。そして、王子を砂の上に寝かせましたが、そのときも王子の頭を高くして、暖かいお日さまの光がよくあたるように、気をつけてあげました。
そのとき、大きな白い建物の中で、鐘が鳴りました。そして、若い娘たちが大ぜい、庭から出てきました。それを見ると、人魚のお姫さまは、そこから離れて、二つ三つ海の面につき出ている、大きな岩のかげまでおよいでいきました。そこで、海のあわを髪の毛や胸にかぶって、だれにも顔を見られないようにしてから、この気の毒な王子のそばに、どんな人がやってくるか、じっと見ていました。
まもなく、ひとりの若い娘が歩いてきました。娘は、王子を見ると、たいそうびっくりしたようでした。でも、すぐにもどっていって、ほかの人たちを呼んできました。人魚のお姫さまが、なおも目を離さずに見ていますと、王子は、とうとう気がついて、まわりにいる人たちにほほえみかけました。けれども、命をたすけてくれた人魚のお姫さまのほうへは、ほほえんでも見せませんでした。考えてみれば、むりもありません。お姫さまに命をたすけてもらったことなどは、夢にも知らないのですからね。でも、お姫さまは、たいそう悲しくなりました。まもなく、王子が大きな建物の中にはこばれていってしまうと、人魚のお姫さまは、悲しみながら水の中へしずんで、おとうさまのお城へもどっていきました。
このお姫さまは、もともと、もの静かで、考え深いたちでしたが、今では、それがもっともっとひどくなりました。
「ねえ、海の上で、どんなものを見てきたの?」と、おねえさまたちはしきりにたずねましたが、お姫さまはなんにも話しませんでした。
それからは、幾晩も幾朝も、お姫さまは、王子と別れた海べに浮びあがっていきました。いつのまにか、庭の木の実が熟してもぎとられていくのを見ました。高い山々の雪が、とけていくのも見ました。それでも、王子の姿は見えません。そのたびに、お姫さまは、前よりもいっそう悲しくなって、うちへ帰っていくのでした。
いまのお姫さまにとっては、自分の小さな花壇の中にすわって、王子に似ている、あの美しい大理石の像を腕にだくことだけが、たった一つのなぐさめとなりました。もう、お姫さまは、花の手入れもしてやりません。ですから、草花は、まるで荒れ野のように、道の上までぼうぼうとおいしげってしまいました。おまけに、長いくきや葉が、木の枝とからみあっているものですから、あたりはまっ暗になりました。
とうとう、人魚のお姫さまは、もうこれ以上がまんができなくなりました。自分の苦しい気持をおねえさまのひとりに、そっと打ちあけました。すると、すぐに、ほかのおねえさまたちにも知れてしまいました。でも、この話を知っているのは、おねえさまたちと、ほかに、二、三人の人魚の娘たちだけでした。みんなは、ごくなかのいい友だちにしか話さなかったからです。ところが、ぐうぜんなことに、その友だちの中に、王子のことを知っている娘がいました。その娘も、いつか船の上で開かれていた、王子の誕生日のお祝いを見ていたのでした。そして、うれしいことに、王子がどこの国の人で、その国はどこにあるのかということまで、知っていました。
「さあ、行きましょう」と、ほかのお姫さまたちが言いました。そして、みんなで、腕と肩とを組んで、長く一列にならんで、王子のお城のあるという海べへ浮びあがっていきました。
そのお城は、つやつやした、うす黄色の石で作られていました。大きな大理石の階段がいくつもあって、その一つは海の中まで降りていました。上には、金色の、すばらしいまる屋根がそびえていました。まる柱が建物のまわりをとりまいていましたが、その柱と柱のあいだには、ほんとうに生きているのではないかと思われるような、大理石の像が立っていました。
高い窓のすきとおったガラスからは、中が見えました。そこには、たとえようもないくらいりっぱな広間がつづいていて、りっぱな絹のカーテンと、じゅうたんとがかかっていました。それに、かべというかべには、大きな絵がいくつもかざってあって、いくら見ていても、あきないくらいでした。いちばん大きな広間のまんなかには、大きなふんすいが、サラサラと音をたてていました。そのしぶきは高く飛びちって、ガラスばりのまる天井まで、届くほどでした。お日さまの光が、ガラスの天井からさしこんできて、水の上や、大きな水盤に浮んでいる美しい水草を、キラキラと照らしていました。
こうして、王子の住んでいるところがわかると、人魚のお姫さまは、それからというものは、夕方から夜にかけて、何度も何度も、その海べへ浮びあがっていきました。そして、ほかの人たちには、とてもまねのできないくらい、陸の近くまでおよいでいきました。それどころか、しまいには、せまい水路をさかのぼって、美しい大理石のテラスの下まで行きました。テラスのかげは、水の面に長くうつっていました。
人魚のお姫さまは、そのテラスの下に身をかくして、若い王子を見あげました。王子のほうでは、ほかにだれかいようとは夢にも知らず、ただひとり、明るいお月さまの光をあびて立っていました。
お姫さまは、王子が音楽をかなでながら、旗をひらひらとなびかせた、美しいボートに乗って、夕方海に出ていくのを、何度もながめました。お姫さまは、みどりのアシのあいだから、そっとのぞいていたのでした。風がそよそよと吹いてきて、お姫さまのしろがね色の、長いベールをひらひらさせると、それを見た人は、ハクチョウがつばさをひろげたのだろうと思いました。
漁師たちが、晩にたいまつをともして、海の上で漁をしながら、若い王子のうわさをしてほめているようなことが、よくありました。お姫さまは、それを聞くたびに、この王子が、いつかあれくるう波にもまれて、いまにも死にかかっていたとき、自分が、その命をたすけてあげたのだと思うと、うれしくてなりませんでした。そして、王子の頭が、自分の胸の上にじっともたれていたことや、王子のひたいに、心をこめてキスをしたことなどを思い出すのでした。でも、王子のほうでは、そんなことはなんにも知らないのです。お姫さまのことなどは、夢にも思ってみたことがありませんでした。
お姫さまは、だんだんに人間をしたうようになりました。ますます、人間の世界へのぼっていって、仲間にはいりたいと思うようになりました。人間の世界は、海の人魚の世界よりも、ずっとずっと大きいように思われました。人間は、海の上を船に乗って走ることができます。雲の上までそびえている、高い山にものぼることができます。それに、人間の住んでいる陸地には、森や畑があって、それが、お姫さまの目の届かないほど遠くまで、どこまでもどこまでもひろがっているのです。
お姫さまの知りたいと思うことは、まだまだたくさんありました。おねえさまたちにきいてみても、だれもみんな答えてくれることはできません。そこで、お姫さまは、お年をとったおばあさまにたずねてみました。おばあさまなら、上の世界のことをよく知っていましたから。上の世界というのは、おばあさまが海の上の陸地につけた、なかなかうまい名前だったのです。
「人間というものは、おぼれて死ななければ、いつまでも生きていられるんでしょうか? 海の底のあたしたちのように、死ぬことはないんですか?」と、人魚のお姫さまはたずねました。
「いいえ、おまえ、人間だって死にますとも」と、おばあさまは言いました。「それに、人間の一生は、かえって、わたしたちの一生よりも短いんだよ。わたしたちは、三百年も生きていられるね。けれども、死んでしまえば、わたしたちはあわになって、海の面に浮いて出てしまうから、海の底のなつかしい人たちのところで、お墓を作ってもらうことができないんだよ。わたしたちは、いつまでたっても、死ぬことのない魂というものもなければ、もう一度生れかわるということもない。わたしたちは、あのみどりの色をした、アシに似ているんだよ。ほら、アシは、一度切りとられれば、もう二度とみどりの葉を出すことができないだろう。
ところが、人間には、いつまでも死なない魂というものがあってね。からだが死んで土になったあとまでも、それは生きのこっているんだよ。そして、その魂は、すんだ空気の中を、キラキラ光っている、きれいなお星さまのところまで、のぼっていくんだよ。わたしたちが、海の上に浮びあがって、人間の国を見るように、人間の魂は、わたしたちがけっして見ることのできない、美しいところへのぼっていくんだよ。そこは天国といって、人間にとっても、前から知ることのできない世界なんだがね」
「どうして、あたしたちには、いつまでたっても死なないという魂がさずかりませんの?」と、人魚のお姫さまは、悲しそうにたずねるのでした。「あたしの生きていられる、何百年という年を、すっかりお返ししてもいいから、そのかわり、たった一日だけでも、人間になりたいわ。そうして、その天国とかいうところへのぼっていきたいわ」
「そんなことを考えちゃいけないよ」と、おばあさまが言いました。「わたしたちは、あの上の世界の人間よりも、ずっとしあわせなんだからね」
「だって、それなら、あたしは死んでしまうと、あわになって、海の上をただよわなくてはならないんでしょう。そうなれば、もう、波の音楽も聞かれないでしょうし、きれいなお花や、まっかなお日さまも見られないんでしょう。ああ、どうにかして、いつまでも死なないという、その魂をさずかることはできないものでしょうか?」
「そんなことをいってもねえ」と、おばあさまが言いました。「でも、たった一つ、こういうことがあるよ。人間の中のだれかが、おまえを好きになって、それこそ、おとうさんよりもおかあさんよりも、おまえのほうが好きになるんだね。心の底からおまえを愛するようになって、牧師さまにお願いをする。すると、牧師さまが、その人の右手をおまえの右手に置きながら、この世でもあの世でも、いついつまでも、ま心はかわりませんと、かたいちかいをたてさせてくださる。そうなってはじめて、その人の魂が、おまえのからだの中につたわって、おまえも人間の幸福を分けてもらえるようになるということだよ。その人は、おまえに魂を分けてくれても、自分の魂は、ちゃんと、もとのように持っているんだって。
でも、そんなことは、起るはずがない。だって、考えてもごらん。この海の底では、美しいと思われているものでも、たとえばだね、おまえの持っている、そのさかなのしっぽにしたって、陸の上にいる人間の目には、みにくく見えるんだからね。人間には、そのねうちがわからないんだよ。だから、そのかわりに、かっこうのわるい、二本のつっかい棒を持たなければならないんだよ。人間は、うまく言いつくろうために、そのつっかい棒のことを、足なんて言っているけどね」
それを聞くと、人魚のお姫さまは、ほっとため息をついて、悲しそうに自分のさかなのしっぽをながめました。
「さあさあ、ゆかいになろうよ」と、おばあさまが言いました。「はねたり踊ったりして、わたしたちの生きていられる三百年のあいだを、楽しく暮そうよ。三百年といえば、ずいぶん長い年月じゃないの。それからあとは、思いのこすこともなく、ゆっくり休むことができるというものさ。そうそう、今夜は、舞踏会を開こうね」
その晩の舞踏会は、陸の上ではとても見られない、美しい、はなやかなものでした。
大きな部屋のかべや天井は、あついけれども、よくすきとおるガラスでできていました。広間のどこを見まわしても、かべというかべには、バラ色や草色の大きな貝がらが、二、三百も列を作ってならんでいました。そして、その貝がらの一つ一つに、青いほのおの燃えている明りがともっていて、広間じゅうを明るく照らしていました。そのうえ、かべをとおして、外のほうまでさしていましたから、まわりの海は青い光で、明るく照らしだされていました。
かぞえきれないほどたくさんのさかなたちが、ガラスのかべのほうにむかっておよいでくるのが見えました。まっかなうろこをキラキラさせているさかなもあれば、金色や銀色のうろこをきらめかせているのもありました。
広間のまんなかを、はばの広い流れが一すじ、サラサラと音をたてて流れていました。その流れの上では、人魚の男や女たちが、美しい人魚の歌をうたいながら、それに合せて踊っていました。そんな美しい声は、とても地上の人間にはありません。わけても、いちばん下のお姫さまは、だれよりも、美しい声でうたいました。みんなは、手をたたいてほめそやしました。お姫さまも、心の中ではうれしく思いました。陸の上にも、海の中にも、自分より美しい声を持っているものがないことを思ったからでした。けれども、すぐまた、上の世界のことを思うのでした。あの美しい王子のこと、王子の持っているような、死ぬことのない魂が、自分にはないという悲しみを、どうしても忘れることができませんでした。
それを思うと、お姫さまはたまらなくなって、おとうさまのお城からこっそり抜けだしました。みんなは、お城の中でにぎやかにうたったり、踊ったりしているというのに、お姫さまだけは、たったひとりで、自分の小さな花壇の中に、悲しみに沈んですわっていました。
そのとき、ふと、角ぶえのひびきが、水の中をつたわって聞えてきました。お姫さまは、はっとして、思いました。
「きっと、いま、あのかたが海の上を、船に乗ってお通りになっているのだわ。おとうさまよりもおかあさまよりももっと好きなあのかたが。あたしがいつも思っているあのかたが。あのかたのお手に、あたしの一生のしあわせをおまかせしてもいいわ。あのかたと死ぬことのない魂とが、あたしのものになるのなら、どんなことでもやってみるわ。おねえさまたちが、おとうさまのお城の中で踊っているあいだに、魔法使いのおばあさんのところへ行ってみよう。あの魔法使いは、今まではこわくてならなかったけど、でも、きっといい知恵をかして、助けてくれるわ」
そこで、人魚のお姫さまは、庭から出て、ゴーゴーとすさまじい音をたてている、うずまきのほうへ行きました。魔法使いは、このうずまきのむこうに住んでいるのです。
人魚のお姫さまは、この道をまだ一度も通ったことがありませんでした。そこには、花も咲いていなければ、海草も生えていません。ただ、なんにもない、灰色の砂地があるばかりです。それが、うずのまいているところまでひろがっていました。そこでは、海の水がゴーゴーと音をたてて、水車のようにうずをまいていました。いったん、その中にまきこまれたが最後、どんなものでも、深い底のほうへひきずりこまれてしまうのでした。どんなものをも、粉々にくだいてしまう、このうずのまんなかを通りぬけていかなければ、魔法使いの国へは行くことができないのです。おまけに、そこまで行くのには、ずいぶん長いあいだ、ブクブクとあわのたっている、あついどろの上を行くほかには道がありません。
このどろのところを、魔法使いは、どろ沼と言っていました。そのむこうに、ふしぎな森があって、そのまんなかに、魔法使いの家があるのです。
森の中の木ややぶは、どれもこれも、はんぶんは動物で、はんぶんは植物のポリプでした。そのありさまは、ちょうど百の頭を持ったヘビが、地から生え出ているようでした。枝はといえば、みんな、ねばねばした長い腕で、まるで、ミミズのようにまがりくねる指を持っていました。そして、根もとから、いちばん先のはしまで、一節一節を動かすことができました。こうしていて、水の中で何かをつかまえようものなら、それがどんなものであろうと、しっかりとまきついて、二度とはなしはしないのです。
人魚のお姫さまは、ここまでやってくると、すっかりこわくなって、立ちすくみました。あまりのおそろしさに、胸はどきどきしています。引きかえそうかとも思いましたが、王子のことや、人間の魂のことなどを思って、また、勇気をふるいおこしました。そこで、まず、ほどけた長い髪の毛を、頭にしっかりと巻きつけて、ポリプにつかまらないようにしました。それから、両手を胸の上にかさねて、さかなが水の中をすいすいとおよぐように、気味のわるいポリプのあいだをすりぬけていきました。そのあいだじゅう、ポリプたちは、腕と指とをお姫さまのほうへ、うねうねと伸ばしていました。
見れば、どのポリプも、つかまえたものを、何百という小さな腕でぎゅっとしめつけているのです。まるで、がんじょうな鉄のひもででもしめつけているようなぐあいに。海で死んで、底深く沈んできた人間が、白骨となって、ポリプの腕のあいだからのぞいていました。船のかいや、箱もしめつけられていました。そうかと思うと、陸の動物の骨も見えました。ほかにもまだ、小さな人魚の娘がひとりつかまって、しめ殺されていました。そのありさまが、お姫さまには、この上もなくおそろしいものに思われました。
やがて、お姫さまは、森の中の、どろどろした広いところへきました。そこには、あぶらぎった、大きなウミヘビがとぐろをまいて、気味のわるい、うす黄色の腹を見せていました。広場のまんなかに、一けんの家が立っていましたが、それは、船が沈んだときに死んだ人間の白骨で、作ったものでした。
その家の中に、魔法使いがいたのです。魔法使いは、ちょうど、人間が小さなカナリアにおさとうをなめさせてやるようなぐあいに、自分の口から、ヒキガエルにえさをやっているところでした。そして、あの見るもいやらしい、ふとったウミヘビを、魔法使いは、「かわいいひなっこや」と呼んで、だぶだぶした大きな胸の上をはいずりまわらせていました。
「おまえさんがなんできたのか、わたしにゃ、ちゃんとわかってるよ」と、魔法使いの女は言いました。「ばかなことはやめておおき。わがままを押し通すと、今にふしあわせになるよ、きれいなお姫さん。おまえさんは、さかなのしっぽを取っちゃって、そのかわり、人間みたいに、歩くときに使う、二本のつっかい棒がほしいんだろ。そうして、若い王子がおまえさんを好きになって、おまえさんは、王子と死ぬことのない魂を手に入れようってつもりだね」
こう言って、魔法使いは、ぞっとするような高い声で笑いました。そのひょうしに、ヒキガエルとウミヘビは下にころがり落ちて、あたりをはいずりまわりました。
「だが、おまえさんは、いいときにきたんだよ」と、魔法使いは言いました。
「あしたになって、おてんとさまがのぼっちまえば、あと一年たたないことにゃ、おまえさんを助けてやるわけにはいかなかったんだよ。
どれ、ひとつ、飲みぐすりをこしらえてやろうかね。おまえさんは、それを持って、おてんとさまののぼらないうちに、陸地におよいでいくんだよ。それから、岸にあがって、くすりをお飲み。そうすりゃ、おまえさんのしっぽはちぢんでしまって、足ってものになるよ。ほら、人間がきれいな足といってる、あれさ。だが、そりゃあ痛いのなんのって。まるで、するどい剣でつきさされるようだよ。
そのかわり、おまえさんを見れば、どんな人間でも、ああ、今までに見たことのないきれいな娘だ、と言うにきまってるよ。おまえさんの歩きかたはじょうひんで、軽そうで、どんな踊り子だって、おまえさんみたいにはいかないさ。だが、歩けば、ひとあしごとに、するどいナイフをふんで、血が出るような思いをするだろうよ。どうだい。それでも、がまんができるというのなら、力をかしてやってもいいよ」
「はい、お願いします」と、人魚のお姫さまは、ふるえる声で言いました。王子のことを思い、死なない魂を手に入れることを、じっと思っていました。
「だが、これだけは忘れちゃいけないよ」と、魔法使いが言いました。「一度、人間の姿になっちまえば、もう二度と、人魚の娘にもどることはできないんだよ。二度と水の中をくぐって、ねえさんたちや、おとうさんのお城へ、もどってはこられないんだよ。それにだね、王子が、おとうさんやおかあさんのことを忘れてしまうほど、おまえさんを好きになって、心の底から、おまえさんのことばかり思うようになり、牧師さんにたのんで、おまえさんたちふたりの手をにぎらせてもらって、夫婦にしてもらわなきゃ、死なない魂は、おまえさんの手には、はいりっこないんだよ。もしも王子が、だれかほかの女とでも結婚しようもんなら、そのつぎの朝には、おまえさんの心臓ははれつして、おまえさんは、水の上のあわとなってしまうんだよ」
「それでもかまいません」と、人魚のお姫さまは言いました。けれども、顔の色は、死人のように青ざめました。
「それから、わたしにはらう代金のことも、忘れちゃこまるよ」と、魔法使いは言いました。「なにしろ、わたしのほしいってのは、ちょっとやそっとのものじゃないからね。おまえさんは、この海の底のだれよりもきれいな声を持っている。その声で王子の心をまよわそうってつもりなんだろうが、じつはその声を、わたしゃもらいたいのさ。
だいじな飲みぐすりをやるんだから、そのかわりに、おまえさんの持っているいちばんいいものを、もらいたいってわけだよ。なにしろ、飲みぐすりが、もろ刃のつるぎのようによくきくようにするためにゃ、わたしゃあ、自分の血を、その中へまぜこまなきゃならないんだからね」
「でも、あなたに、この声をあげてしまったら、あたしには、いったい、何がのこるんでしょう?」と、人魚のお姫さまが言いました。
「おまえさんにゃ、きれいな姿と、軽い、じょうひんな歩きかたと、ものをいう目があるじゃないか。それだけありゃ、人間の心をまよわすことがで