閑天地

8話 (八) 権威は勝利者の手にあり (続)

1,151字 約2分 2012年12月26日 公開

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 (しかう)して今茲に有生十五億を眩目(げんもく)せしむるの巨光、(しかう)して又、世界第二の文明を経営すべき参天の巨柱は建設せられたる也。読者よ、今(しば)らく詩人が空想の霊台に来りて彼が心に負へる無象の白翼を借り、高く吾人の民族的理想の頂上より一円の地球を下瞰(かかん)せずや。彼方はるかに白浪の()ゆる所、(ほばしら)折れ(げん)砕けたる廃船の二つ三つ漂へるはバルチツクの海ぞ、そこの岸辺に近く、(かつ)て実弾の祝砲を見舞はれたる弾痕の壁の下、薄暗き深宮に潜々乎(せんせんこ)として其妻と共に落涙又落涙、悲しげなる声をあげて祈り、祈りては又泣く一箇蒼顔痩躯(さうがんそうく)の人を見ずや。彼こそは実に一時の不覚より終生を暗き涙の谷に埋むるに至りし露国皇帝其人なれ。又見よ、かの中央亜弗利加(アフリカ)の黒奴がすなる如く、吾人の足に接吻しては礼拝幾度か低頭し、ひたすらに吾人の愛顧の衰へざらむことを憂ふるものは英吉利(イギリス)にあらずや。かの巴里(パリ)新流行とか云ふ淡緑の衣着けたる一美人を左手(ゆんで)にかばひつゝ、ライン河の南岸に立ちて、大空に(おご)巨鵬(きよほう)の翼の(おの)が頭上を(かす)めざらむ事を()れ恐るゝ状をなすものは仏蘭西にあらずや。又其北岸城砦(じやうさい)の上一葉の地図を前にひらいて世界の色の()す/\東方の桜光に染まり行くを諦視し、左に持ちたる『膠洲湾(かうしうわん)』の盃の毒酒にや酔ひけむ、顔色段々青くなり、眼光のみ物すごきまで燃え来りて、遂に狂へる如く其地図を靴底に蹂躙(じうりん)し、右手に握れる彼の宝典『世界政策』の一冊をさへ寸裂して河中に投ずるに至り、逆八(さかさ)の字の(ひげ)を掻きむしつて悶々する者は、かの所謂(いはゆる)新興国独逸(ドイツ)にあらずや。更に目を転ぜば、遠く米国ありて、あたらぬ神に障りなしとお世辞タラ/\、嫣然(えんぜん)として我等をさしまねくあり。これ等は実に一瞬間に吾人の眼に映じ来る世界演劇の大舞台の光景也。この宏壮限りもなき活劇詩の主人公や誰。乃ち我等日本民族にあらずや。躍る心を推し(しづ)めて今(しば)し五大洲上を見渡せ。無数の蠢々(しゆんしゆん)たる生物ありて我等の胸間より発する燦爛(さんらん)の光に仰ぎ入れるあらむ。諸君よ、諸君は彼等の口の余りに大なるを以て無数の蛙群(あぐん)なりと誤る(なか)れ。彼等は(すなは)ち口をあいて茫然自失せる十五億の蒼生(さうせい)にてある也。

 あゝ驚くべきかな、この新光景や。これ実に愕心(がくしん)瞠目(だうもく)すべき大変転也。歴史の女神は(かつ)て常に欧洲の天を往来して、(いま)(ほと)んど東洋の地に人間あるを知らざりき。今や彼女は俄かに其五彩の鳳輦(ほうれん)を進めて、鵬程万里の極、我が日出(じつしゆつ)の宝土に来らざるべからずなれり。世界外交の中心は既に欧洲より動き去れり。数十年の前まで、一葉の扁舟さへ見難かりし太平洋は、今や万国商業の湊合(そうがふ)する一港湾となり、横浜の埠頭(ふとう)桑港(さうこう)の金門を繋ぐ一線は、実に世界の公路となれり。世界が日本を中心として新時代の文明を経営すべき未曽有の時期は正に迫らむとす。吾人の民族的理想は満翼風を(はら)んで高く九皐(きうかう)の天に飛揚せんとする也。(未完)

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