海底の魔術師

5話 怪物のゆくえ

3,717字 約7分 2016年12月24日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 賢吉君は、おもわず「ワーッ。」とさけんで、いすから立ちあがり、ドアの方へにげようとしましたがそのとき、頭がフラフラして、目の前がスーッと暗くなり、そのまま気をうしなって、たおれてしまいました。

「なんだか、いまへんな声がしたようだね。」

 賢吉君のおとうさんが、おくの部屋から茶の間に出てきました。

「賢吉の部屋のようですわ。どうしたんでしょう。あなた、行って見てくださいませんか。」

 おかあさんも心配そうな顔で立ちあがっていました。

「行ってみよう。戸田(とだ)君も、いっしょにきたまえ。」

 おとうさんは、廊下にいた書生の戸田君をつれて、賢吉少年の勉強部屋にいそぎました。

「賢ちゃん、今、なにかいったかい。」

 ドアの外から声をかけてもなんの返事もありません。そして、部屋の中では、なにかゴトゴトと、みょうな音がしています。

「だれだっ、そこにいるのは?」

 書生の戸田君が、どなって、ドアをひらこうとしましたが、中からかぎがかけてあることがわかりました。

「へんですね。賢ちゃんは、めったにかぎなんかかけたことがないのに。……おなじかぎが、もうひとつ茶の間にありましたね。ぼく取ってきます。」

 戸田君は、そういってかけだしていきましたが、すぐにひきかえしてきて、そのかぎでドアをひらきました。

 そして、ひと目部屋の中を見ると、ふたりは、おもわず「あっ。」と、声をたてないではいられませんでした。

 賢吉少年が、たおれているばかりではありません。本箱や机のひきだしが、ぜんぶひきぬかれて、その中のものが、部屋いっぱいにちらかっていたからです。

 おとうさんは、賢吉君のそばにかけよって抱きおこし、「賢ちゃん、賢ちゃん。」とよんで、そのからだをゆり動かしました。すると、賢吉君は、やっと気がついて、目をひらき、いきなりおとうさんのからだにしがみつきました。

「どうしたんだ。いったい、どうしたというんだ。」

 おとうさんは、ちらばった部屋の中や、ひらいた窓を見て、ふしんらしくたずねました。

 賢吉君は、おとうさんにしがみついたまま、そっと部屋の中を見まわしましたが、さっきのおそろしいやつは、もう、どこにもいないことがわかりました。

「窓から、おばけが、はいってきたのです。からだにウロコのはえた、牙のある、おそろしいやつです。ぼく、そいつに食われてしまうかと思った。きっと、窓から出ていったのです。まだ庭にいるかもしれない。」

 賢吉君は、そういって、ガタガタふるえていました。

 おとうさんは、そんな怪物がこの世にいるとは思いませんので、賢吉君がゆめかまぼろしでも見たのではないかと、うたがいましたが、それにしては、部屋の中がひっかきまわしたように、ちらかっているのがへんです。

 おとうさんは、ひらいたガラス窓にかけよって、まっ暗な庭を見まわしました。しかし、庭にはなにもいるようすがありません。

「おやっ。」

 おとうさんは、そのとき、窓のしきいに、おそろしいかききずが、できているのに気がつきました。それは大きな、するどい五本のツメで、ぐっとひっかいたような、なまなましいあとでした。

「おい、戸田君、このきずを見たまえ。なんだか動物のツメのあとのようじゃないか。」

「そうですね。けさまで、こんなあとはついていませんでした。ひょっとしたら、ほんとうに、あやしいやつが、はいってきたのかもしれませんね。」

 書生の戸田君も、顔色をかえていました。

「よし、庭へ出てみよう。足あとがあるだろう。きみ、懐中電灯をもってきたまえ。」

 賢吉君は、さっきから、そこへようすを見にきていた、おかあさんにしがみついて、ふるえていました。おとうさんと戸田君は、部屋を出て、庭のほうへまわっていきました。

 ふたりが庭におりて、懐中電灯でしらべてみますと、土のやわらかいところに、じつにぞっとするような怪物の足あとが、のこっていることがわかりました。それは、するどいツメのある巨大な動物の足あととしか、かんがえられないようなものでした。

 こういう証拠を見ては、もう、ほうっておくわけにはいきません。おとうさんは、すぐに警察へ電話をかけて、ことのしだいを知らせました。

 その電話をきいて、警察でもへんだと思いましたが、賢吉君のおとうさんは、大きな会社の重役をつとめている、町でも有名な実業家でしたから、まさかでたらめではあるまいと、とりあえず三人の警官が自動車をとばして賢吉君のうちへやってきました。そして、うちの中と庭とを、くまなくしらべましたが、窓のツメのあとと、庭の足あとのほかには、なにも発見できませんでした。

 それでは、うちの外まわりを、しらべてみようというので、三人の警官がへいの外の、暗い町を歩いていますと、むこうのほうから、おそろしいいきおいで、かけて来る男の姿が見えました。なにものかに追いかけられているように、いちもくさんに走ってくるのです。

「きみ、どうしたんだ。」

 ふしんに思って声をかけると、その男は三人の前で立ちどまりました。

「あ、おまわりさんですね。たいへんです。おそろしいやつが、マンホールの中から、出てきたのです。」

 息をきって、またにげだしそうにしています。どこか近くの店の店員らしく、ジャンパーを着た若い男です。

「きみはいったい、なにを見たんだ。」

「ばけものです。」

 それをきくと警官たちは、この男は、もしや賢吉君をおそった怪物にであったのではないかと思い、あわててたずねました。

「そのマンホールっていうのは、どこだ。」

「あそこです。この町のかどをまがったところです。」

 警官たちはそこまできくと、よしっとさけんで、いきなりその町かどへかけだしました。

 かどをまがると、すぐにマンホールが見えました。しかし、べつにあやしいものも見あたりません。マンホールには、ちゃんと鉄のふたがしまっています。

「おい、このマンホールかい。なにもいやしないじゃないか。」

 おずおずついてきた若ものに、たずねますと、さもこわそうにゆびさしながら、

「それです。そのふたがスーッともちあがって、中からおそろしいばけものが出てきたのです。」

「おそろしいばけものって、どんなやつだった?」

「牙がはえていました。それからウロコがはえていました。目がリンのように光っていました。」

 やっぱりそうでした。賢吉君をおそった怪物です。

「そいつは、マンホールから出たのでなくて、マンホールへにげこんだのかもしれないぞ。」

 警官のひとりが、さすがに気味わるそうに、目の前のマンホールのふたを見ました。

「よし、それじゃ、しらべてみよう。手をかしたまえ、そして、きみはピストルを出してかまえていてくれ。危険と見たらぶっぱなすんだ。」

 三人の中でせんぱいらしい警官が、そういって懐中電灯をつけると、マンホールのふたのそばにしゃがみこみました。もうひとりの警官が、それに手をかします。のこるひとりは、腰のサックからピストルをぬきだして、いざといえば、発射する身がまえをしました。

「そら、いいか。」

 ふたりの警官が力をあわせて、マンホールの鉄のふたをひらいて、わきにのけました。穴の中は、まっ暗です。懐中電灯の光が、さっとそこをてらしました。

 その中に、鉄のウロコの怪物が、うずくまっていたのでしょうか。いや、そうではありません。中はからっぽだったのです。警官たちは、ひょうしぬけしてしまいました。

「なあんだ。なんにもいないじゃないか。」

 それは下水のマンホールでしたが、ほそい下水道ですから、そこから下水をつたってにげることはとてもできません。

 怪物は、いちじマンホールの中へかくれて、それからまた、にげだしたのでしょう。さっき店員の見たのは、やっぱり、出てくるところだったのでしょう。

 この店員は賢吉君とおなじ怪物を見たのです。ふたりも見た人があるからには、もう、ゆめやまぼろしとはいえません。すててはおけないのです。そこで、警官は電話でこのことを本署にしらせ、本署から警視庁にれんらくしました。

 それからは、たいへんなさわぎです。パトロールカーが三台もやってきました。警視庁や警察署から何台も自動車がきました。それに新聞記者です。賢吉君のおうちは、りんじの捜査本部になって、門の前には十何台の自動車がならび、近所の人たちが、なにごとかと集まってくるものですから、たちまち黒山の人だかりです。

 何十人という警官による大捜索がはじまりました。その近くの家という家は、かたっぱしからしらべられ、町という町は警察の自動車が巡回し、非常線がはられ、アリのはいだすすきまもない、捜査のあみがはられました。

 しかし、あくる朝になっても、どこからも、あやしいものは発見されませんでした。鉄の人魚は、煙のように消えうせてしまったのです。

 そのよく日の新聞は、鉄のウロコの怪人の記事でいっぱいでした。賢吉君のうちの窓じきいにのこったツメのあとと、庭の大きな動物の足あとが、写真になって新聞にのったのです。日本全国の人がその新聞をよんで、ふるえあがってしまいました。そして、人が集まれば、このおそろしい怪物の話でもちきりでした。

目次に戻る

目次