灰色の巨人

25話 切られた黒糸

3,353字 約7分 2017年7月13日 公開

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 お話はもとにもどって、こちらは、探偵犬シャーロックを自動車の前にくくりつけ、自動車には明智探偵と小林少年が乗りこんで、イヌの走るままに車を運転して、賊の自動車のあとを追っていました。

 小林君が賊の自動車の下にコールタールのかんをつけておいたので、そのかんの針の穴から、タールが黒い糸のように流れ落ちて、道路にタールのにおいをのこしていきます。名犬シャーロックは、そのにおいをかいで、賊の自動車をついせきしているのです。

 シャーロックは品川(しながわ)をはなれて、夜の京浜(けいひん)国道を、どこまでも走りつづけました。やがて、横浜をすぎ、さらに二十分も走りつづけますと、どうしたのか、シャーロックの速度が、だんだんのろくなってきました。さすがの名犬も、一時間以上、走りつづけたので、つかれてしまったのでしょうか。

「あ、わかった。コールタールの糸が切れたのですよ。あのかんは五十分ぐらいでからになってしまいます。ぼくたちは、ここまで一時間以上もかかったけれど、賊の自動車は全速力で走っていたので、ちょうどこのへんで、五十分ぐらいになったのです。だから、コールタールの黒い糸がつきてしまったのです。」

 小林少年が、すばやく頭をはたらかせて、イヌの速度のにぶったわけを説明しました。

「うん、そうらしいね。しかし、もうすこしためしてみよう。黒い糸がたえてしまっても、まだタールのしずくが、ポツポツたれているかもしれない。シャーロックは、そのかすかなにおいを、かぎつけるだろう。」

 明智探偵はそういって、自動車を徐行させながら、シャーロックの歩くにまかせておきました。

 探偵犬は、しきりに地面をかぎながら、のろのろと、国道からわき道へまがっていきます。やっぱり明智探偵のいうとおり、そのほうに、コールタールのしずくが、たれているらしいのです。

 しかし、そのしずくは、だんだん小さくなり、しずくとしずくのへだたりが長くなっていくので、シャーロックの苦心はひととおりではありません。長いあいだまよったあと、やっと、においをかぎつけて、すこしずつ進んでいくのです。

 そうして、三百メートルほど進んだとき、いよいよ、においがなくなってしまったのか、シャーロックは、ぴったり、とまったまま動かなくなってしまいました。

「こんなことなら、もっと大きなコールタールのかんを、つけておくんだったね。」

 明智探偵は、ざんねんそうにつぶやきましたが、まだ、あきらめられないらしく、

「ともかく、一度、おりてみよう。そして、シャーロックの綱を持って、このへんを歩いてみよう。」

と、小林君をうながしました。

 そこで、ふたりは車をおり、にせ宝冠のふろしきづつみを明智がこわきにかかえ、イヌの綱は小林少年が持って、シャーロックの進むままに、そのへんを歩きはじめました。

 そこは国道からそれた、ひじょうにさびしい場所で、かたがわは畑、かたがわは大きな森になっていました。それも平地の森ではなくて、小山のような丘で、ずいぶん深い森です。

 シャーロックは、その森にそって、のろのろと歩いていましたが、ある場所にくると、なにか、ほかのにおいをかぎつけたらしく、いきなり森の中へ、ガサガサと、はいっていくのです。

 大きな立木の下に小さな木がしげり、草がいっぱいはえていて、道もないところですが、シャーロックがどんどんはいっていくので、小林少年も綱にひかれて、そこへはいっていきました。明智探偵もあとにつづきます。

 深い草や、足にまといつく下枝(したえだ)をかきわけて、しばらく丘をのぼりましたが、やっぱりだめでした。シャーロックは、きょとんとして、そこにうずくまったまま、まったく動かなくなってしまいました。

 明智探偵は、なおも、そのへんを歩きまわって、しらべましたが、大きな立木ばかりで、家らしいものはどこにも見えず、こんなところに、賊のすみ家があろうとは思われませんでした。

 ふたりは、とうとうあきらめて、いったん、ひきあげることにしました。こんどは、シャーロックも自動車に乗せて、全速力で東京に帰ったのです。

 東京に帰ると、シャーロックを、もちぬしに返しておいて、すぐに園井さんのうちをたずねました。もう夜中の十二時でしたが、正一君がもどっているかどうか、それがなによりも心配だったからです。

 園井さんのげんかんのベルをおしますと、女中がドアをあけて、すぐ応接室に通してくれましたが、まもなく、園井さんが正一君をつれて、ニコニコしながら、そこへはいってきました。

「やあ、おかげさまで正一は、ぶじにもどりました。べつに、ぎゃくたいもされなかったそうで、ごらんのとおり、こんなに元気です。」

 園井さんがうれしそうにいいますと、正一君も、小林少年と、なつかしそうにあくしゅをして、明智探偵には、ピョコンとおじぎをしました。

「よかったですね。で、賊のすみかは、どこでした。その家はどんなふうでした。」

 明智がたずねますと、園井さんは、こまったような顔をして、

「それがねえ、まるでけんとうがつかないのですよ。いきも帰りも目かくしをされていましたし、賊のすみかというのが、みょうな地下道をくぐってはいるような、かわったたてものでしてね。」

 それから、賊の首領らしい、白ヒゲの老人のこと、ふしぎなたてもののことなどを、くわしく話しました。

 明智はねっしんに、その話を聞いていましたが、やがて、なんと思ったのか、いきなり右手を頭にもっていって、指でモジャモジャのかみの毛を、ぐるぐると、かきまわしはじめました。これは、明智探偵が、なにかうまい考えが浮かんだときに、いつもやるくせでした。

 そして、園井さんの話が終わると、こんどは明智が話をするばんでした。

「ぼくのほうは、しっぱいをしましてね。れいの黒い糸が、とちゅうで切れてしまったのですよ。」

と、さきほどのことを、てみじかに語り、

「ところで、あなたが賊の自動車に乗っておられたあいだは、どれほどだったでしょうか。」

とたずねるのでした。

「さあ、はっきりはわかりませんが、一時間はかかっていませんよ。五十分ぐらいでしょうか。」

 それを聞くと、明智はまた、頭の毛に指をつっこみました。

「やっぱりそうだ。黒い糸が切れたのと、賊の自動車がとまったのと、ほとんどどうじだったのですよ。すると、やっぱり、横浜から二十分ぐらいむこうの、森のように木のしげった、あの丘があやしい。どうやら、あそこに賊のほんきょがあるらしい。」

「しかし、そんな丘の上に、あんな大きな、コンクリートのたてものがあるのでしょうか。」

 園井さんが、いぶかしそうにいいました。

「いや、そこがおもしろいところですよ。灰色の巨人というやつは、いつでも、じつにきばつなことを考えます。その大きなたてものの秘密は、ぼくには、だいたいわかったように思われます。きっとそうです。じつに奇想天外(きそうてんがい)です。あいつは、まるで魔術師みたいなやつです。園井さん、ご安心ください。『にじの宝冠』は、かならず、とりかえしてみせます。ぼくにはもう、賊のすみかがわかったのですからね。あいてが魔法つかいなら、こちらも魔法を使うのです。そして敵のうらをかいて、あの怪物をあっといわせてお目にかけます。」

 明智探偵は、さも自信ありげに、「にじの宝冠」とりかえしの約束をするのでした。

 さて、そのあくる日の朝早く、横浜から五キロほどむこうの、あの小山のような森の中に、ひとりのみょうな男が、うろうろしていました。ジャンパーに、茶色のズボン、とりうち帽をかぶり、黒いほそぶちの目がねをかけた、いなかから出てきた行商人といった、ふうていです。四角いはこのようなものをふろしきにつつんで、せなかにしょっています。その中には、富山のくすりなんか、はいっているのかもしれません。

 その男は、道もない森の中を草をふみわけて、丘の上へのぼっていきましたが、道路から二百メートルものぼったところで、ちょっと立ちどまると、森の木のあいだから、むこうの方をすかして見て、にっこり笑いました。

 この行商人のような男は、じつは明智探偵の変装すがたでした。いま、むこうの方を見て、にっこり笑ったのは、なぜでしょうか。そこには、いったい、なにがあったのでしょう。

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