こがね丸

3話 上巻 第三回

1,608字 約3分 2001年12月22日 公開

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 (いた)はしや花瀬は、夫の行衛(ゆくえ)追ひ駆けて、(あと)より急ぐ死出(しで)の山、その日の夕暮に(みまか)りしかば。主人(あるじ)はいとど不憫(ふびん)さに、その死骸(なきがら)(ひつぎ)に納め、家の裏なる小山の蔭に、これを(うず)めて石を置き、月丸の名も共に()り付けて、(かた)ばかりの比翼塚、(あと)懇切(ねんごろ)にぞ(とぶら)ひける。

 かくて孤児(みなしご)黄金丸(こがねまる)は、西東だにまだ知らぬ、(わら)の上より牧場なる、牡丹(ぼたん)(もと)に養ひ取られ、それより牛の乳を()み、牛の小屋にて生立(おいた)ちしが。次第に成長するにつけ、骨格(ほねぐみ)尋常(よのつね)の犬に(すぐ)れ、性質(こころばせ)雄々(おお)しくて、天晴(あっぱ)れ頼もしき犬となりけり。

 さてまた牡丹が(おっと)文角(ぶんかく)といへるは、性来(うまれえて)義気深き牛なりければ、花瀬が遺言を堅く守りて、黄金丸の養育に、旦暮(あけくれ)心を傾けつつ、数多(あまた)(こうし)(むれ)に入れて。或時は角闘(すもう)を取らせ、または競争(はしりくら)などさせて、ひたすら力業(ちからわざ)を勉めしむるほどに。その甲斐ありて黄金丸も、力量(ちから)あくまで強くなりて、大概(おおかた)の犬と()み合ふても、打ち勝つべう覚えしかば。文角も(ななめ)ならず喜び、今は時節もよかるべしと、或時黄金丸を(ひざ)近くまねき、さて其方(そなた)(まこと)の児にあらず、斯様々々云々(かようかようしかじか)なりと、一伍一什(いちぶしじゅう)を語り聞かせば。黄金丸聞きもあへず、初めて知るわが身の素性(すじょう)に、一度(ひとたび)は驚き一度は悲しみ、また一度は金眸(きんぼう)が非道を、切歯(はぎしり)して怒り(ののし)り、「かく聞く上は一日も早く、彼の山へ()せ登り、仇敵(かたき)金眸を()み殺さん」ト、敦圉(いきまき)あらく(たち)かかるを、文角は霎時(しばし)と押し(とど)め、「(しか)思ふは(ことわり)なれど、暫くまづわが言葉を、心ろを静めて聞きねかし。原来其方(そなた)が親の仇敵(かたき)、ただに彼の金眸のみならず。(かれ)が配下に聴水(ちょうすい)とて、いと獰悪(はらぐろ)き狐あり。此奴(こやつ)ある日鶏を盗みに入りて、(はし)なく月丸ぬしに見付られ、(かれ)が尻尾を噛み取られしを、深く意恨に思ひけん。自己(おのれ)の力に及ばぬより、彼の虎が威を仮りて、さてはかかる事に及びぬ。(しか)れば(まこと)仇敵(かたき)とするは、虎よりもまづ狐なり。さるに今其方(そなた)が、徒らに猛り狂ふて、金眸が洞に駆入り、(かれ)と雌雄を争ふて、万一誤つて其方負けなば、当の仇敵の狐も殺さず、その身は虎の(えじき)とならん。これこそわれから死を求むる、火取虫(ひとりむし)より(おろか)なる(わざ)なれ。(こと)対手(あいて)は年経し大虎、其方は犬の事なれば、縦令(たと)怎麼(いか)なる力ありとも、尋常に()み合ふては、彼に(かた)んこといと難し。それよりは今霎時、(きば)(みが)き爪を鍛へ、まづ彼の聴水めを噛み殺し、その上時節の(いた)るを(まっ)て、彼の金眸を打ち取るべし。今匹夫の勇を(たの)んで、世の胡慮(ものわらい)を招かんより、無念を(こら)えて英気を養ひ(もっ)て時節を待つには()かじ」ト、事を分けたる文角が言葉に、(げに)もと心に暁得(さと)りしものから。黄金丸はややありて、「かかる義理ある中なりとは、今日まで露(しら)ず、(まこと)父君(ちちぎみ)母君と思ひて、我儘(わがまま)気儘に(すご)したる、無礼の罪は幾重(いくえ)にも、許したまへ」ト、数度(あまたたび)養育の恩を謝し。さて(あらた)めていへるやう、「知らぬ疇昔(むかし)は是非もなけれど、かくわが親に仇敵あること、承はりて知る上は、(もだ)して過すは本意ならず、それにつき、(ここ)一件(ひとつ)の願ひあり、聞入れてたびてんや」「願ひとは何事ぞ、聞し上にて許しもせん」「そは余の事にも候はず、(それがし)(いとま)を賜はれかし。某これより諸国を()ぐり、あまねく強き犬と()み合ふて、まづわが牙を鍛へ。(かたわ)ら仇敵の挙動(ふるまい)に心をつけ、機会(おり)もあらば名乗りかけて、父の(あだ)(かえ)してん。年頃受けし御恩をば、返しも()へずこれよりまた、御暇(おんいとま)を取らんとは、義を弁へぬに似たれども、親のためなり許し給へ。もし(それがし)幸ひにして、見事父の讐を復し、なほこの命(つつが)なくば、その時こそは心のまま、御恩に報ゆることあるべし。まづそれまでは文角ぬし、霎時(しばし)の暇賜はりて……」ト、涙ながらに掻口説(かきくど)けば、文角は微笑(ほほえみ)て、「さもこそあらめ、よくぞいひし。其方がいはずば此方(こなた)より、(しい)ても勧めんと思ひしなり。(おもい)のままに武者修行して、天晴れ父の仇敵(かたき)を討ちね」ト、いふに黄金丸も勇み立ち。善は急げと支度(したく)して、「見事金眸が首取らでは、再び主家(しゅうか)には帰るまじ」ト、殊勝(けなげ)にも言葉を(ちか)ひ文角牡丹に(わかれ)を告げ、行衛定めぬ草枕、われから野良犬(のらいぬ)(むれ)に入りぬ。

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