渋民村より

2話

1,204字 約2分 2010年6月4日 公開

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 (おも)ふに、少しく(それ)に通暁する者は、文化の源泉が政治的地盤に湧出する者に非ざるの事実と共に、良好なる政治的動力の文化の進程に及ぼす助長的効果の事実をも承認せざる能はず候。(しか)して(かく)の如き良好なる政治的動力とは、常に()く国民の思潮を先覚し誘導し、若しくは、少なくともそれと併行して、文化の充実を内に収め、万全の勢威を外に布くの実力を有し、以て自由と光栄の平和を作成する者に有之(これあり)、申す迄もなく之は、諸有(あらゆる)創造的事業と等しく、()く国民の理想を体達して、一路信念の動く所、個人の権威、心霊の命令を神の如く尊重し、直往邁進(がう)も撓むなき政治的天才によつて経緯せらるゝ所に御座候。吾人が今世界に発揚したる戦勝の光栄を更に永遠の性質に転じて、古代希臘(ギリシヤ)の尊厳なる光輝を我が国土に復活せしめ、吾人の思想、文学、美術、学芸、制度、風気の(すべ)てをして其存在の意義を世界文化史上に求めむが為めに、之が助長的動力として要する所の政治者は固より内隠忍外倨傲(きよがう)(しか)も事に当りて甚だ小胆なる太郎内閣に非ず、()たかの伊藤や大隈や松方や山県に非ずして、実に時勢を洞観する一大理想的天才ならざる可からず候。一例をあぐれば、其名独逸(ドイツ)建国の歴史を()ぶる巨人ビスマルクの如きに候ふ()く、普仏戦争に際して、非常の声誉と、莫大の償金と、アルサス、ローレンスと、烈火の如き仏人の怨恨とを(にな)ふて、伯林(ベルリン)城下に雷霆(らいてい)凱歌(がいか)を揚げたる新独逸(ヨングドイチエ)を導きて、敗れたる国の文明果して劣れるか、勝たる国の文明果して優れるかと叫べるニイチエの大警告に恥ぢざる底の発達を今日に残し得たる彼の偉業は、彼を思ふ毎に思はず吾人をして讃嘆せしむる所に候はずや。嗚呼(ああ)今や我が新日本は、時を変へ、所を変へ、人種を変へて、東洋の、否世界の、一大普仏戦争に臨み、遠からずして独逸以上の光栄と、猜疑と、怨恨と、報酬とを千代田城下に担ひ来らむとす。(しか)も吾人はこの難関に立たしむべき一人のビ公を有し候ふや否や。あらず、彼を生み出したる独逸の国民的自覚と、民族的理想と自由の精気と堅忍進取の覚悟の萌芽を四千余万の頭脳より搾出(さくしゆつ)し得べきや否や。勝敗真に時の運とせば、吾人は、トルストイを有し、ゴルキイを有し、アレキセーフを有し、ウヰツテを有する戦敗国の文明に対して何等(しり)へに瞠若(だうじやく)たるの点なきや否や。()た又、我が父祖の国をして屈辱の平和より脱せむが為めに再び正義の名を借りて干戈(かんくわ)を動かさしむるの時に立ち至らざるや否や。書して(ここ)に至り吾人は実に悵然(ちやうぜん)として(うた)た大息を禁ずる能はざる者に候。嗚呼(ああ)今の時、今の社会に於て、大器を呼び天才を求むるの愚は、(けだ)し街頭の砂塵より緑玉(エメラルド)を拾はむとするよりも甚しき事と存候。吾人は我が国民意識の最高調の中に、全一の調和に基ける文化の根本的発達の希望と、愛と意志の人生に於ける意義を拡充したる民族的理想の、一日も早く鬱勃(うつぼつ)として現はれ来らむ事を祈るの外に、(ほと)んど為す所を知らざる者に御座候。

(四月廿五日夜)

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